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【降臨6日目】 所持金4万7241円 「般若→菩薩 →小面」

どう計算しても勝ってしまう。

何をどうしても勝ってしまう。

俺の人並み外れた無能や非力や軽率を差し引いても勝ってしまう。


それくらい【複利】は反則だ。


異世界でもそうだったが、日利が1%の時点で生存を確信するだけの心強さがあり、それが2%に引き上がった瞬間(つまり上昇の余地を知覚した時)、完全な勝確モードに入った。

『こんなんチートやん!?』

とスキルの理不尽さに驚愕した事を覚えている。


日利3%なんて、どれだけ手を抜いても事業が成立してしまう額である。


なので、地球の平定もサクサク進むだろ。



朝の時点では、そんな錯覚に陥っていた。




『エモやんさん。

まずはお礼を言わせて下さい。

貴方のおかげで、完全に生活が軌道に乗りました。』




「いえ、上手く行った部分に関しては、全て後藤の采配です。」




『では、後藤さんへの借りとしておきます。』




「お気遣い、ありがとうございます。」




リア充のお兄さん達は、騒ぎ疲れて微睡んでいた。

何気なく肉の価格表示を見て腰を抜かす。

高っ!

あれ? 地球の肉高すぎないか?

ピット会長でも㌘10ウェン程度の肉しか食べてなかったぞ?

今思えば、あんな慎ましい支配者も居なかったな…

もっと優しくしてやれば良かった。




パチンコ屋の娘さんが、起きてきてベーコンと地元の干物を焼いてくれた。

豪勢な朝食である。



「トイチ君はキョンの話ばっかり聞きたがるのね。

他にもいっぱい獣が居るのに。」



おかしそうにクスクス笑う。



『え?

他にも居たんですか?』



「外房は害獣で有名よ。

アライグマもタヌキもイノシシも普通の鹿も。

昨日の晩もアライグマがチョコチョコ走ってたでしょ?」



『いやあ、気が付きませんでした。』



「他にも、白鷺。

この辺じゃ、糞害が問題になってるんだけど、見た?」



『シラサギ!?

あ、いえ、そこまでは気が回らず。』



お姉さんは何が可笑しいのか、腹を抱えて笑う。



「ほら、あそこの木立。

見てご覧なさい。

白い点がウジャウジャ見えるでしょ?

あれが白鷺。」



言われてみると、異常な光景だった。

木立一面に白い何かが蠢いている。



「トイチ君は、猟師の才能には恵まれてませんなあ。」



『ははは、恐縮です。』



「でも粘着質だから、数字はきっちり上げて来そう。」




うーむ、俺が粘着質?

それ皆から指摘されるんだが、そんなにか?

自分ではさっぱりした人間だと思うのだが…



「キョン以外に興味はないの?」



『あ、いえ。

キョンに執着している訳ではなくて

もっと大きく狂暴な動物を駆除したいのです。』



「あはは、人間は撃っちゃ駄目だよー。」




あれ?

それも皆に言われるぞ?

俺、そんなに人を殺したそうに見えるのか?

えー?

俺ほど穏健で理性的な人間は居ないぞ?

オイオイ、大丈夫か?

皆、人を見る目が無さ過ぎるんじゃないないか?

そんなので社会生活をやっていけるのか?



『ははは。』



「狩猟免許とったらいいのに。

ウチの大学にも狩猟サークルあるよ?

ジビエにレザークラフト、地域交流なんかも楽しめるし。」



『あ、いや。

肉はスーパーの特売で買います。

トドメ以外にあまり興味がないので。』



「あははは

サイコキラーだww」



『いやいや!

サイコキラーなどではなく!


真面目に農業保護とか環境なんちゃらの一環として命だけを奪いたいのです。

何か効率よく大型獣を大量に殺戮する方法はありませんか?』



「トイチ君ってマジモンだねー。

平気でDVとかするタイプでしょ?」



『いやいや、そんな酷い事する訳ないじゃないですか!』



「でも一回くらい女子を殴った事はあるでしょ?」



『女性を殴るなんて男の風上にも…


あ、柔道技で大理石みたいな床に叩きつけた事はありますね。

粘着されてウザかったので。』



「うっわー。

エグイ…


その時、どう思った?」



『例え相手が女でも喧嘩で勝つのって、気ん持ちいいーー♪

って高らかにガッツポーズしてました。』



「怖!!!」



『いやあ、すみません。』



「大型獣を狩猟する方法考えてあげるわ。

このままじゃトイチ君、殺人事件起こしそうだから。

君ってアメリカに生まれていたら銃乱射事件で歴史に名を刻んでたよ、絶対。」



『ええ、私のイメージそれですかぁ。』



でも、その光景はちょっぴりイメージ出来る。

陰キャのイエローギーグがある日泣きながら銃乱射を試みるのだが、誰一人として殺せずあっさりと警官隊に射殺される。

俺ってそんなイメージ。



「でも、狩猟は結構お金かかるわよ」



『ああ、別にカネに糸目をつける気ないんで。

カネで解決できるなら、何でもいいですよ。』



「え? トイチ君ってお金持ちなの?」



『あ、いえ。

来月辺りから手持ちに余裕が出来るので、そこからですね。』



「投資成金w?」



『まあ似たようなものです。』



「あははw

詐欺師みたいな台詞ーww


えっとねえ、狩猟ツアーってあるのよ。」




『ほう、狩猟ツアー!』




「あ、喰いついたw


ニュージーランドとかアメリカとかで撃たせてくれるツアーあるよ。

国内でも長野とか四国とかでやってるの見た事あるし。」




『…。』




「あ、キチガイの目になったw」




『いや、ありがとうございました。

お姉さんのおかげで未来が開けました。』




「やっばーい。

サイコキラーの誕生を助けてしまったーw」




…人生で2番目くらいに貴重な情報だ。

そういうパッケージがあるのなら話が早い。

カネで片付けくのなら何でもいいのだ。


次のレベルまで、キョンだと推定40匹。

そろそろしんどい数字だ。

アイツら経験値1の分際ですばしっこい。

何よりホーンラビットは向かってきてくれるのに、奴らはひたすら逃げる。

今まで狩った分にしても、後藤・江本の超アスリートがお膳立てしてくれたから殺せただけであって、俺の独力で殺すのは不可能だろう。


10メートル圏に近づいた瞬間にキョンは大きくバックステップする。

崖をスルスル駆け上がり、藪に飛び込んでしまう。

狩猟に詳しいリア充グループに言わせれば、人間が素手で捕獲する事は絶対に不可能らしい。

(後藤は何気なく首根っこを押さえていたが、それは彼が超人だから可能な芸当なのである。)


うん、どうせ独力で殺せないなら、もっと経験値が多そうな動物を殺したい。

…ぱっと思いつくのは、イノシシか熊だな。

熊と人間、どっちの方が経験値が高いのだろう。

それ次第ではあるよな。



よし、何となく次の方針が決まった。

3%の日利を利用して纏まったカネを貯めて、狩猟ツアーで大型獣を殺しに行く。

海外の方が自由に撃たせてくれそうな気もするが、税関とか飛行機内でスキルが暴発した場合洒落にならないからな。

まずは国内の狩猟ツアーを狙うか。




「ねえ、トイチ君。

僕らと連絡先交換しない?」




ベーコンを食べ終わった頃に地主のお兄さん(キャンピングカーの持ち主)が起床して提案してくれる。



『あ、スミマセン。

私、携帯持ってなくて。』



「え!?

君、生活どうしてるの?

まさか用事の度に家まで来て貰ってる訳でもないんだよね?」



『いや、家も無くて。』



「oh!

今までどうしてたの?」



『あそこの江本さんに泊めて貰ったり、その先輩に泊めて貰ったり。』



「実家とかない訳?」



『団地に住んでたんですけど。

数年留守にしてたら解約されてました。』



「されるだろうね。


他に当てとかないの?」




『…知人が都内に住んでるので

タイミングが合えば、お邪魔させて貰おうかと。』



「あ、それ絶対に彼女さんでしょ。」



『そんな所です。』



「トイチ君やるねー。

彼女さんほったらかしてキャンプ遊びとか

亭主関白の香りがする。」



…嫁は摂政なんだけどな。




『あー、いや。

別に威張っているつもりはないのですが。』




「ちゃんとお土産買った?」



『え?

あ、いや、思い付きもしませんでした。』



「あはは、女の子はそこらへん根に持つよー。

僕の土産分けてあげるから、自分で買ったことにしな。」



《ぶっかけ浜めし》



要はご飯に掛けるフリカケなのだが、王国人であるヒルダの味覚に合うのだろうか?

まあいいや。

手ぶらよりはマシだろう。




『す、すみません。

何から何まで。』



「君の連絡先、何かない?」



『えーっと。

どうやって私に連絡取ればいいんだろ?

うーーん。』



「彼女さんの家ってどこ?」



『田町です。』



「あ、近い!


君、慶応生とかじゃないよね?」




『いえ、高校中退です。』




「大学受験、今からでもする気ない?

僕、勉強だけは自信あるから、多分役に立てるけど。」




『うーーーん。

学力より先に学位買える金額が溜まっちゃうのが目に見えてるので。』




「言うねぇ♪

今度、どこかでメシでも奢らせて。」




『あ、是非。』




お兄さんがサークルの名刺をくれるのだが、入れる場所がない。




「え!?

財布は?」




『今の所ないので、ポケットに全財産を入れてます。

ほら。』




「って3万しかないじゃない!!!」




『ええ、もう少し増えたら

財布もどこかから巡って来るかな、と。』




「実家に戻れば、使ってない財布いっぱいあるんだけど。


…これ、僕のコインケース。

あげるから一応持っておきなよ。」




『いや、流石に申し訳ないですよ。

幾らか御礼を。』




「じゃあ、いつか君が財布が無くて困っている人と逢った時に、それを譲ってあげて。

いいね?」



…金持ちリア充は立ち回りに余裕があって恰好いいよな。

それにしても、そのセリフ回しカッコいいな。

いつか俺も使ってみよう。





その後、お兄さんにキャンピングカーの中を見せて貰う。

というか、サイズがマイクロバスである。

1300万円するだけあって、ひたすら豪華だ。

王都からソドムタウンを目指した時の荷馬車よりも遥かに居住性が優れている。

あの時は母娘と寄り添ってひたすらに息を潜めていたよな。

まさか母娘の内戦に脅かされる日々がその後すぐに到来するとは思わなかったが。



「言っておくけど父さんの車だから。

僕は自分で買えるほどお小遣い貰ってないからね?」



どうやら金持ちボンボン界隈には、自分で1300万円の車を買えるほどの小遣いを貰ってる猛者が普通にいるらしい。



「アラブ系とかインド系とか、マジモンのボンボンは圧倒的だよ?」



『はええ。』



「プールとコンパニオン貸し切ってパーティーしたりするから!」




…あ、それやった事あるわ。

妙に感情が醒める。


やっぱり人生、天井が低いと退屈だよな。





お兄さん達と別れて、エモやんと帰路に着く。



「トイチさんってコミュ力高いですよね。」



『?

そうですか?』



「初対面の人の輪にすぐ入って行けるのは、素晴らしいと思います。」



『その代わりに、付き合い長い人を怒らせちゃうんです。』



「じゃあ野球は向いてないかもですね。」




2人でクスクス笑い合う。

俺って長く付き合うとボロが出るんだよ。




「これからどないしはるんですか?」




『いや、後藤さんにお土産渡さなきゃ。

シャンパンとか色々貰ったし。』




「きっと喜びはると思います。

あの人、炭酸系が好物なんで。」




『あれ?

エモやんさんも来るんでしょ?』




「いえ、自分は先程謹慎を命じられたので。

当面、後藤先輩にはお目に掛かる事が出来ません。」




『え? 謹慎? え? 何で?』



「いえ。

これだけの勝手をしでかして、ペナルティがないなんてあり得ませんわ。

それは自分が一番分かっております。」



『え? き、謹慎って後藤さんに言われたの?』



「はい、先程通話で報告して。

そのように申し渡されました。」



『いやいやいや!

エモやんさんは私を手伝ってくれただけじゃないですか!

それも動機は後藤さんの為でしょ!』



「…俺やったら、後輩がこんな事しでかしたら、どんな理由があっても絶対許しません。

あの人は優し過ぎる人やから、こういう中途半端な処分になってしまうんです。」



『いや、でも。』



「ご不審に思われるのはご尤もですが、これは我々の問題です。

申し訳ありませんが、これ以上は。」



『あ、はい。』



エモやんは葛飾まで送ってくれた後、電車賃まで渡そうとして来るが、流石にそこまでは受け取れなかったので、平身低頭して謝絶した。



『あ、あの。

謹慎って、どうされるのですか?』



「いつかお声を掛けて頂けた時に、少しでもお役に立てるように自己研鑽ですね。

身体だけは絶対に鈍らさないように心掛けます。」



後藤の口ぶりから、彼が野球の世界に復帰する意志は殆ど無い事が判る。

そんな事はここ数日の付き合いの俺にでも伝わって来るので、リトル時代からずっと一緒に居たエモやんは更に深く理解している筈だ。


それでも彼は、いつキャッチボールの相手やバッティングピッチャーを命じられても良いように、1日たりとも鍛錬を欠かさないとのこと。


ここまでの絆に対して、俺如きが到底口を挟んで良いものではない。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


3万0743円

 ↓

2万9933円


※青砥駅から蒲田駅への電車賃として810円を支払い。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「江本から、遠市さんに無免許運転行為をさせた旨の報告を受けております。

事実でしょうか?」



第一声がそれだった。

挨拶すらさせて貰えなかった。



『あ、いや。

江本さんは私や後藤さんを思ってですね。』



「事実でしょうか?」



口調は冷静で柔らかいが、有無を言わせぬ圧があった。

正直、怖い。



『は、はい。

事実です。』



後藤は唇を噛んで一瞬俯くが、すぐに俺を直視した。



「この度は後輩が遠市さんに多大なるご迷惑をお掛けしたことをお詫び致します。

誠に申し訳御座いませんでした。」



そして深々と頭を下げる。


…ここまでとは思わなかった。

この男の第一印象は《冷徹で怖い》だったが、まさかここまで厳格で徹底しているとは思ってなかった。



「これは我々同士の問題ですので。」



機先を制され、とりなしすら言い出させて貰えない。

後藤のいう《我々》が野球コミュニティを指すのか、体育会系秩序そのものを指すのかはわからない。

ただ、俺が発言権の無い部外者である事だけは痛感出来た。



『これは旅先での貰い物なのですが、後藤さんは呑まれませんか?』



受け取ってくれる訳がないのだが、シャンパンを差し出す。



「自分は今、後輩に謹慎を命じたばかりです。

そして、江本の不始末が自分の指導力不足に起因する事が明白である以上、自分にも身を慎む義務があります。」



ゆっくりと、言い聞かせるように、後藤は俺の目を見ながら語る。

俺も必死で咀嚼しようとするが、頭も心も全然追いつかない。

コイツら、いつもこんな調子なのだろうか?



「野球やってる奴らって、こういう屁理屈ばっかりで嫌になるでしょ?」



不意に優しい声色に戻った後藤が言う。

その笑顔はどこまでも寂し気で、痛々しいものだった。



『あ、いえ。』



「筋とか道理とか、理不尽な組織に限ってご立派なタテマエを振りかざすんですよ。


今、自分は後輩の指導と申しましたが…

それこそが一番の病根であると理解しております。

たかが1年2年先に生まれた位で人様に人生諭すとか異常でしょ?


自分なんかより、江本の方が余っ程思慮もあって立派な人間です。

子供の頃からあの男には教わることばかりです。

それをたかが先に生まれたくらいで先輩面して、滑稽な話ですよ。


こういう体育会系の悪しき在り方は、何としても是正しなければなりません。」




後藤は声を詰まらせながら、そう締めくくった。



いや、是正とか無理だろ。

アンタら格好良すぎるもの。

幾らなんでも在り方が美し過ぎる。

普段からアンタらの遣り取りを見ている後輩達は絶対に感化されて、その厳格な生き方を模倣してしまうだろう。

体育会系に適性の無い俺でもここまで感動して、思わず貰い泣きしたほどなのだから。



続けて、後藤はバンパー代の件を切り出した。



「江本に遠市さんの支援を依頼したのは自分です。

従って江本の修理代を支払う義務は自分にあります。」



…この男の性格なら、そう言うだろう。

そしてクリアケースに入れた5万円を俺に預ける。




「江本は潔癖な人間です。

普通に渡しても絶対に受け取らないでしょう。

なので、《先輩命令なので受領すること》と一筆を入れておきます。

お手数ですが、遠市さんからも読み聞かせてやって頂けませんでしょか?

受け取ってくれる確率が半々まで上がります。」



…ここまでして半々か。

あー、俺が飛ばされたのが異世界で良かった。

大阪のリトルリーグなんかに転移してたら、初日で狂死してたわ。

…こんな厳しい業界で物心ついたときから揉まれてたらね。

そりゃあ就活無双するでしょ。



「5時過ぎたら駅まで送りますわ。」



わざと冗談めかしたトーンで後藤がお盆に置いた現金を差し出してくる。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


2万9933円

 ↓

96万9933円



※後藤響から94万0000円を借入。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




後藤は後ろを向いて無言であぐらをかいている。

種を知った手品を見物する趣味はないらしい。

後藤は苦しげに唸りながら、何度も両手で頭を抱えていた。


そして17時。




《2万9098円の配当が支払われました。》




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


96万9933円

 ↓

99万9031円

 


※配当2万9098円を取得



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





『利息は受け取っては頂けないんですよね?』



真っ直ぐな笑顔がハッキリと拒絶を宣言していた。

俺如きに、どうこう出来る筈もない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


99万9031円

 ↓

94万0000円

 ↓

5万9031円


※後藤響に元本として94万0000円を支払い




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




蒲田駅まで2人で歩く。

とりとめの無い話が続いて幾分か気が紛れた。



「江本も怪我で野球に挫折した点では自分と同様です。

どうかあの男をお願い致します。」



後藤は最後に深々と俺に頭を下げた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


5万9031円

 ↓

5万8221円


※蒲田駅から青砥駅への電車賃として810円を支払い。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「それでは筋が通らないでしょう。」



バンパー代を渡すのにすら、相当苦戦したのだ。

懇願し続けてようやく受け取って貰えた。

配当など許容してくれる筈もなかった。



「自分はどうでもええんです。

そんな事よりも約束はちゃんと守って貰いますよ。」



鋭い眼光で睨みつけられる。



『はい、後藤さんには絶対に迷惑が掛からないようにしますので。』





電車の中で、二人との遣り取りを振り返り続ける。

カネは無敵だと思っていたが、受け取って貰えないんじゃ単なる紙切れだよな。


カネの通用しない相手も存在する。

今まで知覚してなかっただけで、異世界にもカネで転ばない者は大勢いたのだろう。


…そういう人間の繊細さを理解しない限り、俺は地球で絶対に勝てない。


感動。


エモーショナルな部分で支持を得られなければ、世界は何も動かないだろう。



異世界で俺が高位に登ったのも、母娘の凶悪性が周囲を圧倒したからに他ならず、俺だけでは何も成し遂げられなかっただろう。


カネは道具。

カネはインフラ。

カネは武器。


極めて強力だが、それ単体では意味を成さない。

使う者や配る者のキャラクターや所作が意味をもたらすのだ。


地球に帰ってからの俺に投げ掛けられた言葉は、人殺し、大量殺人、サイコキラー。

正直釈然とはしないが、それが偽らざる周囲の俺への印象なのだ。


じゃあ、そんな俺がカネをバラ撒いたら?

良い意味には受け取って貰えないだろう。




…俺の場合はもっと緩いキャラ付けでふにゃふにゃと話を進めた方がいいのかなあ。

俺の攻撃的な人相で真面目な発言をしてもみんなに忌避されるだろうからな。

まかり間違っても後藤江本組みたいな恰好良さを模倣しようと思ってはならない。

ジュースでも配ってみるか。



とりあえず、少し緩い奴に会ってヒントを掴もう。

結局、キャラ付けが全てだからな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


5万8221円

 ↓

5万7241円


※青砥駅からみなとみらい駅への電車賃として980円を支払い。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




警察病院の受付で飯田清麿を呼び出して貰う。

運のよい事に、丁度残業が終わって退勤する寸前だったらしく、既に私服に着替えていた。



「え? 

遠市君?


嫌だなあ、パジャマなんて捨ててくれて良かったのに。

今、上司に報告して来るね。」



『それもあるんですけど。』



「ん?」



『いや、出世払いで100倍にするって言ったじゃないですか。

じゃ、約束の1万円。

あ、これお土産のシャンパンです。


それじゃ、色々とありがとうございました。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


5万7241円

 ↓

4万7241円



※飯田清麿に約束の1万円を支払い



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「え!?  ちょ!? え!?  ちょ!?

待って!  カノジ…  上司に怒られる!

ちょっと待って!!

いや待って下さい!!

少しだけ待って下さい!!」




30分後。

横浜市内(中区)の彼女さんのマンションに招かれる。

どうやら飯田と半同棲っぽい暮らし方をしているらしい。

新婚っぽい雰囲気に、俺も自分が大人になったような気がして少し嬉しくなる。




「私達もね、遠市さんの事はずっと心配していたんですよ。

あんな酷い目に遭ったのに、行政は冷たいですよねえ。

脚もお辛いようですし、もっとサポートしっかりしないと。


ね、キヨマロ君♪」




  「は、はい。

  本当ですよね、まったく。」




彼女さん…

言葉と表情は柔らかいが、目の奥が全然笑ってない。

鋭い眼光で舐め回すように俺の一挙一投足を観察している。




「遠市さん、何も持たない状況で運びこまれたんですよね?

家とかも解約されてたみたいで。


…おカネとかも全然持ってない状態で退院させられてしまったんですよね。」




『あ、はい。』




「本当はウチの飯田。

500万程用立てたいと思ってたんですよ♪


そうよね、キヨマロ君♪」




  「あ、はい! 本当はあの時500万を無担保でお貸しする所でした!」




「遠市さん。

何でも異世界へ行っておられたんですって?

大変だったでしょう。


でも安心して下さいね♪

(ガシッ!)

私達は遠市さんの味方ですから。

飯田も遠市さんを家族のように思っていたんですよ。


ねえ、キヨマロ君♪」




  「あ、はい! 遠市さんは血より濃い絆で結ばれた兄弟です!」





彼女さんの手はガッチリと俺の手首を掴んで離す気配はない。

この女、嗅覚で俺の価値を確信しているな。

そして… 奇貨を逃した飯田をかなり叱責した形跡が見られる。




…本音で言うね?

野球コンビよりコイツらの方が遥かにやり易い。

後藤も江本も潔癖な性格だった。

だが対照的に飯田カップルは極めて卑俗。

そもそも警察病院の勤務者でありながら、事もあろうか周囲に何の相談もせず俺を車で素早く連れ出してしまった。

明確な不正行為である。

俺を如何に独占・利用するかしか考えていないのだ。

やりやすい。




『私も生活が落ち着いたので

100倍キャンペーン終わっちゃいました。』




そう言った瞬間、恐ろしい形相で彼女さんが飯田を睨み付けた。

《だから言ったでしょ!》

という心の叫びが不思議と聞こえて来る。



『ですが…

今の私が居るのは全て飯田さんのおかげです。


いやあ。

不思議と飯田さんは他人の気がしないんです。

きっと兄が居たら、こういう感覚… なんですかねえ。』



彼女さんの表情が般若モードから菩薩モードに切り替わる。

《流石キヨマロ君♪ 信じてたからね♪》

という聞こえる筈もない心の声が聞こえる。




『1%で良ければ便宜を図りますよ。』



般若

 ↓

菩薩

 ↓

小面



「それは利息のお話?」



『まあ、そんな所です。』




彼女さんの目の奥の光が高速度で何色にも遷ろう。

間違いない、この女カネの話をする時は思考が高速化する人種!




「確かに1%は良心的ですねえ。

私が持ってる米1年債は5.3%ですけど。

うふふ。


それに私、株のセンスがないから年間7%以上で運用出来たことがないのよ?

下手でしょう?

おかしいわよねえ。


ねえ、キヨマロ君もそう思うでしょう♪」




  「イエ、ミゾウウノセカイテキカンセンショウデ

  キンネンハイールドカーブガフシゼンナ

  エガキカタヲツヅケテオリマス! 

  ソレガゲンインデス。」




「遠市さんの1%って魅力的な提案よ。

貴方って誠実で有能なお方だと心から思うの。


じゃあ、キヨマロ君。

遠市さんはそろそろお帰りみたいだから

駅まで送って差し上げて。」




  「あ、はい。」




「じゃあ遠市さん、これからの新生活大変でしょうけど頑張って下さいね。

心の底から応援していますからね♪」




『いやいや、誠実有能なんてとんでもないです。

彼女さんは私を買いかぶり過ぎですよ。

日利1%なんて低すぎて論外ですよね。


それじゃあ、彼女さんも投資頑張って下さい。

もう逢う事も無いでしょうけど、どうかお幸せに。』




「ちょっと待ったぁ!!!


日利? 日利?  にちり!?

にちりといった?  言ったよねぇ!?

私、聞いたからね!!」




  「え?」




「キヨマロ君、何してるの!?

遠市さんは今日泊って行かれるって、さっきも言ったでしょう!

あと、お客様が来たらすぐにコーヒーっていつも注意してるよねぇ!」




 「は、はい!」




「ブラックアイボリーをお出しして!!

砂糖は和三盆! 超濃縮フェアトレードジャージーも忘れちゃ駄目よ!」




 「は、はい!」




「あらあらぁ。

遠市さんごめんさないね♪


キヨマロ君ったら、こんな時間に車なんか出してどうするつもりだったでしょうね?

おかしいですよね、きゃはっ♪


さあさあさあ、お風呂沸かしますね。

ああ、大丈夫ですよ。

私が全部致しますので。


安心して下さい。

私、現役の看護師ですよ♪

それに、女の方が色々と都合がいいでしょう?

(ウインクパチッ♪)


後ね?

亡父の暮らしていた家が港北区にあるんです。

そんなに大きくはないんですけど、駅から近くてガレージも電動なんですよ。


結婚後に引っ越す事を見越してキヨマロ君に掃除をさせてたんですけど。

良かったですぅ♪


丁度、遠市さんみたいな方に住んで欲しいと思ってたんですよ。」





…怖っ。




『あの、俺も都内で色々と頻繁に用事があるので…

申し訳ありませんが…

横浜市に居住する予定は…』





結局、彼女さんは家中(飯田さんの財布も当然含まれる)を漁って741万円を取り出してきた。





『じゃあ、明日。

試しに1%+元本をお支払いします。

細かい話はその後にしましょうか?』




「はいっしゅ♪


全ては遠市さんの意のままに!

そうよね、キヨマロ君♪」




  「あ、はい。

  トイチ君、なんかごめんね。」




『あ、いえ。』





その夜、彼女さんの家で寝た。

彼女さんは滅茶苦茶エロい恰好で入口に仁王立ちしたまま、俺が逃亡しないように監視し続けていた。




一瞬の隙を突いて飯田さんが俺の耳元で囁く。



「ホント、ゴメン!」


「いえ、これも何かの縁じゃないですか。」



ニューヨーク市況をチェックし終わった彼女さんがスマホから目を戻したので、俺達は寝たふりを再開した。

【名前】


遠市厘




【職業】


無職




【称号】


サイコキラー




【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)


《LV》  3

《HP》  ?

《MP》  ?

《力》  女と小動物なら殴れる

《速度》 小走り不可

《器用》 使えない先輩

《魔力》 ?

《知性》 ?

《精神》 ?

《幸運》 ?


《経験》 30 (仮定)


※キョンの経験値を1と仮定

※ロードキルの有効性確認済




【スキル】


「複利」 


※日利3%


新札・新貨幣しか支払われない可能性高し、要検証。




【所持金】


4万7241円




【所持品】


ヒルダのワイシャツ。


エモやんシャツ

エモやんデニム

エモやんシューズ

エモやんリュック

エモやんアンダーシャツ 

エモやんパーカー 


寺之庄コインケース


シャンパン        (飯田に1本贈呈したので、残り1本)




【約束】


 古屋正興     「異世界に飛ばす」

◎飯田清麿     「100円を1万円にして返す。」

 後藤響      「今度居酒屋に付き合う(但しワリカン)」

 江本昴流     「後藤響を護る。」

 弓長真姫     「二度と女性を殴らない」

 寺之庄煕規    「今度都内でメシでも行く」

×森芙美香     「これから3人で暮ら(図々しい上に要求が膨大なので全拒絶)」


 ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹を喰わせてやる」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界編のリンが可哀想すぎて読むのが辛くなってきたから、帰還編をちょろっと読んでみたらまあ面白いこと。異世界編の続きも読まねば
[一言] こえー
[良い点] 彼女さん怖すぎ。 [気になる点] この作品には明確な悪人が出て来ていない様な気がする。強いて言えば主人公か。登場するならどんな役回りだろうな。 [一言] 有能で、目的の為に金を求めるような…
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