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【降臨30日目】 所持金2億0584万8400円 「…人格さえ無ければ幾らでも大切にしてやれるんですけどね。」

地球に帰還して1ヶ月が経った。


未だ何の成果も得られていない。

ただ己の無力を痛感している。

なので、本筋以外には時間を取りたくない…



「だったら!

こんな朝っぱらから新幹線なんて勘弁して欲しいニャ!」




『仕方ないでしょ。

貴方と違ってこっちは忙しいんです。

予定詰まってるんで、おとなしくしていて下さいね?

まったく先生はどれだけ罪を犯せば気が済むんですか。


…ヒルダ、逃げようとしたら殺せ。』



  「はい♪」



「で、でたー。

他罰的な奴に限って自分は平然と違法行為しまくるパティーン!

恩師を殺したらチンチン腫れるんだぞー!

大体、忙しい忙しいってニートのオマエに何の予定があるニャ!」




『はぁー(糞デカ溜息)

あのねえ、先生。

私、17時から大阪で詐欺の実演をしなくちゃならないんです。

貴方みたいにフラフラしてられないんですよ。』




「ンニャーーーーー!!!!

犯罪者が犯罪者呼ばわりしてくるニャー!!」




『先生、公共交通機関内であまり大声を出さないで下さい。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


1億7010万0000円

  ↓

1億7002万6200円


※東海道新幹線・東京-名古屋間グリーン車料金として7万3800円を支払い。

1万4760円×5名分



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



俺は恩師を連れて新宿署に向かっている。

同行者はヒルダとエモやん。

呼んだ覚えのない鷹見も当然の様な顔でここに居る。


さて畜獣の世話はこの数日で十分に果たした気もするので、持ち主に返却を試みよう。



『先生、貴方のスマホから荒木に掛けて貰えませんか?』



「はぁ!?

お・断・り・だ・ニャ!!


恩師ちゃんは雑用係じゃないんですけどぉ↑

大人には大人のプライドってものがあるニャ!!!

ちょっとルナお姉様に気に入られてるからって

奈々ちゃん様を顎で使えると思わないことだニャ!!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


1億7002万6200円

  ↑

1億6992万0000円


※乞食に10万6200円を贈呈。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「えへへ、トイチさ~ん。

そういう事なら先に言って下さいよぉ~♪

うぇひひ、いつもすいやせんニャ♪


あ! お上着に糸屑が付いてますニャ!

はい、さっさ♥


ついでに卑猥なサービス♪

むちゅう♥


はい、電話ね!

ええ、わかっておりますニャンよ!

すぐにお繋ぎしますんで!


プルルルル♪ プルルルル♪

奈々ちゃんはお肌も胸もプルルルル♥



 あ、テツ君♪

 あのねあのね♥

 トイチ君が話したいって。

 少し時間を取ってくれない?


 え~、違・う・よ・ぉ♥

 奈々は少しでもテツ君の役に立ちたい・だ・け♥



あ、トイチさん!

どうぞ!

シャッス! シャッース!」




『荒木、おはよう。』



  「ああ、おはよう。」



「2人共、おっはろー♥」



『すまんな、急に電話してしまって。』



  「いや、オマエならいつでも歓迎するよ。

  で、何?」



「あれ? テツ君。

さっき奈々ちゃんには塩対応してなかった?」



『今、東京に向かっている。

昼前には終わる用事なんだが…

伊藤先生の墓参り一緒に行かないか?

ふと思い出してな。

鷹見と松村先生、俺とオマエ。

揃う機会もそうないだろうし… どうだ?』



  「…悪いな、今は神戸に居るんだ。」


 

「えーーー、奈々ちゃんも神戸行きたいーー♥

あの薄汚い元町の高架下を三宮から神戸まで歩きたーい♥」



『ああ、スマン。

忙しいタイミングで電話してしまったようだな。』



  「夕方には東京に戻れるんだが…

  その時、どうだ?」



「おっけーだニャ♥」



『悪いな。

入れ違いだよ。

17時に大阪駅で別件。』



  「ああ、そっか。」



「奈々ちゃんはおっけーだニャ?

そろそろテツ君とセックスしたいニャー♥」



『一方的にゴメンな。

次は前もって連絡するよ。』



  「いや、俺もオマエだけには連絡しようと思ってたんだがな。

  日々にかまけていたようだ。」



「…あの奈々ちゃんへの連絡は。」



『ああ、あと松村先生のことなんだけど。』



「ニャン♥」



『邪魔だから引き取ってくれない?』



「ニャガガガガオーーーン(魂号泣)!!」



  「すまん。

  俺も色々ごたついてるんだ。

  経産省の話をしただろ?

  もう殆どプライベートの時間がないんだ。

  本当に申し訳ないんだけど、そっちで何とかして貰えないか?」



「ニャニャニャオーーーーン(寂寥号泣)!!」



『オイオイ、俺だって色々あるんだよ。

元はオマエのだろ?

そういう無責任なのは困るんだよ。』



  「わかってる。

  わかってるよ。

  全面的に俺の落ち度だ。

  それをわかった上でお願いしている。

  何とか世話を頼めないか。」



『…オマエなあ。

いっつもいっつも自分の都合で話しやがって。

こっちがどれだけ迷惑してると思ってんだ。』



「まるで捨て猫の押し付け合いニャ…」




結局、押し問答の末

恩師の世話係は鷹見で落ち着いた。

荒木は丸く収まったような口ぶりだが、俺にとっては糞みたいな現状維持である。

のんびり新幹線の車窓を楽しむ予定だったのだが、口論に夢中になってるうちに東京駅に着いていた。


やれやれ。

本筋とは関係のない…


いや、違うな。

この物語がクラス転移から始まった以上、生き残り連中との付き合いは避けては通れないのだ。


俺の異世界はいつ終わる?

級友達の供養を終えた時か?

遺族への救済を終えた時か?

眼前の畜獣を殺処分し終えた時か?

或いは、荒木鉄男と決着を付けた時か?


わからない。

俺が理解しているのは、俺の異世界が終わっていない事だけだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




警察署では9時から朝礼が始まるらしいので、少し間を置いてから新宿署に入る。

近くまで同行していた鷹見・ヒルダ・エモやんはいつの間にか姿を消していた。

俺は逃げようとする恩師の首根っこを掴む事だけに専心する。

署の玄関に入ると何人か見知ったおまわりさんが居て、親し気に声を掛けて来る。



「おお、トイチ!

最近どうしてたんだオマエ。」



『あ、御無沙汰しております。

すみません、バタバタしておりまして。』



「例のホストクラブ。

情報提供助かったよ。

アソコは本当に悪質だった。

ありがとうな。」



『あ、いえ。

お役に立てているのなら幸いです。』



「今日も水岡さんか?」




『ええ、情報提供の約束をしておりまして。』




「おお、助かるぞ!

だが、すまんな。

刑事課の朝礼はまだ終わってないんだ。」



『あ、失礼しました。

それじゃあ外で時間潰して来ます。』



「いやいや!

折角来てくれたのに悪いよ。

ちょっと待ってろ。

綺麗な方の会議室が使えるか、聞いて来てやるから。」




俺は固辞したのだが、缶コーヒーを買ってくれたので素直に喜んでおく。

20分ほど待って水岡と部下の印西刑事がやって来る。

まずは先日の伊東まゅま事件に礼を述べる。

彼らが奔走してくれたから、指名手配状態が解除された。



「で、トイチよ。

今日は…

詐欺事件のタレコミか?」



『はい。

自分もたまたま昨日知った情報なのですが

こういうけしからんマニュアルが出回っているそうなのです。

まずはお2人に一報入れなくてはと思いまして。

どうぞ、印刷して参りました。』



「おお、丁寧にスマンな。

助かるよ。

上司も忙しいからな。

口頭報告は中々相手にしてくれんのだ。


で、何々

《頂き女子マニュアル》ね。」




『こちら複数刷ってますので、印西さんもどうぞ。』



 

  「ああ、ゴメンなさいね。

  まあ、詐欺って言っても所詮女の子のやってる事でしょ?

  そこまでの緊急性はないと思いますけどね。

  えっと、どれどれ…


  …毎日LINEをすることが大切

  …褒められなれてない男性を褒めて

  …全部自己責任の考え」

   



数分、沈黙。



  「舐めやがってェッ!!!」



突然、印西が机を激しく叩く。



「印西、落ち着け。」



  「うおーーー!!

  うおーーー!!

  

  いや!

  こんなモン、落ち着いてられませんよ!!!

  一刻も早くしょっぴかなきゃ!!!」



水岡が必死に印西の肩を抱き寄せて落ち着かせている。

後から知った事だが、印西刑事は激務の合間を縫って婚活中だったそうである。

色々不快な目にも遭っていたらしい。

水岡は激昂して止まらない印西を別室に行かせると、話の続きを聞きたがった。



『先生、アレを出して下さい。』



  「…はいニャ。」



「トイチ、これは何だ?」

  


『詐欺師共はSNS上で手口を共有しているそうです。

今、そのLINEグループを表示させます。

どうぞ、御検分下さい。』



「…うわ、これは酷いな。

なあ、上司を呼んで来ていいか?」



『はい、お願いします。』




水岡が偉い人を呼んで来て、ヒソヒソ話している。

10分程密談が続いて、話は付いたらしい。



「安心しろ、トイチ。

本来、詐欺の立件は非常に困難なのだが…

これだけ資料があれば、有罪まで持って行ける。」



『おお、そうなんですね。』



「こういうロマンス詐欺は被害届が出されにくいのが特徴だ。

その性質から、一般的な詐欺事件より検挙が遅れてしまう。

ただ、今回オマエが資料提供してくれたおかげで…

迅速に立件出来る態勢になった。」




…ふむ、どうやら仕事は出来たらしいな。




「そちらの松村さん…

えっと…」



『恩師です。

情報提供に協力して下さりました。』



「…そうだな。

では、この松村さんは善意の情報提供者だな。」




『お心遣いありがとうございます。』




話はこれでオシマイ。

印西刑事が闘志を燃やしているので、悪いようにはならないだろう。



応接室から出る際に水岡から署長を紹介して貰う。

(これが彼なりの好意だとその場で気が付かず礼を述べ損ねた。)

そして署のロビーで、並んで座り雑談。



「なあ、トイチ。」



『あ、はい。』



「さっきのLINEグループ

ホストの話ばっかりだったな。

アレは流石に驚いたわ。」



『ええ、かなりの大金を費やしていましたね。

ちゃんと検挙して下さいよ。』



「わかった。

部下達にも意識させる。


まあホストクラブなんて

存在すること自体が、社会にとっての損失だからな。」



『まったくです。

ああいう優秀な連中のリソースを女なんぞに費やすのは国益を大いに損なう愚行です。』



「え?」



『え?』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




恩師を放流してから、久し振りに広場に顔を出す。

予め連絡を取っていたjetと乱舞にグータッチ。

鰻丼祭りの礼を述べる。



「最近、遼介とも一緒にメシ行くようになったんスよ。」



照れたように乱舞が語る。

2人の不仲には心を痛めていたので、純粋に嬉しい。

しばらく雑談していると、パーカーを目深に被った少年が話し掛けて来る。

背は高いが仕草が幼いな、高校生? 中学生?



「お久しぶりです。」



少年が軽くハグをしてくる。

久し振り?

居たっけ、こんな子。

広場で一緒に呑んだかな?



jetが悪戯っぽく笑って、「リン、覚えてないか?」と肩を叩いて来る。



『あ、ゴメンね。

俺、あの頃バタバタしてたからさ。

一緒に呑んだっけ?』



少年がクスクス笑う。



「ヒント、ワリカンw」



『えー、そんな事あったかなあ。』



参ったな。

この子、背は高いけどまだ中学生くらいだろ?

こんな子にカネ出させちゃ駄目でしょ。

まだ俺にカネが無かった頃かな?



「ドンペリゴールドw」



『…。


ええ!?

もしかして2代目ですか!?』



「あはは。

はい、車坂の息子です。」




車坂聖夜Mk-II

歌舞伎町のNO1スターホスト!!




『え、いや。

この前会った時とは雰囲気が全然違うというか。』



「あはは。

キャラ作りですよ。

メイクもガッツリw

僕、本当はチューボーですもんww」



『ええ、中学生…

いやあ、てっきり20代の半ば以降の方かと。

だって威厳があったし。』



「アレは親父の物真似です♪

アイツ、自宅でもああいう喋り方してましたからw

半分ギャグでやってたら、襲名しちゃいました。

一応、対外的には28歳ってことにしてます。」



『ああ、そうだったんですか。

中学生がホストなんかしてもいいんですか?』



「そりゃあ、良くはないんでしょうけど…

親父の後始末、息子の僕がしない訳にはいかないでしょ。」



『御立派です。

でも、やっぱり心配です。』



2代目は何も答えずに弱弱しく笑う。

この少年にも事情は色々とあるのだろう。

俺が大阪に向かう旨を告げると、車を2台呼んでくれた。

ゴツイおじさんがハンドルを握っている。



『ひょっとして愛想烈さんですか!?』



「ははは、バレてしまいましたw」



『わかりますよ、そのガタイですもん。』



「わっはっはww

隠せないモンですなー。」



聞けば、初代車坂聖夜が殺害された際にMarkⅡを保護したのが愛想烈だったらしい。

そして紆余曲折あり、初代聖夜の遺臣団に擁立されたMarkⅡは父の遺したロミオを不死鳥の様に復活させたとのこと。



『2代目。

あの時も申し上げたことですが。』



「ホストクラブの規制、本気でやってるんでしょ?」



『ええ、さっきも新宿署でその話をしておりました。』



「そうですか。」



『私は、貴方の事は大好きですが…

ホストクラブは嫌いです。』



「…やはり女性は大切にするべきだと?」



『は?


あ、いえ。

能力のある人は、もっとそれを活かした仕事をして下さらないと。』



「能力?

ホストなんて屑の集まりですよ。

親父を見て来た僕が言うのですから間違いないです。」



『乱舞さんが子供食堂を手伝ってくれたと聞きました。

喧嘩を止めたり、体調悪い子を看病してあげたり

活躍したって聞きます。』



「まあ、勇作さんは飲食経験あった人ですし。

ボクササイズもやってますし。

でも、そんなモン誰だって出来るでしょ?」



『いや。

誰でも出来る仕事って、誰にもこなせる訳じゃないんですって。

そもそも、女からカネを払わせる気にさせるルックスって…

一種の特殊能力ですよ。』



「うーーん。

そうですか?

実感が無いです。」



『だってルックスって遺伝子の総合値じゃないですか?

イケメンは遺伝子的に優れているからイケメンなんですよ。』



「えーー?

それは流石に極論ですよ。」



『いやいや、逆イケメンの私が言うんだから間違いないですww』



余程ツボったのかMarkⅡはケラケラ笑う。

こうして見てみると年齢相応の少年である。



「トイチさん。

じゃあ、仮にホストが優秀だとして。

貴方がホスクラを潰し終わった世界で

一体何をやらせればいいんですかね?」



『…子供食堂手伝って下さいよ。』



「…いいですよ。

手伝います。

僕も陣頭に立ちます。」



『2代目は駄目です。』



「?」



『当面はのんびり食べる側に回って下さい。』



何がおかしいのか彼は別れ際までずっと無邪気に笑い転げていた。

でも車坂聖夜Mk-IIはきっと歩みを止めない。

何故なら、既に彼は覚悟を決めた男だからである。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




東京駅でヒルダに切符を買わせている間、jetと2人でぼんやりロータリーを眺める。



『なあ。』



「ん?」



『名古屋でBBQやる時、オマエも来いよ。』



「そのイベントさあ。

歌舞伎町でもやっていい?」



『え?

あそこでBBQするの?』



「えっとさあ。

今、リモート会議とか流行してるだろコロナの所為で。」



『うん。

アレ便利だよな。』



「同時開催してみていい?

オマエラが肉食ってるのを肴にストゼロ飲むわww」



『オマエ趣味悪いなあww』



「でな?

名古屋名物、送っといてくれ。

当日、サプライズで皆に振舞うよ。」



『オマエ頭いいよなあ…』



「なあ、ここからはマジな話。

オマエ、子供食堂的な活動でバズりたいんだろ?」



『うん。

今の俺、変な注目のされ方しちゃってるけど。

分配の方を見て欲しい。』



「あのなあ、もっと頭使えよ。

名古屋でイベントしても誰も注目しねえよ。

でも、歌舞伎町が名古屋と交流してたら…

やっぱり人の目はちゃんと向くと思う。」



『jetが言うならそうだろうな。』



「誓ってヤラセはしない。

でも美談っぽい方向には持って行く。

それでいいか?」



『うん、全部オマエに甘えるよ。』



「OK。

じゃあ、ウロチョロしておくわ。」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


1億6992万0000円

  ↓

1億6900万0000円


※山田典弘に工作費として92万円を支給


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「あのなあ。

前も言っただろ。

身内同士でこういうのやめろって。」



『他に頼める相手も居ないし。

jetが居ないと東京の様子わからないしな。』



「当面は大阪?

戻って来ないの?」



『カネが溜まるまで働かなきゃ。』



「オマエ、アホみたいに持ってるだろ。」



『まだ1億しか貯まってないから焦ってるんだよ。』



「はははw

足るを知れww」



『人類1人当たり10億円配りたいんだよ。』



「ははははww

全然足りてねーじゃんw」



『だろ?

だから頑張ってる。』



「俺に何か手伝えることあるか?」



『えっとねえ。

じゃあ、酔狂なカネ持ちの知り合いが居たら紹介してくれ。

日利1%増やしてやる。』



「うーん。

店長かなあ。

あの人、一応オーナーだし。」



『じゃあ、一口1億から。

jetの取り分は1%な。』



「何?

異世界にそういうスキルある訳?」



『重宝されたよ、ここだけの話。』



「そりゃあされるだろww」



2人で笑い合っているとメンバーの合流が完了したので、新宿の皆と熱く抱擁し合って別れた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




東海道新幹線で大阪を目指す。

今頃は寺之庄の車両も関西に到着している頃合いである。

朝が早かったので、のぞみの中で眠る予定だったのだが…



「ちょっとダーリン様!

このメスガキぶっ殺していいっスか!」



「リン、このオバサン怖ぁい♥

守ってぇ♥」



13歳が何故かここに居た。

どうやら、エモやんに付いて来た佐々木に付いて来たらしい。

お陰で随分な大所帯になる。


俺・ヒルダ・鷹見・恩師・エモやん・佐々木・13歳。


…ヤバいな、周囲にチラ見されてる。

俺達はビジュアル的にも目立ってるからな。



『ヒルダ、どうしてコイツラの切符を買ったんだ。

オマエ、アレだけ女キャラの新規追加を嫌がってただろ。』



「…ナナより遥かにマシだったので。」



『お、おう。

そりゃあ、あの人より酷い女なんて存在しないだろうけど。』




  「あーーーーー!!

  トイチテメー!!

  今、恩師ちゃんの悪口言ったニャろ!!

  謝罪と補償を要求するニャだ!!」




ヒルダが俺の耳元に唇を近づける。



「江本昴流を繋ぎ止めたいのでしょう?」



『ああ、アレは別格だ。』



「佐々木を当てがっておやりなさい。」



『王都ではそれで良かったのかもだけど

地球の法律では問題があるんだよ。』



「リン、冷静に考えて下さい。

だからこそではありませんか。」



『…。』



「尋常の施しでは恩は売れません。

合法の女など、誰でも用意出来るのですから。


…ここまで言えば十分ですね?」



『確かにな。

金銭では入手出来ないものにこそ価値はあるか…


江本が問題なく佐々木を抱く方法を考えておいてくれ。

彼が後から捕まる事態だけは避けたい。』



「江本昴流だけで良いのですか?」



『…。』



「…安宅一冬。

内心、頭を抱えておられるのではないですか?」



『…まあな。』



「不満が出ないようにしたいものですね。」



『ああ、そうだな。

俺もこういう方面はさっぱりだから。』



「その為の佐々木紗由、その為の木下樹理奈です。」



『アイツら、役に立つ訳?』



「安宅一冬に足りないのは装飾ですから。」



『…装飾、とは?』



「女は女っ気のない男を警戒します。

わかりますか、この理屈。」



『非モテオーラって奴だよな?』



「ええ、そんな言葉もありますね。

王国にも似た概念はあります。

孤独な殿方には魅力が無いのですよ。」



通路でヒルダからレクチャーを受ける。

地球文明の欠陥について。



『何で?

社会的成功が不利に働くって

そんなこと、あり得ないだろう。』



「落ち着いて下さい。

別に地球文明を批判している訳ではありません。


ただ地球ビジネスで成功する為に必須とされるIT・金融・法学・数学。

これらの技術を修得するにはアスペルガー症候群的な一面が必要とされますし…

また学ぶ過程で、そちらの方向に矯正(若しくは矯悪)されてしまいます。


そして何より、それらの業種は熟達すればするほど

スタンドアローンで稼げてしまいます。

本来、稼ぐオスはより多くのオスと交流し従えます。

その立ち位置こそが《男性的魅力》の本質です。


ですが、ITと金融を極めてしまうとヒエラルキーを構築することなしに稼ぎ終わってしまうのです。

まさに、現在の安宅一冬ですね。

資本主義的なヒエラルキーの頂点に立ちながら、その証としての配下が居ないのです。

だから雌が本能部分で彼の勝利を認識出来ない。

お勉強を頑張っているが従う者が誰も居ない状態、これこそがナードです。


ナード的なライフスタイルはテストステロンを減じさせます。

言語能力、対人能力が自然減衰していく。

何故なら生物として不自然な在り方ですから。

そして女はアスペが嫌いです。


あ、それでも私はリンを愛しているので御安心下さい。」




『え?

俺もアスペだったの?』




「話を続けますね?

つまり現代地球の未婚化はIT技術の必須化と関連性があります。

かつての地球では戦士階級にこそ性的魅力がありました。

なので男性は皆、武を磨き、テストステロンを分泌し、我々メスを魅了したのです。

一方、デスクワークは背骨を猫背化させ視力と筋力を落とし声帯を鈍らせます。

即ちテストステロンを分泌しない。

だから魅力が無いのです。

いいですかリン、全てはテストステロンなのです!」



『あの、俺ってアスペなの?』



「愛してますよ、リン。」



『いや論点はそこではなく。

俺がアスペか否かってことなんだけど。』



「さて安宅です。

要は安宅に女をあてがいたいのですよね?

それも本人のプライドを傷つけることなく。」



『あの、俺のアスペ疑惑…』



「御安心下さい。

リンの現在の方向性は正しいです。

特に寺之庄煕規や後藤響と一緒に画像を上げさせたのは良かったです。

あの積み重ねを続ければ、女から見た時の恋愛対象フォルダーに入り易くなります。」



『お、俺。 …アス』



「次にもう少しステップを進めましょう。

佐々木と木下に因果を含めて協力させれば。

安宅の恋愛市場での価値を加速度的に上げることが可能です。

そこら辺の工作は私にお任せ下さい。

世間や本人に勘づかれず安宅の価値を上げて御覧に入れます。

無論、リンへの恩を感じさせる形で。」



『あ、アス…』



「ああ、これは冒険者に妻として仕えた経験からの助言ですが。

リンの狩猟に安宅も同行させますように。


狩猟に成功した男は大量のテストステロンを分泌させます。

連日猟果を上げる男からは強い自己肯定感を身に着けます。


…女が言う《オスの魅力》。

自己肯定感の比重はかなり重いですよ?

殿方が思っている以上に。」



『なあ。』



「はい。」



『ヒルダって俺のどこが好きなの?』



「今、申し上げたでしょう。

その自己肯定感、素敵ですよ。


…chu♪」



『…俺、そんなに自己肯定してるかな?

常に自己反省の日々だがなあ。』



「ですが、リンは御自身の政治姿勢を疑った事がないのでしょう?」



『そりゃあ、そうだよ。

俺こそが唯一絶対の正義であり、全人類を導く未来への水先案内人なのだから。』



「(ニッコリ)」



『いや、ますますわからんぞ。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



ヒルダ曰く。

俺がコアメンバーに女をあてがおうと日々頭を悩ませている姿勢は、素晴らしいそうだ。

どこまで本音かはわからないが

「惚れ直しました」

とまで言ってくれた。

俺が言葉の裏を探っていると。

「リンのそこが良いのです!」

と絶賛を重ねてくる。


いや、心を読むのやめろよ。





「おいトイチ。」



『何ですか?

先生と違って私は忙しいんです。

見れば分かると思いますが、今から皆に通話する所だったんですよ。

座席でおとなしくしていて貰えませんか?』



「お菓子買ってニャ!」



『は?

菓子?』



「車内販売!

恩師ちゃん、新幹線の糞固アイスが食べたいニャ!

それと《ハイボール》と

《かまぼこで包んだ北海道産クリームチーズ》

《おいしいうずらベーコンBacon & Smoke flavored quail egg》

《一度は食べていただきたい燻製チーズ》

が欲しいニャ!」



『いや、仮にも教職にある方が、未成年者の前で昼間から飲酒というのは

教育上、好ましくないでしょう?』



「テメーはゴチャゴチャゴチャと!

このトイチがーーー!!!

もっと優しくしてニャ!!

恩師ちゃんってば女の子ちゃんニャン!!!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


1億6900万0000円

  ↓

1億6890万0000円


※ヒルダ・コリンズに雑費として10万円を支給


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




『ヒルダ。

これで皆に菓子を振舞ってやってくれ。

しばらくこのデッキで通話連絡を行っている。

何かあれば呼んでくれ。

護衛は江本。』




「畏まりました。」




  「え、ええ!?

  おねだりしたの奈々ちゃんなのに!  

  どうして大BBAにカネを渡すのニャ?」



「~♪」



『この人、カネの使い方が上手いんです。』



  「アイスなんて誰が買っても一緒ニャ!」



『10億程度の小遣いで勝手に天下獲ってくれますからね。

迂闊に渡すのが怖い位です。


ヒルダ、地球では勝手なことするなよ。』



「はい♪ 畏まりました♪」



  「ツッコミどころが多すぎて!

  何一つツッコめないないニャ!!」




大阪に着くまでの間。

結局、座席に戻る暇はなかった。

連絡すべき相手が多すぎるのだから仕方ない。

ヒルダのスマホから関係者に順に連絡を取り、万が一の齟齬を防ぐことに専心した。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【飯田清麿】 (初期メンバー)


いつの間にか宿割を全て任せている。

またBBQイベントを定期化するように提案して来たのも彼だ。

名古屋で会場を押さえるように依頼。

鷹見とも連携して貰う。




【寺之庄煕規】 (初期メンバー)


大変心苦しいのだが、運転役になってしまった。

この男の実家の家柄・財力を考えれば…

寧ろ俺こそが運転手を務めなければならない相手である。


ひたすら平身低頭して《何か望みはないか?》と尋ねるも。

いつもの微笑で流されてしまった。




【後藤響】 (初期メンバー)


本日の打ち合わせ。

大阪駅直結の会議室には10名以上の事業者(後藤父の知り合い)が集まるらしい。

この男は積極的に事業者を集めての運用資金を増やすべきと考えている。

実に利害が一致している。



【安宅一冬】 (初期メンバー)


不動産の処分は順調。

関西行きを強く希望して来たので快諾。

篠山での狩猟に誘う。

東京のタワマン事情を教えて貰う。




【水岡一郎】 (警視庁の刑事)


本日の礼を述べておく。

1人の官吏とのみ関係を築くのは危険(情報ソースが偏る)だが

水岡レベルの能吏であれば、その価値はある。

ウクライナ戦争絡みの外事情報もそれとなく教えてくれる。

米英からの要請に応えて、旧ソ連時代からの親露活動家が相当数逮捕されているそうだ。




【鈴木翔】 (浜松の猟師)


大阪に拠点を移すことを伝えると、かなり苦しそうな様子。

浜松に新幹線で向かっても1時間30分の距離に過ぎない事を強調し宥める。

俺にとって鈴木の優先順位は高いし、本人にもそう伝えているのだが…

かえって不安にさせてしまっているようだ。




【宇田川政則】 (篠山の猟師)


鈴木とは対照的に歓喜してくれた。

現時点で箱罠に5頭、仲間が2頭確保してくれているとのこと。

如何に兵庫県にイノシシが多いか、如何に異世界ラノベに理解があるかを力説される。

レベリングの大本命。



【車坂聖夜Mk-II】 (歌舞伎町のホスト)


本日の礼を述べる。

子供食堂やBBQ構想を語り、率直に協力を依頼。

乱舞を貸してくれるそうなので、レンタル料の支払いを約束。



【jet】 (相棒)


江本と佐々木をセックスさせることに大義があるか否かを相談。

逮捕リスクを避ける知恵を色々授けて貰う。

彼の配信もかなり固定客が増えて来たので、次の帰京でゲスト出演する事を約束。




【平原猛人】 (身元引受相手)


特に用事はない。

個人的に声が聞きたかっただけ。

酒量が増えているので心配。


元嫁さんとの示談交渉、何故か俺が矢面に立つことになった。

そんな義理はさらさら無いのだが、隼人への供養と思い承諾する。




【江本昴流】 (初期メンバー)


通話の合間に雑談。

筋力の微増を申告して来る。

「敢えてレベルアップしたと断言させて欲しい。」

とのこと。

彼の自己管理能力を信頼しているので、額面通りに受け止めることにする。


つまりキョンと鹿は経験値的には別物。

最低20ポイントはあるとみて問題ないだろう。


現在、江本はレベル3。

俺とレベルアップペースが同じだとすれば、4に上がる為には40ポイントが必要。

つまり、次に鹿を1匹だけ殺害させた時の肉体変化で数値が絞れてくる。


取り敢えず1匹ずつ小刻みに殺害することに同意してくれた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




いつの間にか連絡先が増えている。

1人1人に掛ける時間が短くなっている事は重々承知なので、ひたすら皆に謝罪する。

無論、不誠実は自覚している。

それでも可能な限りは、自分の言葉で感謝を伝えたかった。



「トイチさん。

もうすぐ新大阪です。」



『ああ、スミマセン。』



「せめて座って下さいよ。

脚、まだ完治されてないんでしょ?

ずっと仕事してはるやないですか。」



『いえ。

私は何も出来ない無能力者ですので。

せめて感謝と謝罪くらいは自分の言葉で伝えたかっただけですよ。』



それには答えず、江本は優しく微笑んだだけだった。




  「ねえ、ダーリン様!

  大阪デートしたいッス!」



『母に聞いてくれ。』



  「おい、トイチ!

  恩師様を遊びに連れて行けニャ!」



『母の指示を仰いで下さい。』



  「ねえ、リン。

  今日って、一緒のお部屋に泊まっていい?」



『母の部屋割りに従ってくれ。』




うん、諸刃の剣と解っているがやっぱりヒルダは便利だな。

仮に後宮を作らざるを得ない場面に追い込まれたら、この手で切り抜けよう。



『へえ、ここが大阪かあ。

通天閣とかってこの近所なんですかね?』



「あ、いえ。

この新大阪駅は大阪市の北側の玄関口です。

今、向かってる地下鉄、御堂筋線って言うんですけど。

これが梅田・難波・天王寺・堺市という主要都市を結んでます。

3分程で到着する梅田という駅、通称キタなんですけど。

ここにJR大阪駅があって、大阪の中心なんです。

今日の舞台はここです。」



前から思っていた事だが、コイツは空間を想起させる説明が上手いよな。

俺、要点だけを話すのが苦手だから尊敬する。

チームスポーツで鍛えられるのだろうか?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




梅田駅到着。

人通りが異常に多い。

ひょっとすると新宿駅にも匹敵するかも知れない密度である。

言われてみれば荒木の奴もそんな話をしていたな。


そこから数分程歩いて、立派な駅ビルのエレベーターを昇る。

途中、鷹見が2回もファンから声援を贈られていた。

俺が認識している以上の人気者なのかも知れない。




26階。

ビルから見下ろす大阪の街は俺の予想より遥かに広大だった。

俺は余程俗物なのだろう。

広い景色を見て、一種の征服感・満足感を感じてしまう。

戒めるべきか、直視すべきか。

こればかりは俺自身が答えを出さなければないらない。




「向こうにもビルはあったんですか?」




背後から後藤に声を掛けられる。




『魔王城が木造4階建でした。』



「へえ。

眺めとか、ええんですか?」



『いえ、その頃は車椅子生活だったので。

1階のフロアに滞在しておりました。』



「…地球にも魔王城作りはるんですか?」



『まさか。

こんなにテナント余ってるじゃないですか。

住居が必要ならレンタルかリースで済ませますよ。』



「コロナ前まではテナント埋まってたらしいんですけどね。

親父も嘆いてましたわ。

大きい企業から東京に抜けて行くって。」



『じゃあ、埋めてみますよ。』



「?」



『貴方との契約でしょ?

《大阪は滅ぼさない。》

って。』



それに関して後藤は何も答えない。

だが、伝わる感情はポジティブ。

俺は俺が信ずる正解を提示し続けるのみである。




「じゃあ、そろそろ。」



『ええ、始めましょう。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


1億6890万0000円

  ↓

6億6890万0000円



※出資金5億0000万円を預かり



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




学校の教室サイズの会議室。

台車で5つのアタッシュケースを運んで来た寺之庄が俺に一礼してパーテーションの後ろに控える。

重量約50キロ。

そろそろ真剣に取り回しを考える時期である。


集まっているのは後藤が父親と未来の義父に頼んで集めた事業者。

丁度、20人。

後藤の談では《商店街のオッサン》との事だったが、明らかにそれ以上のレベルを集めてくれている。

みな、一様に表情は険しい。



『初めまして。

遠市厘と申します。


大阪ではつまらない人間は嫌われるそうですが

大目に見てくれると嬉しいです。』




  「いや、オモロイやんキミ!」




最前列のオッサンが茶々を入れる。

なるほど、このノリか。

あ、俺と相性いいかも。




『後藤からは詐欺の実演と聞いていると思います。

なので実演を交えて簡単に説明しますね。』



不特定多数の前で話すの久し振りだな。

魔王やってた頃はマスコミや群衆も気を遣ってくれたのだが…

このアウェイ感こそが、《真に不特定多数との対話》なのだ。

慣れて行こう。




『まずはこの場で私に現金を預けて下さい。

17時過ぎに元本+1%の利息をお支払いします。

以上。』




会場が静まりかえる。

白けているのではない。

カネの話を聞いた事により、彼らの脳内でスイッチが入ったのである。

20人全員、頭の中で計算している表情になる。




  「それ、ポンジスキームですやろ?」




左端に座っていた神経質そうな老人が挙手をして発言する。




『運用能力のある者からしたら、ああいう自転車操業は逆に非効率なんです。

新規顧客の獲得って一番手間ですので。

広報力が運用力を上回るならポンジが、広報力が無いのであれば通常運用が最適解であると私は考えております。』




  「ふーーん、君かなり上手いね。

  やっぱり東京の子は洗練されとるわ。


  えっと、カネはその箱に入れろってこと?」



『はい。

私は奇跡箱とか清磨箱と呼んでますが。』




  「入れた金額の1%を払ってくれるねんな?」




『ええ、17時を過ぎてからになりますが。』



  「あのな?

  オッチャン、ちょっとイケズな性格しとるから100万円入れるわ。

  ええか?」



『ええ、どうぞ。』



  「一応念を押しとくで?

  入れた100万は返して貰うし、利息はきっちり1万円払って貰う。

  怒らんとってな?

  言い出したんはキミやねんからな?」



『いえいえ。

約束は全て守ります。』




反対側に座っていたTシャツの男が

「村上シャチョ―、オトナゲ無いですよー。」

と老人に呼び掛けながら立ち上がり、俺に近づく。




  「えっと。

  僕も急に呼ばれただけで趣旨解らへんねんけど。

  後藤君の後援イベントとかではないねんな?」



『はい、違います。

後藤さんにはどちらかと言えば助けて貰ってる立場ですので。』



  「そうか。

  いや、実はね?

  僕ね、野球関連かと思って駆け付けて来てん。

  息子がリトルやから。」



『ああ、誤解を与えてしまったようで申し訳ありません。』



  「いやいや、僕の早とちりや。

  君が謝ることやない。

  まあ、折角来てくれたし、10万だけ。

  一応確かめてな?

  1・2・3・4・5・6・7・8・9・10万円。

  入れるで?」



『確かに。』




やはり関西人はノリが良い。

ブツブツ文句を言いながら、全員が箱にカネを入れてくれた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


6億6890万0000円

  ↓

6億7098万8888円


※参加者20名から、出資金208万8888円を預かり



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「皆様、17時に配当を配りますので

それまでの数分お待ち下さい。」



後藤が微笑のまま一同に呼び掛ける。




  「響クン。

  キミほどの男がこういうセミナーの片棒を担ぐのは哀しいで。


  なあ、もう肩はアカンのかいな?」




「ええ、報道にもありました通り肩腱板断裂です。

不思議と痛みはないのですが、試合レベルの投球は物理的に不可能な状態にあります。

主治医の先生曰く、《現在の医学では治療方法は確立されていない》とのことです。」




会場が絶望したように溜息を吐く。

そりゃあね、地元のヒーローの負傷なんて聞きたくもないよね。



  「君、酷使の被害者やん。

  落ち度ないモンが、こんなセミナー屋みたいなこと。

  見てて辛いで。」




そうか。

ここに居る連中の俺への敵意は、英雄を穢そうとしている者への反発からか。

だよな。

俺だって後藤にはマウンドに立って欲しい。

問題は本人にその気がない事である。


肩腱板云々は本質ではない。

江本がそうであるように、この男の才能が野球以外でも突出している事が問題なのだ。




《4696万9300円の配当が支払われました。》




あ、もう17時か。

清磨箱からゴソゴソと音が鳴る。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


6億7098万8888円

  ↓

7億1795万8188円


※配当4696万9300円を取得



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



  「おいキミ!

  箱が歪んどるけど!  

  ワシのカネ、大丈夫か!?

  ちゃんと返してや!」



『ああ、安心して下さい。

利息の準備が出来ただけですので。』



  「え? 準備って?」




後は弓長と関羽に進行を任せる。

女を前面に出せば相手も感情的になりにくいと踏んでの人選である。



「それでは、今回の預り金208万8888円。

利息1%の2万0900円をお支払いします。」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


7億1795万8188円

  ↓

7億1793万7288円

  ↓

7億1584万8400円


※配当として2万0900円を支払

※預り金の208万8888円を返却



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




関羽のアナウンスを受けて、弓長が大きなトレーに元本と利息を取り分けていく。

参加者たちは唇を噛んだまま箱を睨みつけている。




  「遠市クン。

  1つええかな?」



『どうぞ。』



  「その箱、チェックさせて貰う事は可能?」



『あ、はい。』




そりゃあ、そうだろう。

カネが湧く箱なんて見せられたら、まずそこを疑うよな。

20人全員が一斉に椅子から立ち上がり、執拗に箱を調べ始める。




  「いや、箱はフェイクやな。

  そこのお姉ちゃん、ちょっと机から離れてくれへんか?」



  「ああ、ボクも机は怪しいと思いました。

  木目がやや人工的かな、と。」




次に社長達は箱を置いていた演台を慎重に触り始める。

裏に回ったり、コツコツ叩いたり。

気持ちはわかる。

立場が逆なら俺でもそうした。


数分、20人が机の周囲をグルグル回って、やがて飽きた順に着席していく。



  「わからん!

  遠市クン、タネを教えてくれ。

  ナノマシンとかAIとか、そういうのか?

  このギミックを売りに来たんか?」

 


『あ、いえ。

私は無学なので、そういう高度な技術って理解出来ないんですよ。

なので、あくまで配当を渡すだけです。』



  「いや、やり方は上手いと思うよ。

  ボクが今まで見て来た詐欺案件の中では一番洗練されとる。


  特に、最初にカネを払うという手口は斬新や。

  この人数の経営者を2万チョイで集めると思えばコスパがええ。

  仮に詐欺が見破られても、カネを受け取ってしまった以上

  ボクらもケチを付けにくい。」



なるほど、流石に商都である。

着眼点がシビア。

そして、自身のビジネスに反映可能な部分が無いかを抜け目なく探っている。



  「で?」



『はい?』



  「いや、ここから本題に入るんやろ?

  利息の受け取りにサインか何かをせなアカン筈や。

  それともLINE登録でもさせられるんかな?」



『あ、いえ別に。

そのおカネは皆様のものですので、私からは何も。』




  「後でダイレクトメールが来るとか?」



『いえ、そういうの送った事が無いので

ちょっとわからないですね。』



  「うーーーん。

  普通はメーリングリスト作る場面やろ?

  名簿化なんてビジネスの初歩やで?


  それって君に何のメリットがあるの?

  売名?」


 

『あ、いえ。

皆さん既に伺っておられると思うのですが

私、世界的な有名人ですので。』



  「せやな。

  キミが女の子を殴っとる映像は飽きる程ニュースで見た。

  なあ、アレって特撮?」



『いえ、リアルファイトです。』



  「キミ、あんな事したらアカンで。

  男の拳は女の子を守る為のモンや。

  そうやろ?」



『あ、はい。』



  「まあええ。

  確かに君に限っては売名の必要はないな。


  じゃあ何や、税金対策?

  それともピン札を渡して来たという事は、偽札の拡散を企んでる?」



『偽札を広めたい場合は…

ポストに1万ずつ投函して行きますね。』



  「何で1万円?」



『その金額なら、騒ぎにはなりにくいかな、と。』



  「…せやな。」



『じゃあ、これにて詐欺実演会を終了します。』



  「オイイイ!」



『はい?』



  「いやいや!

  ネタばらし!

  ネタを説明してくれな困るやん!

  結局、これはどんなギミックなの!

  騙す側は、この手口でどうやって利益を得るの!」



『いや、利益って

普通に運用で出してます。


要は日利1%以上で運用すれば

支払い配当との差額で利益は出る訳じゃないですか?』



 「いや、だから。

 どういう運用で君が1%以上出してるのか

 それを聞かへん限り、出資のしようが無いやん。」




『過程は非公開です。

機械的に支払い続けて行くだけの話なので。』




  「いや、老婆心で言わせて貰うで?

  人生の先輩として厳しいこと言わせて貰うで?

  おカネをな?

  人様からおカネを集める時にな?

  透明性が無いって信頼が担保出来へんやろ?」



『仰る通りです。

なので、やはりこれは詐欺なのでしょう。』



  「お、おう。

  え? やっぱり詐欺なん?」



『ええ、あくまでこのイベントは、新しい形の詐欺を紹介する趣旨ですので。』



  「いや、まあそうやけど。

  え? これで終わり?

  詐欺の説明は?」



『えっと、少し掘り下げますね。

私、詐欺には2種類あると思うんですよ。


1つは無数にデータを揃えて、虚構と事実を混同させる手口。』



  「せやね。

  それが一般的な詐欺のイメージやね。」



『もう一つは。

逆に情報を可能な限り伏せて、神秘性を醸し出す手口です。』



  「それは…  例えば?」



『私のイメージでは、新興宗教や占い師ですね。』



  「ああ、なるほど。

  確かに、最近の占い師はこっそり相手を人名検索して調べてから

  占いと称して、言い当てるフリをしたりするそうやね。」



『ええ、そのイメージです。

今回、私が紹介した詐欺手法も後者なんですよ。

情報開示を最小限に留めた状態で、小奇跡を演じて見せ神秘性を演出する。

その上で理外の報酬を支払うのです。


すると脳が混乱します。

だってそうですよね、通常の経済法則から逸脱しているのですから。』




  「ふむ、確かに。

  現にワシも取り乱してしまった訳やからな。」




『これまでのポンジスキームは

《一旦預ける》というマイナス状態からのスタートだった訳です。

どれだけ高利を約束していたとしても、初回配当以上の金額を相手に渡している状態です。』




  「せやね。

  マイナススタートという見方には賛成や。」




『一方、私が実演して見せた先払スキーム。

これはいきなりプラスから始まる訳です。

しかも突如カネが湧くというギミックの実演が加わる。


先程申し上げた通り、脳が混乱状態となります。

正常な判断が下しにくくなるでしょう?』




  「ふうむ。

  いや、キミの仰る通りや。

  さっきのワシは箱を調べる事に夢中になって

  冷静な判断を下せない状態にあった。」




『ポンジスキームは依然として強力な手法です。

未だに被害者が後を絶たない。


反面、《高配当案件=ポンジ》の図式が皆の頭の中に刷り込まれている為

近年では仕掛ける側が相当苦労しているようです。』




  「いや、わかる。

  今日び怪しい話はすぐにSNS上で告発・糾弾されるしな。

  ここだけの話、ワシも心斎橋拠点の悪質マルチの捜査依頼したことあるし。」




『なので、今回の手法を皆様に共有した次第なのです。

最初に+から始まった場合、通報も大幅に遅れてしまうでしょうしね。』




  「なるほど!

  確かに恐ろしい手口やな。

  いやあ、それにしても詐欺というのは

  毎年毎年、新しい手口が開発されるもんや。

  ホンマ、怖いでぇ。」




『ご理解が早くて助かります。

それでは、他に質問のある方はおられますか?


…えっと、おられないようですね。

じゃあ質疑応答はここまでとしましょうか。


それでは皆様、本日はお時間を割いて下さりありがとうございました。

これにて《令和における新詐欺手法への注意喚起セミナー》を終了させて頂きます。


皆様、ご清聴ありがとうございました。』




  「…。」




男メンバーで寺之庄をガードしながら、地下駐車場に停めているキャンピングカーまでカネを搬出する手筈だそうだ。

弓長と関羽が清掃を始めたので、俺も帰り支度を始める。




『ふう、人前で話すのってやっぱり難しいよな。』



  「ちょっと待ってぇっ!!」



『あ、はい。

まだ何か?』



  「あ、いや。

  詐欺の手口はわかったわ。

  勉強になった。

  その点には感謝します。」

 


『ああ、いえいえ。

お役に立てて幸いです。


じゃ、私はこれで。』



  「いやいや!

  カネを回収して貰わな。

  こっちが困るがな。」



『は?

回収と申しますと。』



  「いやいやいや!

  回収せんかったらキミ、総額で2万以上の手出しやん?

  ここの会議室も大阪駅直結や、結構したんとちゃうか?」




『ああ、言葉足らずで申し訳ありませんでした。

本日の詐欺実演金ですが、これに関しては皆様の取り分となります。』



  「え!?

  いやいや!

  そんなん、ワシら全員経営者やで?

  そんないい加減な支払いされたら、領収書の切りようがないがな。」



『ああ、スミマセンスミマセン。

領収書の発行は不要です。

皆様、そのままお納めください。』



  「いやいやいや!!

  百歩譲ってワシらはいいとして

  領収書なかったらキミが経費処理出来へんやん。

  折角東京から来てくれて、丸々マイナスって…

  それはアカンやろ。」



『いえ、話すと長くなるのですが

これ一応、宗教行為の一環なんです。

坊主から戒名買っても領収書出ないでしょ?

それと一緒だと思って下さい。』



  「キミ!

  宗教の法人格まで持っとるんか!?

  え?

  じゃあ、やっぱり

  これは節税的な…  スキームなん?」




『いえ、法人格は持ってません。

それに税金は言い値で払う主義ですので…

何度か節税を提案された事はあるのですが、イマイチ興味が持てず。』




  「いや、言い値ってキミ。

  そんなん無制限に税金取られるで?」




『実は以前に大きな怪我をしまして、先月までずっと車椅子生活だったんです。

その時に感じた事が

《如何に自分が社会保障やインフラに保護されているか》

だったのです。

だから、感謝の気持ちこそあれ《取られる》という感覚はあまりないですね。』



  「ふうむ。

  キミ、後藤君と同い年って事は二十歳か?」



『はい、二十歳になります。』



  「若いのに中々修養を積んどる。

  いや、二十歳でその視点が持てるって偉いわ。」

 


『ありがとうございます。』



  「ただ、詐欺やら宗教やら…

  あまり好まれる分野ではないな。

  いや勿論、宗教行為や防犯喚起について誹謗中傷する意図はないよ?

  あくまで一般論、一般論な。」



『ええ、承知しております。

他ならぬ私も、宗教ってあまり好きではないんです。


あ、勿論差別の意図はありませんけど。』




  「じゃあ、このおカネは懐に入れさせて貰ってええねんな?」




『はい、是非!』




20人の事業者達は、誰一人立ち上がろうとせず、皆が長考の構えに入っている。

なるほど、流石は後藤父の人選だ。

馬鹿が居ない。



1人の金縁眼鏡が立ち上がり俺の眼前に歩み寄る。




  「田名部と申します。

  補助金関連のコンサルタント業を営んでおります。

  お名刺、交換させて頂く事は可能でしょうか?」



『申し訳ありません。

名刺の類を持っておりませんので。』



  「…ああ、最近の若い方はそうですね。

  じゃあ、LINE交換イケますか?」



『申し訳御座いません。

実は恥ずかしながら、スマホを持ってないのです。』



  「え、それじゃあ連絡とか…」



『ここに居るメンバーを経由して貰ってます。

入り口の背の高い男、寺之庄と言うのですが

あの者がSNS運用・連絡を代行してくれている事が多いです。


ただ大阪に関しては後藤にお願いするのが筋かとは思っております。』



  「…うーーーん。

  では寺之庄さんに挨拶して来ます。」



俺への連絡を希望した者は全員、寺之庄と後藤に割り振っていく。

結局、出席者全員が俺達に名刺を差し出して来た。



  「これからどないされるんですか?」



小太りの男が探るような表情で尋ねて来る。



『しばらく詐欺の実演を続けます。』



  「あ、あの!」

  


『はい?』



  「ちょ、ちょっと今日のセミナーでは理解し切れなかったのですが…

  複数回の聴講は可能でしょうか?」



『あ、別に回数制限は設けておりませんので。』



  「あ!  あの!」



『はい?』



  「じ、実演金額に上限はあるのでしょうか?」



『あー、特に考えてませんでしたね。』



  「あ、あの…

  例えばですよ!

  例えば1000万詐欺の実演をお願いしても宜しいんでしょうか?」



『ええ、別に金額は幾らでも。』



  「…そ、その実演で生じたおカネは

  今日みたいに貰えるんでしょうか?」



『あ、はい。

その場でお渡ししますよ。

別に領収書も不要ですし。』



  「(ゴクリ。)」



『じゃあ、私はここで。』



  「ちょ! あの!

  あ、明日はどこで詐欺実演を開催して下さるのでしょうか!!」



『午前中に篠山という街に向かう予定です。

15時までには大阪駅に戻って来れると思うので

《グリ下》って場所に行きます。』



  「え!?

  篠山!?  グリ下!?

  え? え? え?」



『最近はずっとこんな感じなんです。

ずっと高速を移動し続けているので…

まあ、明日の詐欺は大阪市内のどこかで行いますよ。』



 「あ、あの!

 私も伺わせて下さい!!」



『ええ、どうぞ。』




小太りの男は興奮して俺に名刺を押し付けて来ようとしたので、飯田がスマートに回収。

「秘書の飯田で御座います。」

今まで聞いた事がない程の澄ました声だったので笑いを堪えるのに苦労した。

一瞬だけ振り向いた飯田が悪戯っぽくウインク。

この人は俺をよく見てくれている。

正直、助かる。




帰り際、田名部が再度やって来る。




「あの! トイチさん!」



『あ、はい。』



「その、折角大阪まで来て下さったのです。

歓迎会を開催させて頂けませんでしょうか?」



やっぱり喰いつく奴は少なくないな。



『申し訳ありません。

この後、身内と会議がありますので。』



「えっと、しばらく大阪に滞在されるのでしょうか?」



『本日は大阪に宿泊します。

ただ、東海道を移動する生活をしておりますので、腰を落ち着けることは無いと思います。』



結局、田名部は駐車場まで食らいついて来た。

あ、賢いなコイツ。

話を引き伸ばすフリをして俺達の車をチェックしたのか。



「あの!

明日はどうされるんですか?

ちょっと、ちょっとお近づきになりたいのですが!」



すげえなコンサル。

意地でも懐に入って来るな。

見かねた後藤が田名部と連絡先交換をしてやる事によって宥めた。

夜に後藤が通話してやる事で話は落ち着く。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




宿は大阪郊外の箕面なる山地。

大阪駅から30分程の近場なので安心感がある。

コテージは7棟全てを貸し切って1泊15万と聞いた。

何でも3Dプリンターで建造した施設らしい。



『なあヒルダ。

こんな金額で7棟も借りれるものなのか?

駐車場区画も込みでだろう?

名古屋みたいに門扉があれば完璧なくらいだよ。』



「コロナ禍で起こったキャンプ・グランピングブームが落ち着きつつありますので…

それも借り手にとって追い風なのではないでしょうか?

M&Aサイトでも、キャンプ場は大量に売りに出されてますよ。」



『あのさあ。

宿泊費とか、誰が払ってるの?

ヒルダ?』



「最初は私が負担していたのですが…

皆が負担させてくれと迫るので、今は皆で支払っております。」



『いや、それは悪いよ。

俺も幾らか出すよ。』



「リンはもう配当を払っているではありませんか?」



『いやいやいや!

それはそれ、これはこれ。』



「みな、不安なのです。

払わせてやって下さい。」



『不安?』



「リンは日々力を増しております。

もはや何人をも必要としていないのでしょう?」



『そうか?

今の俺なんて。

毎日1000万チョイの収入がある程度の力しかないぞ?』



「その収入にスタッフは必要ですか?」



『いや、別にイランけど。』



「なので皆が内心怯えているのです。」



まあな。

俺個人に関しては既に軌道に乗ってるからな。

スタッフは不要と言えば不要である。

そりゃ不安にもなるか。

まあいい、今は真摯に礼を述べよう。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




さて、時間が無い。

早速今日の反省会だ。



『拙い進行で申し訳ありませんでした。』



まずは皆に頭を下げる。

勿論、誰からも怒られない。

今日のセミナーはベストでは無かったが、ベターではあったからである。



「今日のメンバーは親父と親しい事業者のグループだったんですけど。

アレ、全くの他人でも最後まで話を聞いてくれましたね。」



開口一番、後藤が述べる。



『そうなんですか?

お父様の知り合いだから、顔を立てて我慢してくれたのかと思いました。』



「トイチさん。

逆ですわ。

今日の面子、お互いに面識があるから迂闊に本音で喋れなかったんです。


ほら、見て下さいよ

俺のLINEを。」



後藤がノートPCにLINE履歴を全画面表示する。



『うお、凄いメッセージ量ですね。』



「内容はどれも似たり寄ったりです。

《折角大阪まで来てくれたのだから、一席設けさせてくれないか?》

と。

要は接待と言う体での密談希望ですね。

ヒロノリさんもそうでしょ?」




  「うん、僕も後藤君と同じ雰囲気。

  連絡先交換した人は全員かな。

  ほら、見て。

  ZOOM会議希望してる人も多いよね?」




「それで、トイチさんはどうしたいですか?」



『手筈通り、お2人に応対をお任せさせて下さい。

無論、約束通り中抜き可とします。』



当初俺は、大阪は後藤・神奈川は飯田の様にエリアで区切る腹案を持っていた。

エリア内で集めた客の中抜き分を各員が勝手に取って行くシステムである。

ただ皆に反対されて翻意した。

それだと皆が営業にしか関心を持たなくなってしまうから、とのこと。


確かにな。

当面の資金に困っていない俺としては、営業よりも護衛・運転・斥候・調査に注力して貰えた方が助かる。

俺にとっては、皆の提案は都合が良い。

これも、先程ヒルダが言っていた不安故の気遣いなのだろう。



『皆さん、ありがとうございます!

私は未熟なので、そこまで思い至りませんでした。

皆さんに助けられております。』



改めて深々と頭を下げる。

比例して彼らの不安度も下がると信じて。



途中、女衆が夜食を差し入れようとして来たが、《後でこちらから伺う》とだけ答えておく。



そして小一時間、今日の詐欺セミナーを振り返る。

素人臭い進行だったが、アレが逆に良かったかも知れないとの意見が出る。

後は細かな演出。

金融路線と宗教路線、そのどちらで進めるかで悩む。

後、ヘイト管理。

何せ俺は若造の癖に可愛気が無い。

個人的には前面に出ない方が良いとすら思っているのだが、後藤・江本の関西組の意見は逆。



「トイチさんのマジレス路線は関西人に効きます!

他の地域は兎も角、関西ではトイチさんが前面に出るべきです。」



異口同音に力説される。

俺はそうは思わないのだが、今日のセミナー。

参加者達がかなり俺にカルチャーショックを受けていたらしいのだ。

俺が首を捻ると後藤は皆のLINEメッセージを順に見せて来る。



「みんなサシでトイチさんと話したがってるでしょ?

日頃付き合いのある俺の親父を飛び越えてですよ?

これって余程でしょ?」



確かに。

尋常の反応ではない。

社会人としてのマナーを逸脱している。

例えば、俺がドナルド・キーンを介さずにハロルド君と連絡を取るようなものである。

だが、そこを彼らは敢えて踏み込んで来た。



「単にカネやないんです。

明らかにトイチさんのパーソナリティへの興味と好意ですよ。」



…保留。

今日の面子はそもそも後藤響の支援者である。

友人の俺に好意的に振舞うのも延長線だろう。

その一事を以て関西人全体との相性を語るのは、あまりに軽率。

無論、俺はこの2人の直感を全面的に信仰しているが。




次いで、兵庫の宇田川とオンライン通話。

こちらが箕面に滞在していると告げると、(誇張ではなく)飛び上がって喜んでくれた。

何気なく地図を見て理解したのだが、箕面市は大阪の最北端の自治体であり兵庫県に食い込むような形状をしている。

宇田川から見れば自分の為に箕面市に陣立てしたように映ったのだろう。



「イノシシ9頭を確保しております!

あ、画像貼りますね?

全頭、箱に押し込めております!

篠山インター降りてから15分以内!

私の自宅敷地に9頭を集めております!

勿論、不要な観光案内や接待も強要しません!」



流石に全国相手に商売しているだけあって、アピールが激しい。

いや、彼にはニーズを汲み取る力があり、かつ汲み取っている事を伝える重要性を熟知しているのだ。

俺も何度も頭を下げ『宇田川社長の様な方と取引させて頂くことが一番ありがたい』と繰り返し伝えた。



続いて、さっき会ったばかりの田名部。

信じ難いことに、机にカネを並べている。

これが関西人のセンスなのだろうか、と一瞬呆然とする。

(後で江本が強く否定して来た。)



「例えば1億預けた場合、どうなるんですか?」



『いや、1%なので100万払いますけど。』



「あ、じゃあ!

例えば! 例えばですよ!?

2億0900万円預けた場合は!?」



『あ、計算面倒なんで2億にして下さい。

2億なら200万支払います。』



「うおー! うおー!」



ここまで喜ばれると逆にこちらが恐縮する。



「あ、あの。

預かり証とか、そういうのは…

やっぱり無いんですよね?」



『ああ、今まで発行した事は無かったんじゃないですかね?

私の知らない所で、代理人が発行していたかも知れませんが。』



「…いや!

トイチさんを疑ってる訳やないんです!

私は、例の動画も拝見しておりますので、トイチさんの全てを信じてます!」



『…カネが絡んだ場面で全て信じるのは、あまり好ましくないのでは?』



「御安心下さい!

世間の愚か者とは違って私は信じてますので!

無論、トイチさんが主張されておられる

異世界帰りという触れ込みも疑っておりません!」



『あ、いや。

別に主張している訳では。』



「なので!

全ブッパします!」



『え?

全?』



「全てをトイチさんに賭けまぁす!!!」



『いや、仮にもコンサルタント業に携われる方が…

全ベットというのは、職業的にマズいでしょう。』



「じゃあコンサルやめまぁす!!!」



『いやいや、冷静になりましょうよ。』



「冷静だからこの結論なんですよ!!!」



『まあ、金銭面から見れば最適解ではあるのでしょうけど。

いきなり仕事やめたら御家族の方が心配されるでしょう。』



「じゃあ、離婚しまあす!!!」



『えー、困りますよ。

いや、私は困らないんですけど、御家族の方が可哀想でしょう。』



「ちなみにトイチさんが私の立場ならどうしますか?」



『いや普通に離婚して、集金に専念するんじゃないですか?』



「でしょ! でしょ!

早速明日詐欺して欲しいです!

どこに伺えばいいですか?」



『あー、じゃあ。

こちらから場所を指定するので、車に有り金全部積んで遊びに来て下さい。』



田名部は賢い。

なので、こんなアホな遣り取りを躊躇いなく出来る。

知力と胆力、両方兼ね備えている者は本当に稀である。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




カネの配置に悩んだが、これまで通りキャンピングカーに収納する事になる。

一昨日から、片方のベッドのマットを外して丸々金庫として運用している。

恐縮して寺之庄に詫びるが、彼は笑って「異世界アニメとかの馬車旅ってワクワクすると思わない?」とだけ答える。

完全に同意なので言い返せない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


7億1584万8400円

  ↓

7億0584万8400円

  ↓

2億0584万8400円



※配当金1000万円を出資者に支払い

※出資金5億円を別に保管



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




キャンピングカーはコテージのギリギリに駐車する。

気休めではあるが、飯田車を被せて駐車し盗難対策とする。



『万が一盗難されても、私が補償するので安心して下さい!

保管責任者はあくまで私!』



そう宣言して皆を落ち着かせる。

チーム運営の秘訣は兎にも角にも《安心感の保証》なのだ。

寝床・メシ・カネ・女・そして賞罰。

己が率いるキャラバンすら充足させられない俺なら、人類を救済する資格など一切無い。




全ての話に区切りが付いたので、後藤と2人で割り当てた棟に入り交代でシャワーを浴びた。

疲れが溜まっているのか、ベッドに腰掛けた途端に倒れ込んでしまった。

心地良い疲労感だ。



「トイチさん。」



『はい?』



「俺、貴方がここまで凄い人やとは思ってませんでした。」



『買い被りですよ。』



「返礼に何かさせて下さいよ。」



わざわざ言葉には出さないが、要は彼は山岸の話をしているのだ。

セックスしたかしてないかは知らないが、俺の中でノルマ暫定達成としておく。



『今日、人を集めてくれたじゃないですか。』



「いえいえ。

集めたと言っても中小業者ですよ。

親父のツテですし。」



『率直に申し上げますね。

それこそ、あの20人だけでも私にとっては勝ち確なんです。

もしも、キャンピングカーを盗まれて一文無しになっても

今日紹介して下さった20人の連絡先さえあれば、即日リカバリー可能です。』



「そう言って下さって安心しました。」



お互い、ベッドに寝転んだまま天井を眺める。



「…俺、異世界漫画とか読んでハーレムに憧れてたんですよ。

月並みですけど。」



『わかります。

綺麗な女性に囲まれるのって主人公感あって最高ですよね。』



「…いえ、逆です。

アレは最低の振舞です。

周りの男がそれを見せられてどう感じるか…


トイチさんに逢うまで、俺はそんな事にすら気付けませんでした。」



『…そうですか。』



「ねえ、トイチさん。

貴方には資格があります。


カネや女が貴方に集まるのは必然だとすら、俺は感じ始めています。」



『後藤さん。』



「はい。」



『俺はつまらない人間ですよ。

貧乏でモテなかったので、世の中みんなに嫉妬しておりました。

特に貴方みたいにスポーツ出来る人間に対してなんて…

恥ずかしい話なんですが、ひたすら妬み僻みばかりです。

笑って下さい。』



「でも、今は違う。」



『…貴方が言うなら、そうなのかも知れませんね。』




その夜、後藤と並んで他愛もない話をした。

女の好みの話とか、異世界の話とか、野球の話とか。

まあ、そういうどうでもいい話を淡々と続けた。




「本音で言えば、女なんてヤレれば誰でもええんです。」



『わかります。

…人格さえ無ければ幾らでも大切にしてやれるんですけどね。』



「俺、そういうの嫌でも自覚してしまうタイプなんで

本来、結婚とか彼女とか…

向いてへん人間なんやと思います。」



『誠実なんですよ、貴方は。』



「ちなみに江本はもっと誠実ですよw」



2人で大笑しているうちに意識は遠のいていた。

【名前】


遠市 †まぢ闇† 厘




【職業】


東横キッズ

詐欺師

自称コンサルタント

祈り手




【称号】


女の敵




【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)


《LV》 7

《HP》 弱い

《MP》 強い

《力》  女と小動物なら殴れる

《速度》 小走り不可

《器用》 使えない先輩

《魔力》 ?

《知性》 悪魔

《精神》 女しか殴れない屑

《幸運》 的盧


《経験》 1029


本日取得 0

本日利息 67


次のレベルまでの必要経験値241



※レベル8到達まで合計1270ポイント必要

※キョンの経験値を1と断定

※イノシシの経験値を40と断定

※経験値計算は全て仮説




【スキル】


「複利」 


※日利7%

下2桁切り上げ 




【所持金】


2億0584万8400円




【所持品】


jet病みパーカー

エモやんシャツ

エモやんデニム

エモやんシューズ

エモやんリュック

エモやんアンダーシャツ 

寺之庄コインケース

奇跡箱          

コンサル看板 




【約束】


 古屋正興     「異世界に飛ばして欲しい。」

 飯田清麿     「結婚式へ出席して欲しい。」

〇         「同年代の友達を作って欲しい。」

          「100倍デーの開催!」

          「一般回線で異世界の話をするな。」

〇後藤響      「今度居酒屋に付き合って下さい(但しワリカン)」

          「大阪を滅ぼさないで下さい!!!」

 江本昴流     「後藤響を護って下さい。」

×弓長真姫     「二度と女性を殴らないこと!」

×         「女性を大切にして!」   

〇寺之庄煕規    「今度都内でメシでも行きましょう。」

×森芙美香     「我ら三人、生まれ(拒否)」

×中矢遼介     「ホストになったら遼介派に加入してよ。」

          「今度、焼肉でも行こうぜ!」

〇藤田勇作     「日当3万円。」

〇堀田源      「トイレコインの使い方を皆に教えておいて。」

〇山田典弘     「一緒にイケてる動画を撮ろう。」

〇          「お土産を郵送してくれ。」

 楢崎龍虎     「いつかまた、上で会おう!」

 警視庁有志一同  「オマエだけは絶対に逃さん!」

×国連人権委員会  「全ての女性が安全で健(以下略)」

〇安宅一冬     「浅草寺周辺を一緒に散策しましょう。」

 水岡一郎     「タックスヘイブンの利用・移住をしないこと。」

×平原猛人     「殺す。」

          「鹿児島旅行に一緒に行く。」

 車坂聖夜Mk-II   「世界中の皆が笑顔で暮らせる、優しい世界を築く」

 今井透      「原油価格の引き下げ。」

 荒木鉄男     「伊藤教諭の墓参りに行く。」

 鈴木翔      「配信に出演して。」 

×遠藤恭平     「ハーレム製造装置を下さい。」

〇         「子ども食堂を起ち上げる。」

 田名部淳     「全財産を預けさせて下さい!」


〇木下樹理奈    「一緒に住ませて」


×松村奈々     「二度と靴は舐めないにゃ♥」

〇         「仲間を売るから私は許して♥」


〇鷹見夜色     「ウ↑チ↓を護って。」

〇         「カノジョさんに挨拶させて。」

〇         「責任をもって養ってくれるんスよね?」


×ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹…。」

          「王国の酒…。」

          「表参道のスイーツ…。」 

×         「ポン酢で寿司を喰いに行く。」

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はっはぁ成程 一時預かり自体がタスクだから神秘に落とし込むのが1番お手軽なんやな ファクトチェックコストを過不足なくするのが最適解、と
いつも、お疲れ様です。 リンはアスペ確定でしょ。ヒルダとコレットも。 普通はあれだけ殺したら心を痛めるもんだけど、異世界転生後の初期段階から死んでも「仕方ない」と言ってるしw
[良い点] 誤字修正の速さ [気になる点] リンくん、アスペルガーかなぁ?? 本当に医師に「そう」といわれている方はこんなのではないような。 「おもしれー男」であることは間違いないです。 [一言] 色…
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