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【降臨3日目】 所持金2673円 「俺が誰だか分かって言ってるのか?」

日付が変わってもヒルダは首都高をグルグル回っている。

俺は車に疎いので聞いても全く分からなかったのだが、今乗せられているのはTOYOTAプリウスのZグレードという車種らしい。

この女のことだから恐らくは最上位車種なのだろう。



『生活、上手く行ってるんだな。』



車内を物珍しく見渡しながら、思わずそう呟く。



「おかげさまで。」




『ここまで来るまでに、苦労もあったんじゃないか?』




俺の何気ない質問にヒルダは不思議そうに振り返る。

そして確かにこう言った。





「基礎スペックが最強すぎて地球の奴らがまるで相手にならないんですが♪」





異世界人は全般的に地球人より高スペックだった。

まず体格からして2回りゴツイ。

また総じて彼らは美男美女であり、転移した俺達の扱いがどことなくぞんざいだったのも、ルッキズム的な蔑視が根底にあった気配がある。

何より、彼らは異常に理知的だった。

そこらの教育を受けていない職人や女中でも、妙に理路整然と話し、感情よりも理性を優先した立ち振る舞いをするのが一般的だった。

(経済的スキルしか持たない俺は、彼らの理性に庇護されていたと言っても過言ではない。)

そうかと思えば勝負所で命を惜しげなく賭けてくる。

今でも彼らに好感を持っている反面、明確な上位互換人種への恐怖は持っている。


そんな異世界人の中でもヒルダ・コリンズは明らかな上澄みだったので、地球人に対して鼻で笑う様な態度を取るのも仕方ないのかも知れない。




車内で、ヒルダは複数のSNSアカウントを見せてくれた。

その中には何故か俺名義のアカウントも存在し、失踪事件前から俺とヒルダはオンライン国際恋愛をしている事になっていた。


生成AI(?)によって生み出された動画には俺とヒルダが仲睦まじくオンライン通話をしている様子が捏造されていた。

その動画内ではヒルダの両親(AI生成)が俺達の婚約を正式に認め、早期の挙式を望んでいた。




『え!?  動画を作るスキル!?』




「スキル?

単なるディープフェイクですが。」




『え!?

ディ?  何?』




「リン。

今はもう令和ですよ?

意識をアップデートして行きましょう。」




どうやら俺が居ない間に、地球人類もその技術力を飛躍的に向上させたらしく、AIでイラストや文書を制作するノウハウが民間に無料開放されていた。




『え!?

いや! 

き、機械がそういうクリエイティブを人類から奪っているのか!?


え!? え!?

の、ノベルえーあい?』




「このリンのSNSアカウントのアイコン。

このイラストも私がAI生成したものです。」




『人のアイコンを勝手に作るんじゃなーい!!』




「顔の傷も足しておいた方が良かったですか?」




『いらんわ!!』




「兎に角、今は全分野にAIが浸透しております。

私がAIに執筆させた女性向けなろう小説の【正直婚活仲人】が月間ランキング11位を獲った事もありますし。」




『すげえな!』




「この数年は、地球情勢にとっても転換期だったようです。

早急に適応される事を推奨します。」




俺が唖然としていると、ヒルダは突然助手席の俺を抱き寄せてキスをした。

彼女はハンドルから完全に手を離していたが、その動作に一切の不安は感じなかった。




左右に流れるのは燦然と輝く東京の夜景。

それすら霞むほど、眼前の瞳は爛々と燃え盛っていた。


いつか見てみたかったレインボーブリッジをこんな形で渡る羽目になるとは流石に思いもよらなかった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





話は遡る。

勿論、昨夕にヒルダが出現した時に逃げようとはした。


ただ、俺が『この人は違います!』と叫ぼうとした瞬間。

神速で距離を詰めてきたヒルダに唇を奪われ、言葉を遮られた。




『グッ!?』




前々から思っていたが、破壊的な握力と絶対的な体幹。

コリンズ母娘の大胆なる行動の源泉、それがこの圧倒的フィジカル。

初夜からそうだったが、身動きが取れない!



助けを求めようと警官達を見るが…



何だオマエら、優しい笑顔で拍手するんじゃない!

そこのオマエ、感涙するんじゃねえ!




『(モガモガーーーー!!!??)』




手首を完全にロックされて、微動だに出来ない俺は味覚に違和感を感じる。

薬品臭!?


ま、まさか、この女!


唇に痺れ薬を塗っている!!


えっ!?


か、身体の力が抜ける。



げ、言語!

幸いここは警察病院だ!

何とか悲鳴を挙げて異変を伝えなけれ…


あ、あれ?

脱力が…   あ、これヤバいやつ…



「あらぁ、ダーリンったら♡

疲れが溜まってるのかしら。

あらあら、うふふ♪」




『パクパク! (お、おまわりさ… 助け…)』



  「おめでとう!」

  「おめでとさん!」

  「ヒュー、妬ましいね。」

  「おめでとうございます!」

  「お幸せに!」

  「おめでとう!」

  


ちょ! 警官が揃いも揃って…

こういう初歩的な異変を見逃すなよ…

節穴か!!!




「では神N川県警の皆様!

ダーリンを保護して頂いてありがとうございました!

私達、幸せになります!」



この言葉に警官達は満面の笑みで拍手喝采。



前にもこんな事があった気もするのだが。

ヒルダは俺を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこで車まで運んだ。


病室は3階だったが、段差の多い駐車場まで辿り着くまでの間、一切体幹がブレなかった事実に戦慄する。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




『う、う。  あ、ああ。』




「あらぁ、目が覚めましたか?」




『…く、薬が抜けてきただけだ。』




「薬?  何のことでしょう、クスリ♪」




『お、俺をどうするつもりだ。』




「知れた事を。


女はただ愛するのみ。」




…この女、マジでカッコいいな。




『そいつはどうも。』




「リンはこれからどうするのですか?」





『自由にするつもりだ。』





「あらあらあら〜


殿方の自由は女の涙。

でも女の涙では殿方の枷にすらなれない♪」




随分な上機嫌である。




『知らなかったのか?

女が泣くのを堪えていたら、男の足は結構止まるんだぜ?』




「それ、経験則ですか?」




一瞬、ヒルダの眼に殺気が灯る。

どうやらコレットを思い浮かべた事を見抜かれたらしい。




『ポール・ポールソンの受け売りさ。』




…スマン、ポール。

借り1な。

俺の安全の為にヒルダの矛先となってくれ。




『どこに向かってるんだ?』




「女の目的地は愛する男の元だけですよ♪」




小粋にウインクしてくる。

ああ、この女ってこういう一面あったよな。

娘の前じゃ自粛してたけど。




「三田です。」




『…みた?』




「港区に自宅マンションがあります。

田町駅と三田駅に直結しているので便利ですよ。

高速の出入り口からも近いですし。」




今のこの女がカネを持っている事は理解出来る。

俺は女のファッションに疎いのだが…

それでも、着ているスーツがハイブランドであること位は想像が付く。




「何も聞いて下さらないのですね。」




『何故カネを持っている?

…なんてアホらしい質問をするつもりはないよ。

ヒルダ・コリンズが本気を出せば、カネなんて幾らでも稼げるだろうから。』




「ふふふ、商売の話にはもう興味はありませんか?

それとも私に飽きてしまいました?」




『女に飽きてもヒルダだけには飽きないんじゃないか?』




「あらあら♪」




『女衒。』




「…。」




『…。』




「何故そう思ったのですか?」




『連邦の女達と話している時、ヒルダが結構活き活きと楽しそうにしていたから。

試したいビジネスモデルは温めていたんじゃないかな、と。』




「…お見事。


まあ、富裕層相手の婚活ビジネスを手掛けているだけですが。」




『同じなんだよ。』




「?」




『俺だって温めているアイデアは多い。


それを試す為にも、自由が欲しい。』




「…。」




『どうせすぐに不自由になる事は目に見えてるんだけどな。』




幸か不幸か、異世界では全てが上手く行き過ぎた。

(その功の何割かはコリンズ母娘に帰すのだが。)



その為、俺には失敗の経験値が足りていない。

地球では、力をもっと地道に積み上げていくつもりだ。


従って、ヒルダが持ちかけて来た財産の寄贈は謝絶しておく。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





俺は殆ど東京の地理を知らないのだが、それでも《ミタ》とか《タマチ》という地名が一等地である事は漠然と理解していたし、そこに建っているタワマンに住むことが、どれだけ困難かは知っていた。



『41階って凄いんだろ?

家賃幾ら位するの?』




「同じフロアの部屋が月々79万で募集しておりました。

私の法人は年間200万だけ支払っておりますが…

ここは南東角なので、本来もう少しするのではでないでしょうか?」




…改めてチートだな、コイツ。




『へえ。

前から思ってたけど。

ヒルダはグレードの高い物件似合うよ。

きっと女としてのランクが一番上だから、一等の物しか釣り合わないんだろうな。』




「…だから、こうして一等の男を迎えに来たのです。」




『俺にそこまでの価値はないよ。

単にカネを持っていただけ。』




「ふふっ。

男の価値を決めるのは女ですよ?」




『…確かに。

男が勝手に決める事じゃねーな。』




その晩は、ヒルダのタワマンに泊めて貰った。

5LDKに住んでいる癖に、一番小さい部屋しか使っていない辺りに、この女なりの哲学を感じる。




「寂しい女と思っているのでしょう?」




『胡桃亭の私室もこれくらいの広さだった。』




「もう忘れました。」




『また思い出す日も来るさ。』




挿絵(By みてみん)





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





オーラロード内において、興津達に執拗に纏わり付かれた俺は何とか彼らを蹴り飛ばして地球に帰還した。

(2名が爆散した瞬間を目視で確認しているので、その死に疑いはない。)

その所為で帰還が大幅に遅れた。



友人を蹴り続けた副産物として脚がかなり動くようになった。

これからの人生、脚を見る度に己が犯した興津達への仕打ちを思い出すのだろう。

遠市厘とは、こういう男なのだ。




どうやらオーラロード内では時間経過が恐ろしく早いらしい。

俺の地球帰還が西暦2023年であるにも関わらず、後発したヒルダ・コリンズは2022年初頭に地球に到着しているからだ。

(あくまで自己申告なので慎重に裏取りをしなければならないが。)




「途中で御学友と揉み合っているリンの姿が見えました。

助太刀に向かいたかったのですが、負傷していた事もあり…

力及ばずオーラロードに押し流されてしまいました。


いずれ辿り着くことは予想出来ておりましたので…

一日千秋の想いでリンを待っていたのです。」





俺の帰還から数か月。

残存艦隊を率いたヒルダは一撃離脱のゲリラ戦術で、執拗にコレット殺害を狙い続けた。

5度上陸戦を仕掛け、5敗した。

その間、出産した子はカイン・R・グランツに預けられた。


カズコ・R・グランツ。


生まれた子には地球女性風の名が与えられた。

問題は、彼女が…  いや、彼が男子であったことだ。

その存在をコレットが知れば、必ず殺害するだろう。

カインはコレットに比較的好感を持たれていたが、それでもグランツ家の族滅は避けられない。





ともあれ。

政戦両面でコレットに追い詰められたヒルダは母艦までも撃沈され、重傷を負いながらも短艇に避難。

最後の力を振り絞って深夜のオーラロードに突入した。

そして、執念で地球に辿り着いた、とのこと。




『…そうか。

犠牲が少ない事を祈るよ。』




寝物語にしてはヘビー過ぎる。

他に掛ける言葉もないので、無難なコメントに徹することにした。




『でもヒルダは凄いよ。

1年でここまで生活基盤を固めてしまったんだから。』




「4か月で天下を平定した方に言われても…」




『…だな。』




「地球は何か月で平定されるのですか?」




『そんなに簡単には行かないよ。

ただ、困っている皆にカネを配る段階までは手早く進めたいね。』





「それ、結果として平定と同義だと思いますよ?」




「異世界と地球じゃ文化も国民性も異なるからな。

そんなに上手くは進まないんじゃない?」




「当面はどうされますか?

リン用の資金は溜めておりますが。」




『え!?

俺用!?』




「当然です。

リンのスキルには原資が必要なのでしょう?


それが分かっておりましたから、キャッシュを確保しておきました。

日本円は最小限(最小限とは言っていない)しか手元に置いていないのですが

かなりの額の仮想通貨を保有しております。


早速、リンのウォレットを作りましょう。」




『ありがとう。


でも不要だ。』




「女にお膳立てされるのは不快ですか?」




『プロセスも含めて世論を納得させる勝ち方が必要だ。

皆を納得させる為にはな。


…というのは建前で、女に能力を見せたいだけなんだけどな。』




ようやく、ヒルダが本来の笑顔を見せた。

胡桃亭で2回ほど見せてくれた、意図が含まれない普通の笑顔だ。


何だかんだ言ってアウェイの緊張感って半端ないもんな。

お互い、少しはリラックス出来る日が来るといいな。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





目が覚めると昼過ぎだった。

ヒルダが起床タイミングを合わせたのは、彼女なりの俺への配慮かも知れなかった。




「おはようございます。」



『久しぶりに熟睡出来たよ。』



「宿屋冥利に尽きます。」




ヒルダはキッチンスペースに向かうと、胡桃亭の頃と同様に器用に料理を作り始めた。

2品、3品と手早く増やしていく。


テーブルも椅子もないリビング。

備え付けのカウンターに出された料理は…




『懐かしいな、王国料理だ。』




ビーフシチューっぽいリゾット。

王国の香辛料の代用だが、シナモン・ワサビ・山椒。


上手いな。

地球の食材を組み合わせて見事に王国風味を再現している。


パスタ的に食べるオニオンサラダ。

これも典型的な王国料理。

ラードで揚げるように包んでいる。




「本来であれば地球料理でリンを饗応すべきなのですが。」




『いや。

王国も俺にとっては大切な土地だ。

久々に本格的な王国料理を食べれて嬉しい。』




王都に居た頃から、胡桃亭の料理は評判が良かった。

庶民料理ではあるが王国文化の最後の正統である、と。

その正統も、絶えた。




17畳のキッチンリビングには何の家具も置かれて無かった。

『いつもどうやって食事しているのか?』

と尋ねると、コンロの付近に置かれている皿や調味料を指さされる。

どうやら肉や魚を適当に炙って腹を満たしていたらしい。




いや、リビングどころか布団が敷かれた小部屋以外には殆ど何も置かれていない。

俺が異世界にそこまで興味を持たなかったように、ヒルダ・コリンズも大して地球に関心がないのだろう。

あくまで彼女の主戦場は異世界、敵はコレット・コリンズただ1人。

この女にとって地球などは言葉の通り「まるで相手にならないんですが♪」程度の存在に過ぎない。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





腹ごしらえを終えた俺はゆっくりと立ち上がる。

一瞬だけ不安気な表情を浮かべたヒルダは、すぐにそれを押し殺した。




『ここを定宿にはしない。』




ハッキリとそう宣言しておく。




『連泊の予定もない。』




これは本来、異世界初日に伝えるべきだったこと。




「…。」




『また顔を出すよ。

客などではなく、1人の遠市厘として。』




複雑な表情で唇を噛むヒルダに

『宿代くらいはどこかで稼いで来ないとな。』

と冗談めかして言うと、ようやく諦めたように溜息を吐いてくれた。




悪いな。

幾らオマエとは言え、俺は1人に構う気はないんだよ。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





『ふーーん。

ここが港区って奴か。』




思わず声が漏れる。

カネの掛かった街である事は理解出来る。

一文無しである今の俺とは極めて相性が悪い。




本当に何もないもんなぁ。

そもそも101円しか持ってないし。

警官の説明によると父さんと住んでいた団地は規約で解約されたらしい。


歩けるようになったとは言え、当然長時間の歩行は不可能である。

連続歩行は3分が限界。

クュ医師からも「無理をしてはならない」と念を押されているので、少し進むたびにしゃがみこんで休息をとる。

電車賃もなく、物理的に港区から出ることさえ出来ない自分がおかしくなり、思わず肩を揺らして笑う。



実に気分がいい。



持たないと言えば。

着てる服もヒルダに貰ったワイシャツだけである。

しかも体格差の所為かブカブカで見れたものではない。

履いているのが警察病院で支給されたパジャマズボンというのも問題アリだ。


タワマンを出る時、ロビーで皆からジロジロ見られたからな。

そりゃあこんなマンション、経営層しか住んでないだろうから、さぞかし景観を汚してしまったことだろう。



最初は、垣間見える東京タワーを漠然と目指していたのだが、すぐに断念して田町駅付近を散策する。

その間、何故か笑いが止まらず、1人で下を向いて笑い続けた。




さて。

俺に親類縁者が居なければ、殺人でも何でもして元本を確保するのだが…

それではダンやらカズコに面目が立たない。


それに、折角ヒルダが才覚を披露してくれたのだ。

俺だってあの女から一笑を獲得してみたい。





『こんにちわーー。』





路肩に止まっていたUberEATSのお兄さんに声を掛ける。

俺の顔を見て驚いた彼は、首を竦めるとロードバイクで逃げ去ってしまう。


そうか。

俺は《脚萎え宿無し一文無し》に加えて、顔の大傷まであるのか。

ハンデ多いなw


必死に笑いを堪えようとするのだが、堪え切れない。

やばい、楽しい。




『こんにちわーーー。』




執拗にUberEATSの鞄を持った人間を狙い続ける。

俺の見立てでは、この港区で一番話を聞いてくれそうなのが彼らだった。

10人目に逃げられて、次を物色していると11人目は向こうから声を掛けてくれた。




「男をナンパする奴、初めて見たでーーww」




関西人だった。

陽気なスポーツマン風。

イケメン。

大学生だろうか、育ちはかなり良さそうである。

表情に隠せない万能感が滲み出ている。




『仕事を手伝ってくれる人を探してたんです。

皆さんに無視されちゃって、凹んでたんですよーw』



「ははは。

東京の人間は冷たいよなーw」




快活に笑っているが、目の奥だけは冷徹にこちらを観察している。

親愛に満ち溢れたジェスチャーを取るも、一定の間合いをさり気なくキープしている。


間違いない。

この男が一番冷たく、怖い。




「何の仕事?

手伝おうか?」




『商売の元手を集めたいんです。』




「はははw

それやったら、先に他人様の仕事を手伝わなアカンわw」




『即日で0.5%の金利を元本ごと支払えます。

なので、種銭を貸してくれる人を紹介して欲しいんです。


そういう事をお願い出来る人を探していたのですが…』




「オイオイw

俺が大金持ちやったら、配当だけで大金持ちになれるやんけw」




『持つ者だけがどんどん富んで行くのが資本主義ですから。』




「ははは、ホンマやな。


俺、5万しか持ってへんぞ?」




『あ、じゃあ5万250円ですね。』




「巧妙な詐欺を考えたな。

オレオレ詐欺の後釜になれるんちゃうか?」




『いや、話の引きが弱いですね。

東京の人は相手にしてくれないんじゃないですか?』




「大阪の居酒屋で開業したら人気者になれるでw」




『そうなんですか?』




「関西人は欲深い上にアホばっかりやからな。

簡単に引っ掛かるってww」




怖い怖い。

ちなみにオレオレ詐欺の成功率が一番低いのが大阪府だ。




「94万やったらナンボや?」




『は?』




「いや、金額。」




『元本+4700円ですね。』




「…それ、仕組み教えてや。」




『17時過ぎに配当を払いますので、それまでに預けてくれれば。』




「FX? 先物?」




『あ、いや。

俺はネット環境ないので。』




「スマホで先物やってるってこと?」




『いや、お恥ずかしながらスマホ持ってないんですよ。』




何が楽しいのか男はクスクス笑い始める。

好奇心が強い性質なのだろうか、目の輝きがどんどん増してくる。




「うーーん。

全額ブッパしてみたいw

これが詐欺やったら親父にしばき回されるな。

君に逃げられたら人生終了やw」




『ああ、別に軟禁して貰ってもいいですよ?

手錠とかロープとか。』




「男相手にそんなんする趣味ないわーーーw

ってカノジョもおらんけどなw」




『お兄さんカッコいいんだから彼女さんいるのかと思いました。』




嘘じゃない。

先日会った飯田清麿よりも、この男の方が僅かに目鼻が整っており、体格が一回り良い。

同年代の中でも上位1割に入る素材なのではないだろうか?




「はははw

流石に本職の詐欺師はおだてるの巧いなーw


地元おった頃は結構モテてたんやけどな。

…東京の子とは価値観合わんわ。


この辺なんか最悪やで。」




『え?

そうなんですか?』




「ほら、港区女子って言うやん?

中身は埼玉やら茨城やけどな。

この辺なんかマジで乞食売春婦の巣窟やで。」




『ああ、何かニュースで見た事あります。』





しばらく男から港区女子の実態をアレコレ教えて貰う。

妙に雑談が巧みなので

『貴方こそ詐欺師になったら大成するのでは?』

と問う。




「アホw 俺なんか大阪じゃ雑魚もええとこやw」




言いながらも目の奥では冷徹な計算が見えたので、詐欺業を開業する時はこの男を誘う事に決める。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




とうとう男は大田区のアパートに誘ってくれる。



「もう家に来てくれや。

ATMも近いねん。

狭いし臭いけど、ジュース位出すで?」



ジュースには尊い思い出があったので、嬉しい気分になった。



『あ、俺。

電車賃持ってないんですよ。』




「はあ!

詐欺するんやったら見せ金くらい持っとかなアカンで!

服もなんか乞食みたいな恰好やし。」




『行き倒れて警察病院に収容されてたんですよ。

このパジャマ、返した方がいいですかね?』




「いや、そらあ。

警察のモンを泥棒するのは大胆過ぎるやろ。

洗濯して返さなアカンのちゃうか?」




『いやあ、仰る通りです。

折を見て謝りに行きますよ。』




「君、詐欺師の才能ないで〜。」




『ですねー。

俺、昔から話が単調で…

面と向かって《つまらない》って言われたことが何度かあって

結構トラウマなんですよ。』




「いや、君はオモロイ。

嘘が苦手な上に嫌いなだけや。」





そう言って男はコンビニに入り、缶コーヒーをくれた。




『あ、貰っちゃっていいんですか?』




「おうコーヒーくらい飲ませたる。」




『じゃあお兄さんが砂漠で死に掛けてる時に水で返します。』




「おう、鳥取行く時頼むわw」




そう言いながら男は封筒を渡してきた。




『?』




「いや、不思議そうな顔するなやw

さっき約束したやんけw」




『ああ、おカネ。』




「スマンな。

コンビニは50万が限度額やったわ。

で、手持ちが5万。」




『…貴方、正気ですか?』




「こっちのセリフやww

言っとくけど俺、内心ビビり倒してるからな?」




男は震えるジェスチャーをするが、目は完全に笑っていた。

偉材は、どこにでもいるものだ。





『あ、じゃあ人目の付かない所に行きましょうか。』




「オイオイ、いきなりボコるとかやめてやーw」




勿論、不可能である。

この男とはスペック差(当然俺が下)があり過ぎて、喧嘩が成立しないだろう。

そもそも殴りかかった所で手が届くかすらも怪しい。




『時間もないので、ここで我慢して下さい。』




「いや、ちょ。

君、ここ多目的トイレやん…


え?

俺、そんな趣味ないで?


ホモレイプとかやめてな?

これ以上親が泣いたら可哀想やから。」





最初、口の減らない男だと思っていたが…

観察すればするほど、言葉の1つ1つに明確な意図や意味があることに気付いた。

断じて口数が多い訳ではない。

伝達すべき事柄を全て誠実に伝えて来ているのだ。


その旨について感謝を述べると、男は腹を抱えて笑った。

俺が足をさすっていた所為か、多目的トイレでは便座を譲ってくれた。

彼は鏡の前でスマホをチェックしている。





『では55万円を正式にお預かります。』




「おう、貸した。

俺、甲子園行った時より緊張しとるで?」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


101円

 ↓

55万0101円



※男から55万を借入。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




17時になるまで、男はずっと「緊張するわー。」とか「怖いわー。」とか連呼していたが…

要するに俺に必要以上の緊張を与えないように配慮してくれているのだ。


こういう所、地道に学んで行かなくちゃな。

等と考えていると…




《5502円の配当が支払われました。》




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【所持金】


55万0101円

 ↓

55万5603円


※配当5502円を取得



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




『お待たせしました。』




「ん?」




男がスマホから顔を上げる。




『いや、配当の約束をしたじゃないですか。』




「え?」




『元本と共にお支払いしますので、ちゃんと確認して下さいね。

まずこちらが55万です。』




「え? え? え?」




『そして0.5%の2750円です。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


55万5603円

 ↓

2853円


※男に元本+配当として55万2750円を支払い



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「え? え? ちょ? いやっ!?」




『本日はありがとうございました。

貴方が話しかけてくれて、最高の1日になりました。』




「ちょっと待たんかーーーい!」




『ん?

貨幣に汚れがありましたか?』




「え、ちょ!?  え、ちょ!?」




『あの、もう出ますよ?

トイレを我々だけで独占するのは良くないですし。』




「あ、いや!

それは勿論そうやけど。」




俺はトイレを出ると、男に礼を述べて立ち去ろうとした。




「ちょ!  ちょっと待って下さいよーー!!」




『あ、はい。』




「あの…

俺、まだ頭が混乱してて…


この詐欺って、どういうスキームなん?

え?

どこかにカネをあらかじめ隠し持ってた?」




『さっきボディチェックしたじゃないですか。』




「いや、まあそうやけど。


あ、でも!

ケツの穴までは確かめてへんで!」




『じゃあ、臭いをかぐとか…』




「…実はさっき匂ってみた。」




『あ、そうなんですね。』




「いや!

君を疑う訳やないねんけど!


新札と新品の硬貨ばっかりやったから…

ちょっと不安になって。」




さっき出現したのは1000札が5枚。

幸いな事に製造番号は全て異なっていた。

問題は湧いた紙幣と貨幣が完全な新品だったこと。

もしもこの先、新札でしか配当を受け取れないとしたら怖い。


新札は目立つ。


早めに対策を講じなければ。

また製造番号についてもだ。





「あの、聞いてる?」




『ああ、失礼。

上の空なりに聞いてますよ。』





「それって聞いてへんってことやんかーいw



…ひょっとして君、俺のパニックをほぐしてくれた?」





『まあ、お客様ですから。

それくらいの配慮は心掛けようかな、と。』




「後藤や。

後藤響。

女みたいな名前やけど男やで?

ワンチャン狙わんとってな?」




『…ああ、お名前ですね。


失礼しました。

私は遠市厘と申します。』




「トイチ…  リン…

トイチ君かあ。」




『じゃ、本日はこれで。』




その後、居酒屋に付き合う事を懇願されたのだが、カネが無いので謝絶。




『申し訳ないのですが、寝床を探さなければならないので。』




「じゃあウチ来てえな。


いや、性的な意味ではないで?」




『あ、じゃあ。

知人に一言断っておきます。』




ヒルダのタワマンに戻ってインターホンを押す。




「リン!?

どこへ行っていたのですか!」




『仕事だよ。

男なんだから当然だろ。』




「そ、それはそうですが。」




『ほら、見てくれ?

ちゃんと2853円あるだろ?』




「あ、いえ…」




『俺も全くのボンクラでは無いってことさ。

じゃ、今夜は大田区まで移動してみる。』




「待って下さい!!

そんな所持金で…  何をしようと言うのですか!

ここは東京なんですよ!」




『なあヒルダ。


オマエ、俺が誰だか分かって言ってるのか?』




「…申し訳ありません。

失言でした。」




『余裕出来たらお土産買ってやるよ。

何かこっちで好物は出来たか?』




「いえ、あまり口に合うものも無いのですが…

イモヨーカン? あれは美味でした。」




『へえ、良かったじゃん。

じゃあ、次に来る時持って来てやるよ。』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「…。」




『あ、後藤さん。

お待たせしました。』




「…。」




『いやあ助かりましたよ。

寝床の確保に頭を抱えてたんです。

知り合いも全然いないし。


いやあ、貴方と出逢えて本当に良かった。』




「…。」




『後藤さん?』





「女とタワマンあるやないかーーーい!!!」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【所持金】


2853円

 ↓

2673円


※田町駅から蒲田駅への電車賃として180円を支払い。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





帰りに後藤が奢ってくれたタンメンは中々のものだった。

【名前】


遠市厘



【職業】


無職



【ステータス】 (地球上にステータス閲覧手段無し)


《LV》 ?

《HP》 ?

《MP》 ?

《力》  ?

《速度》 小走り不可

《器用》 ?

《魔力》 ?

《知性》 ?

《精神》 ?

《幸運》 ?


《経験》 ?




【スキル】


「複利」 


※日利1%


新札・新貨幣しか支払われない可能性高し、要検証。




【所持金】


2673円




【所持品】


ヒルダのワイシャツ。

警察病院パジャマ   (本来貸与品なので返却義務あり)





【約束】


飯田清麿     「100円を1万円にして返す。」

後藤響      「今度居酒屋に付き合う(但しワリカン)」

ヒルダ・コリンズ 「芋羊羹を喰わせてやる」

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― 新着の感想 ―
カインが族滅ピンチなのは鬱
[一言] ヒルダまけ胡散臭いなー はじめからリン追うために子供生むまで三味線ひいて、負けてオーラロードに飛び込むつもりだったんじゃね?とか深読みしてしまう。
[良い点] 後藤さんの突っ込み [気になる点] カズコ・R・グランツは早産だったのか
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