【降臨2日目】 所持金101円 「もはや我が覇道に一片の障害も存在せぬ!!!」
【本日の前口上】
やあ、みんな。
俺の名前は遠市厘。
ごくごく普通の高校生さ。
ひょんなことから異世界転移した俺は【必殺カネ配り】を駆使して4か月で異世界を統一。
王座を息子に譲って地球に帰って来た。
喜べみんな!
1人10億円ずつ支給してやるからな!
結局。
昨日はあれから、緊急搬送先の病院から警察病院に移された。
ヒアリングと警官達は言っていたが…
まあ取り調べだな。
様々な部署の警官から事情聴取を受ける。
4人目と話している時に、フレンドリーな警官と威圧的な警官を交互に繰り出している事に気付いた。
なるほど、彼らも馬鹿ではない。
俺がショックを受けたのは…
異世界では4か月のみの滞在だったにも関わらず、地球では3年の歳月が流れていたことだ。
17歳の俺は戸籍上20歳になっていた。
十代後半という、一番多感な時期が文字通り喪失していたのだ。
異世界と地球では時間の流れが異なるのだろうか?
それともオーラロードで興津達に手間取ったのが災いしたのだろうか?
今となっては確かめる術も無い。
いずれにせよ。
俺は成人していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日付が変わって7人目。
この物静かな男だけが所属部署を名乗らなかったので、外事担当と見当を付ける。
男はまずDNA鑑定への同意を求めてきた。
「君が遠市厘君であると証明出来るものがないからね。」
明らかに俺が本物の遠市であると確信しながら言っている。
彼が見たがっていたのは、俺の反応。
警察機構を含む公的機関や日本国に対するスタンスを冷徹に観察していた。
「君、凄いね。」
『は?』
「いや、理想的な受け答えなんだよ。
お巡りさんが好む、従順で理知的な若者像。」
『あ、いや、どうも。』
「…怖いなぁ。」
本当に官憲がこちらを恐れている場合は、組織防衛の為に組織を裏切って来る。
(聞いてもいない組織内情をペラペラ話したり、個人的に誓紙を提出してきたり)
当然、その兆候は見当たらないので、現時点の俺はまだ恐怖に値しない存在なのだろう。
『…不快にさせてしまったのなら謝罪します。』
「…君、軍隊とか官僚組織で訓練を受けた経験は?」
『ありません。』
「ふむ。 嘘は吐いていない」
男は無言で俺を観察し続ける。
『いやあ、緊張しますねえ。』
「ははは、御冗談を。
それはこっちのセリフだよ。」
『は?』
「自覚無いの?
君、6人の警察職員の尋問を軽々と受け流していたんだよ。
明らかにあしらっていたよね?」
…なるほど。
そこを観察するのか。
『申し訳ありません。
私は生来感情が薄い方で。
皆様に失礼な対応をしてしまっていたかも知れません。』
「薄い?
それはないなあ。
君、随分な激情型でしょ?
中学の卒業文集読んだよ。
かなりの名文だったね。
《勤労に正当な対価が支払われる社会構造を作りたい》
素晴らしい。
が、私が担任教師ならもっと穏当な文章に差し替えさせたね。
だって、そうだろう?
文集なんて何か事件があった時には、絶対にプロファイリング材料にされちゃうんだから。
裁判官の心証にも結構影響するんだ、これが。
陽明学にハマってた時期があるね?
歴史小説の影響かな?
普通男の子は織田信長とか新選組から入るんだけどね?
君は珍しいんだ。
田中正造から入って深堀している。
そして早い時期に小説を脱却して評論や解説に移行している。
一般的に田中に傾倒する人間は、キリスト教か社会主義に分岐していくんだけどね?
君は陽明学徒的な実践主義に進んだ。
例の学年主任、告発したのは多分君でしょ?
2か月で免職まで持って行った手腕はかなり鮮やかだったよ。
今時、あんな露骨なセクハラが看過されていた事が異常なんだけどさ。
君は中学卒業時にも似たようなことしてるよね?
市会議員を1人落とすって、口で言うのは簡単だけど滅茶苦茶難しいことだからね。
15でそれを成し遂げた君は別格だよ。
君は典型的な正義を自己に優先させるタイプ。
偉人に多いパターンだ。
勿論、時々の政府とは対立する運命にはあるが。」
『セクハラ告発も含めて、仰ることが理解出来ません。』
「そう?
身に覚えはなくても、話は理解出来る筈だが?
遠市君の知的レベルは明らかに高い。
少なくとも、中学・高校時代に図書室で読んでいた書籍は上澄みのものだよ?
社会学部や政治学部の学生がレポートの為に嫌々借りる類のラインナップだった。」
『背伸びしていただけですよ。
知的な男に見えれば少しはモテるかな、と。』
「…上手いねぇ。
君、優秀だよ。
ウチの局、受けるなら推薦状書くよ。」
『申し訳ありませんが、貴方の所属部署を存じ上げません。』
「ふふふ。
想像が付いている癖に。」
『まあ、防諜とか…
背乗り対策とか…
そういう文脈ですよね。』
「素晴らしい。
じゃあ、素晴らしいついでに…
この場合に掛かる容疑を推定してみてくれないか?」
『私が反国家的な組織のメンバーか何かで、クラスメートの集団誘拐の手引きをした。
若しくは旧共産圏の人間で遠市厘と入れ替わった。
そこら辺ですかね。』
「そうだね。
疑われても仕方ないよね?
工作員とかをチェックする部署が国家機構に無い訳がないよね?」
『ええ、それに私は。
この顔の傷もありますし。』
「杉内警部もかなり厳しく追及しておられたが…
普通に生活していて、その傷はつかないもんなぁ。」
『杉内さんに会う機会があれば伝えておいて下さい。
貴方を侮辱する意図は無かった、と。』
「…ふふふ。
約束しよう。
寧ろ、気にすべきは脚だと思うんだがね。
君、半年以内に重大な事故に遭ったね?
その後、かなり真面目にリハビリ行為を行っている。
一般的なリハビリとは異なる位置に筋肉が付いている。
…つまり、我が国以外の場所でリハビリを受けた可能性が高い。」
…いやあ、公的機関舐めてたわ。
初手でここまで精度の高い官憲に出逢うんだからな。
『…疑われてしまうのは仕方ないです。
何せ状況が怪し過ぎますからね。
なので、一応私の口から…
《私はこの地球上に存在する如何なる外国勢力とも接触・結託しておりません。》
と宣言しておきます。』
「ははは。
この地球上で、ときたか。
…じゃあまるで、噂通り異世界とは接触したみたいじゃないか。
お、初めて動揺してくれたね。」
『勘弁して下さいよ。
私だって、まさか真面目そうなお巡りさん達から
《異世界》について取り調べを受けるなんて思ってもいませんでしたよ。』
「仕事だから、一応確認しておくね?
遠市厘君。
君、異世界に行ったでしょう?」
『いいえ、そのような事実は一切御座いません。』
「ふふふ。
君、私の上司とチェンジしてみない?
国会答弁とかグダグダでさ。
部署全員が迷惑してるんだ。
どうせなら、君みたいに優秀な人間の下で働きたいなあ。」
…コイツ、マジで揺さぶりが上手いな。
日本の捜査レベルが俺の想定以上に高い?
それとも事件がそれだけ重要視されている?
どっちだ? いや、どっちもか?
「一つだけ確信した。
君は多くの官僚や軍人と接触した経験がある。
それもかなり高位の相手と公私を交えて接触し…
官僚組織についてメタ的にレクチャーを受けている。」
『今のところ、貴方以上の方とは話したことがありません。』
「…あまり大人を馬鹿にしてはいけないよ。」
そりゃあ、そうだ。
眼前のこの男、課長クラスの決裁権すら持たされていない。
それを見透かしている事を見透かされた、か。
『…。』
「失礼。
今のは適切ではない態度だったね。
謝罪する。」
男は深々と頭を下げる。
完全に俺に後頭部を見せてはいるが、目は切っていない。
死角の延長上から俺を真っすぐ見据えている。
寧ろ、互いの視界が外れた瞬間の気配を探られている。
「いやあ、完敗だよ。」
頭を下げた態勢で男は確かにそう言った。
「君を工作員と表現した事を謝罪する。」
『…。』
「断定しよう。
君は工作員ではない。」
男が満面の笑みで顔を上げる。
「一個の志士だ。」
『またまた。
買い被りを。』
「長い目で見たら、国家や社会、或いは世界を救済するタイプだよ。」
『…短い目で見た時に、皆様の手を煩わせないように留意します。』
男はしばらくの間、声を立てずに片手で顔を覆って笑い続けていた。
…ミスった。
多分、選択肢全部間違えたな。
俺はとことん未熟だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼前に男が戻って来て機嫌良さげに宣言する。
「喜んでくれていい。
君は収監も収容もされない。」
『…じゃあ監視される事が正式決定した訳ですね。』
「その点も安心して欲しい。
監視は私の裁量に一任された。
実質的な自由だ。
フリーハンド、おめでとう。
このケースじゃ中々ないことだよ?」
…それ、オマエが見張り担当になっただけだろ。
『…。』
「おやおや、あまり喜んで貰えないようだね。」
『そもそも私は貴方の氏名も所属も聞かされておりませんから。』
「だって、君レベルの逸材なら部署名から対策出来ちゃうでしょ?
さっきも外の連中が私に敬礼する動作を横目でこっそり観察していたし…
君なら、私の苗字から身元を調べ上げるくらいはするんだよ。
それが怖いからこちらとしても名乗るに名乗れなかった。」
『そんな失礼なこと、出来る訳ないです。』
「私が小比類巻を名乗ったら、どこから調査に着手する?」
『そりゃあ、青森の進学校を調べますよ。』
「私が煙草屋姓だったら?」
『福井県の電話帳に目を通すでしょうね。』
「怖い怖い怖い。
そんな君にヒントを与えれる訳がないじゃないか。」
『…これくらいの知恵は意外に誰にでも備わってますから。
次からは他の容疑者にも、それ位の緊張感を持って接して下さい。』
そこまで言って、ようやく男が破顔した。
取り調べが終わったのではない。
本格的に始まったのだ。
「まあ、ちょくちょく様子を伺わせて貰うよ。
ああ、誤解しないで。
別に監視とか、そういうニュアンスではないから。
友人として、友人としての気遣いさ。」
『…年長の友人には千金の価値があります。
どれだけ望んでも、極めて得難いものですから。』
「年少の友人には万金の価値がある。
どれだけ想ったところで、ほぼほぼ信じて貰えないのだから。」
『…。』
「海外への出国にも制限は掛からない。
但し、渡航の際は必ずパスポートを用いた正規窓口を経由すること。
わかるね?」
それだけ告げると男は音も立てずに部屋から去った。
厳重に調べたが彼の頭髪の一本も採取出来なかった。
ここまでDNA鑑定対策を行っているということは、俺のそれもちゃんと調べてくれる事を意味する。
若しくはあの男自体が、それこそどこかの潜入工作員か。
…両方の可能性を加味して動かなければな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最後に年配の警官がやって来る。
古屋警部補という県警本部に所属している刑事である。
かなり厳つい雰囲気だったので、威圧的な取り調べを警戒したのだが、どうやら事務連絡らしい。
『承知しました。
それでは何かを思い出した時は、こちらの名刺に連絡させて頂きます。
窓口の方に古屋さんの名を伝えればよいのですね?』
「ああ。
用件を尋ねられたら、情報提供とだけ伝えてくれれば構わない。」
その後、失踪者の生活再建に関するパンフレットを数枚渡される。
生活保護とか就労支援とか、そういう類のもの。
一通りの話が終わったのだが、警部補は無表情で俺の前に腰掛け続けている。
『…あの、他にも何か。』
「…い、異世界のことなんだけど。」
…オマエモカ。
『はい。』
「遠市君、異世界に行ったりしていないよね?」
この遣り取り何度目だ?
警察機構では旧共産圏をそう呼称しているのだろうか。
『いえ、私はずっと地球におりました。』
「…わ、我々は天文学とかそういう知識は疎いのだけれど。
嘘を判別するプロだから…」
古屋警部補は言いにくそうな表情でこちらをチラチラ盗み見て来る。
「遠市君の殆どの証言は真実と断定して差し支えないのだけど…
《異世界に行ってない》
との証言だけは… 嘘なんだ。
それも度胸の有る知能犯が吐く種類の虚偽供述。
あ!
別に君を嘘つき呼ばわりするつもりはないから!」
『…状況が状況ですので、警察の皆様からどんな嫌疑を受けても仕方ないと考えております。』
「ほら、そういうところ!」
『は?』
「対応が老成し過ぎてる!
還暦過ぎてる経営者層でもそういう理性的な返しは中々出来ないよ!
知能犯すぎる!
そこら辺が怪しい!」
『いや、そうは仰られましても。』
「い、異世界…」
コイツら本当にしつこいな。
外患誘致とか背乗りとか、もっと危惧すべきケースがあるだろうが。
「…き、君。
なろう小説とか、読む?」
『は?』
まさか警官の口から《なろう小説》なんて単語が出て来るなんて想定外だったので、不覚にも動揺してしまう。
『あ、いや。
クラスメートに教えて貰って。
何作か拝見させて貰いました。』
「おお!
やっぱり君の世代の人なら読むよね!
ど、どんなのが面白いと思った?」
何だ?
最近は警察もそういうプロファイリングを導入したのか?
何て答えるのが正解?
どんな答えに誘導させたがっている…
はっ!
《クラス転移》
に話題を繋げたいのか。
まずいな、俺は図書館でクラス転移モノを何冊か借りた事がある。
主人公と年齢・立場が近いせいか読み易かったからだ。
そして、その程度のことは捜査機関が本気で調べればすぐに判明することだ。
いや、もう把握した上で尋ねているのかも知れない。
ここで《クラス転移》を挙げなければ、不信感を抱かれる?
何か無難なエロ系でも挙げるか…
いや無理だな。
エロ系は殆ど冒頭で断念したから、万が一話を掘り下げられた時に虚偽供述と認識されてしまう可能性がある。
『え?
あ、いや。
チートバトル系は格好いいと思います。
ほら、俺ってヒョロイじゃないですか?
やっぱり強さに憧れるっていうか。』
「…。」
古屋警部補は恐ろしい表情で俺の回答に聞き入っている。
…な、なんだ。
答えを間違えたのか。
「君に、1つ伝えておきたい事がある。」
『は、はい!』
「私もなろう小説は読む。」
『え? ええ!?』
「意外かね?」
『あ、いや。
…はい、古屋警部補のような方は
ああいうの寧ろ嫌っている印象がありました。』
「どうしてそう思う?」
『あ、いえ。
言いにくい事なんですが、なろうって弱者向けコンテンツじゃないですか?
モテない若造とか、モテないおっさん、それもカースト低めのボンクラを対象にしてますよね?
古屋さんは部下の方も従えられておられますし、体格も良くて…
柔道か何かをされておられたのですよね?』
「…大学時代は全国大会で優勝した事もある。」
『おお!
いや、そんな凄い人はなろうなんて読まないんじゃないですか?』
「…百聞は一見に如かず、だ。
これを見たまえ。」
古屋警部補は無造作にスマホ画面を俺に見せつけてくる。
『え、ちょ!?
何ですかコレ、キモッ!』
画面には無限に異世界ラノベ・異世界漫画のタイトルが並んでいた。
どこまでスクロールしても永遠に終わらない。
何が気持ち悪いかって、タイトルの殆どに「おっさん」とか「中年」とかいう文字列が挿入されている。
「すまないな。
気持ち悪いだろう。」
『あ、いえ。
き、気持ち悪くは… ははっ。 ないんじゃないですかね?』
「若い人は結構誤解しているようなのだが…
なろうコンテンツの主要購買層は40代以上だ。」
『え!?
あれって10代20代のものでしょ!?』
「だが実際にカネを落とすのは私のような中年男性だ。
だってそうだろう?
10代の若者と管理職に就いている公務員では可処分所得が懸絶している。」
あ、それポールも言ってた。
あのオッサン、いい歳して幼稚な絵巻物をアホほどコレクションしてたからな。
『な、なるほど。』
「私は…
日頃から異世界のことばかり考えている。
嘘だと思うなら検索履歴をチェックしてくれても構わないよ?」
『いや、流石に警察官の個人情報を覗くのは問題があるでしょ。』
「仕事中も…
事情聴取とか現場検証のスキを見て、こっそり異世界漫画を読んだりしている。」
『いや! 勤務時間中はやめましょうよ!!』
「ふふっ、面目次第もない。」
『…。』
「さて、ここからは忌憚なく話そう。」
『…はい。』
突如、古屋警部補が立ち上がる。
驚愕のあまり思わず悲鳴が漏れる。
巨漢なので威圧感がハンパない!
そして、彼がとったアクションは…
『え? ちょ、困りますよ。
何やってるんですか!』
意外、それは土下座。
「警察職員ではなく!
1人の人間・古屋正興としてお願いがあります!」
『え? え? お、お願い?』
「も、もしも異世界に行く方法を御存知でしたら
御教示頂けませんでしょうか!!」
…え?
この人、何言ってるの?
脳味噌追放済か?
『あ、いや。
頭を上げて下さい。
困りますよ、本当に。』
流石だな。
この男、俺の受け答えから異世界の実在を確信した。
そりゃあ本職の刑事さんだもんなぁ。
俺みたいな小僧の嘘なんて簡単に見抜けるだろうなあ。
恐ろしいのはここからで。
自らの確信を躊躇いなく行動に反映させてきた。
それも非常にリスクが高い行動だ。
俺の口が軽かった場合、この男が相当の苦境に立たされるのは明白なのだから。
「遠市さん!
お願いします!
謝礼は私の銀行口座から引き出す現金全額。
銀行アプリのみの表示で恐縮なのですが、現在2000万円弱があります。」
『いやいやいや!
そんなおカネ受け取れる訳ないでしょ!
大体、貴方仕事はどうするんですか!』
「…そもそも、私は警察が嫌いなので。」
あ、コイツぶっちゃけやがった。
公務員は口が裂けてもそういう事言っちゃ駄目だろ。
『いやいや!!
その発言はマズいですよ!
聞かなかった事にしますから。
本日はもうお引き取り下さい!』
「…柔道の師に無理矢理警察官登用試験を受験させられまして。
いや、そもそも私柔道が嫌いなんですけどね。
幼少の頃から体格がよく、それだけの理由で父に無理矢理習わされていたのです。」
『な、なるほど。』
そりゃあこのガタイだもんな。
しかも完全な柔道体型。
そりゃあ、柔道なり警官なり… 周囲は勧めるだろう。
俺が古屋警部補の担任教師だったとしても、やはりそういう進路を提示すると思うしな。
「不本意な人生なんです!
毎晩後悔で悔し泣きしております!!」
『あ、いえ。
何と申しましょうか。』
「私ももっとチー牛とか陰キャとか!
そっち寄りの人種に生まれたかった!」
『あー、いや。
流石にそれは止めた方が良いかと。』
古屋警部補は両目から大粒の涙を流し、苦悶の表情を浮かべている。
「遠市さん!」
『は、はい。』
「貴方が異世界帰りであるという確信は誰にも伝えません!
仮に部下がそういう提言をしたとしても、持ち前のパワハラ力で捻り潰します!」
この人のガタイでパワハラとか犯罪やろ…
「もしも!
もしも異世界に行くべき方法を御存知でしたら!
いや、誰かを異世界に連れて行ける機会が生じましたら!!
私を連れて行って下さあああああいい!!!!!!
お願いします!!!
お願いします!!!
オナシャぁっ――――ッス!!!!!!!」
…現代社会が生み出した哀しきモンスターよ。
このオッサンを笑うつもりはない。
それだけ公務員の労働環境はキツいのだろう。
まあ、カネに余裕が出来たら改善を試みてやろう。
『古屋警部補の仰る事は意味がわからないのですが…
もし仮にそういう状況が発生したら、第一報を貴方に入れる事を約束します。
それで良いですか?』
「ありがとうございます!!!
ありがとうございます!!!
ありがとうございまぁあああああす!!!」
恐ろしいのは、この男が物の見事に正答を引き続けている点である。
しかも大学柔道の優勝経験者。
オーラロードを渡り切るだけのパワーとタフネスを備えている可能性も高い。
…誰か向こうに放り込まなければならない状況に陥ったら。
お望み通りこの男を第一候補にするか。
そんな思考を読み取ったのか、古屋警部補が満面の笑みで
「精進しまーーーーーす!!!」
と絶叫した。
…体育会系のノリって本当に疲れるわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大胆にも古屋警部補は俺にカネを渡そうと試みてきたが、全力で謝絶した。
万が一金銭の授受が発覚すれば、大きな問題に発展する事は明白だし
何よりこのキモい狂人(しかもガタイが良い)には絶対に借りを作りたくなかった。
それにしても、50過ぎたオッサンが妻子捨てて異世界とか頭がおかしいんじゃないのか?
警察業務の話を振ってもキョトンとした表情をしていたので、引継ぎもせずに異世界に飛ぶ気満々らしかった。
こんなキチガイが、さも厳格なお巡りさんみたいな顔で日々公務に携わってるのだから、マジで怖いよな。
日常に潜む狂気とはよく言ったものである。
「あ、そうそう。
言い忘れておりましたが、身元引受人が到着次第。
遠市さんの退院が許可されます。」
『え? 身元?』
ん?
身元引受人?
俺に縁者は残ってない筈だが。
いや、そういう大事な話を忘れるなよ。
「いえ、本部の人間が《女性が来る》と申してましたが?
えっと、確かお母様でしたか。」
…ああ、あの女か。
そうか、このケースだとあの女に連絡が行ってしまうか。
青木明菜。
俺と父さんを捨てた女だ。
クッソ!
生まれだけは本当に選べないよな。
うーん。
あんな女の顔は絶対に見たくないのだが…
辛い。
「…お嫌なのですか?」
『父と離婚して出て行った女ですよ。
当時の私、小学生だったので。
結構トラウマになりました。
気が重いです。』
「本部の連中が美人だって騒いでましたよ。」
美人?
そうだろうか?
化粧は濃いと子供心に思っていたが。
『…。』
「お気持ちはお察しします。
ですが、捜索願も熱心に出されていたようですし。
連絡が付くと同時にこちらに向かってくれたそうです。
私も息子が2人居るので何となくわかるのですが
これが親心… なのではないでしょうか?」
その息子を捨てて異世界に行こうとしている奴に言われても逆に不信感湧くぞ。
…いや、俺も子供を捨てて帰還したから偉そうなことは言えないんだけどさ。
青木明菜氏にはなあ。
もしも再会の機会があれば《子供を捨てるなんて最低の人間だ!》と一言言ってやりたいと思ってたのだが。
俺自身が同様のムーブしてるからなあ。
責めにくいんだよな。
「私はこの業務が長いので、様々なケースを見ておりますが
同居している御家族が事件や事故に巻き込まれても、無関心な家庭も存在します。
しばらく逢えていないお母様が駆け付けてくれるなんて
意外とないことですから。
勿論、色々とあった事は理解出来ます。
それでも、せめて感謝の言葉くらいは…」
『わかりました。
俺もいつまでも子供じゃいられません。
お礼くらいはちゃんと述べますよ。』
それにしても、あの女が捜索願? 即日駆け付ける?
何を企んでいるのかまでは知らないが、再会したら一応頭を下げておくか。
で、粛々と手続きを済ませて静かにフェイドアウト。
これしかないな。
古屋の話によると18時過ぎには青木明菜氏が到着するらしい。
18時…
一応、その前に【複利】を確認しておくか。
昨日は事情聴取中に発光エフェクトが一瞬出て焦ったからな。
異世界転移直後なので手持ちが1円もない。
流石の俺もゼロに利子は付けられないから、早めに纏まった元本を確保しなければ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
古屋が立ち去り、入れ替わりに入ってきた看護師と雑談。
改めて、経過時間が4か月ではなく3年であったことを痛感する。
取り調べ中は平静を装っていたが、時代の変化の大きさに内心傷付く。
『岸… 田?
誰?』
TVを見てそう呟いた俺を看護師・飯田清麿は驚愕の目で凝視してくる。
…しまった、しばらく喋らない方がいいな。
「遠市君、ひょっとして本当に記憶喪失?
ネタじゃなくて?」
『いや、あの日以降の世間の流れを全然知らなくて。』
「え? マジ? え? マ?」
『えっと安倍さん? いや菅さん?の後任が、あの岸田って人なんですね?』
「いや、後任って言うか…
安倍さんはマリオになって撃たれて死んだけど。」
『は?
いや、今は真面目な話してますからね?』
3年の月日は…
やはり大きいな、まずは急いで地球に関するニュースをチェックしておかなければ。
予断を許さないとは言え、パンデミックが落ち着いたのは数少ない朗報だ。
後、俺達の集団失踪を面白くおかしく
《最愛の級友達がクラス転移しちゃいましたww》
とのタイトルを付けてバズらせた動画の存在も教えて貰った。
「いや! この動画凄いんだって!
あの《おとわっか》に匹敵する大ブームなんだから!
ほら、このクラスメートの顔写真一つ一つに変な戒名付けて笑いものしてるでしょ?
まさしく一世を風靡したんだよ!」
悪意に満ちた糞みたいな動画だった。
ネット社会の闇だな。
マジかよ、俺の本名で検索したら
《遠市厘 クラス転移》
《遠市厘 異世界転移》
《遠市厘 戒名(笑)》
って検索候補が出て来たぞ!!!
…この動画を作った奴を殺す事を決意する。
まあいい。
今は目先のカネだ。
急ぎスキルを確認しなければならない。
『飯田さん。
申し上げにくいことなのですが。
カネ、恵んで貰えませんか?』
露骨に嫌そうな顔をされる。
『今、純粋な一文無しなんです。
明日からの生活が不安で不安で。』
「嘘だぁ。
君、勝ち確の表情してるよ?」
…まあな、ぶっちゃけ勝ち確ではある。
『ははは、嫌だなあ。
身寄りのない憐れな行き倒れ少年ですよ。』
「いやあ、恥ずかしい話
ボク、金欠状態なんだよね。
昨日JOJO全巻を衝動買いしちゃったばかりだし。
先週はカノジョと伊豆旅行へ行ったしね。」
コイツ、人生充実してるな。
「…そんな顔で見ないでよお。
わかった。
財布の中の小銭を…
あっ、100円玉しかない!
ホントホント嘘じゃない!
ほら、見てよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
0円
↓
100円
※看護師飯田清麿から100円を借入。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ありがとうございます。
100倍にして返します。』
「え!?
100倍?
じゃ、じゃあ1000円貸してあげたら?」
『当然、出世払いで10万円をお支払いします。』
「うおっ!?
マジ!?
じゃ、じゃあ1000円を…
ああっ万札しかない!!!
ち、ちなみに1万円貸したら…」
『当然、返済額は100万円ですね。』
「あー、いや。
どうしよう。
うーーん、うーーーん。」
飯田は5分位悩んでいたが、結局断念した。
「カーーーー!
女と飲みに行く約束さえしてなければ1万円渡したのになー。
カーーーー! カーーーー! 」
『飯田さんそんなにモテるならカネに拘らない方がいいですよ。
じゃ、いずれ1万円を返済致しますので連絡先か口座を教えて下さい。』
「うおっ!
コイツ返す気満々やんけ!!」
『そりゃあ返しますよ。
貸しなんて幾らでも忘れますが、男が借りを忘れる訳には行きませんから。』
「め、名言きた!
うおーーー! うおーーーー!」
…病院では静かにしろよ。
案の定、飯田は女性看護師に呼び出されて騒いだことを厳しく叱責されている。
どうやら直属の上司らしい。
そして後から知った事だが、あの女上司こそが飯田のカノジョであり、その日も仲良く飲みに行ったとのこと。
幸福に大金は不要である貴重な証左である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて。
飯田に感謝しつつ、17時を待つ。
動悸が激しくなる。
…7分
万が一、スキルが発動しなかった場合はテロリスト兼鼠小僧になる事を決めている。
俺は殺せそうな相手を脳内でリストアップしながら、コボルト式のリハビリ体操に励む。
6分、5分、4分…
動悸は既に治まっている。
そりゃあそうだ。
覚悟はとっくに決まっているのだから。
3分、2分、1分…
ドナルド、カイン、フェルナン、ポール。
仕事を丸投げて去った事、本当に申し訳なく思っている。
13秒、12秒、11秒、10秒…
色々あったが、充実した4か月だった。
9秒、8秒、7秒、6秒…
次は、この地球で成し遂げる!
5秒、4秒、3秒、2秒、1秒、ぜ…
《1円の配当が支払われました。》
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【所持金】
100円
↓
101円
※配当1円を取得
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聞き慣れたアナウンス、そして中空から出現し俺の掌に落ちた1円玉。
『しゃぁあああっ!!!!』
俺は拳を高々と突き上げた。
この1円玉は…
単なる1円玉ではない。
覇道。
そう!
俺の覇道の大きな大きな第一歩なのだ。
『うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!』
立ち上がり、獣のように咆哮する。
この状況で叫ばずにいられる男が居るのか? いやない!
ふっ、俺とした事が柄にもなくヒートアップしてしまったぜ。
まだまだコドモだなw
さて、折角だから勝利宣言でもしておきますか。
『…勝利確定。
スゥ
今、この瞬間。
人類の未来に正義と公平がもたらされる事が決定した。
もはや我が覇道に一片の障害も存在せぬ!!!
人類創生から凡そ500万年。
争いの絶えない長く苦しい道のりだった。
だがそんな愚行の人類史に終止符が打たれる時が来たのだ!
そう!
この俺、遠市厘という名の終止符がな!!!』
…決まった。
我ながら会心の勝利宣言だ。
フー、気持ちいい♪
「あ、遠市君。
ちょっといい?」
『あ、すみません。
大声出しちゃって』
「うん、ここ警察病院だから程々にね?
向かいの病室でも普通に取り調べとかやってるから。」
『猛省します。』
「うん、それでね。
身元引受人の方が来られたから。
退院承諾書にサインだけお願い。
この後、普通に帰って貰っていいから。」
『あ、はい。』
青木明菜氏か…
色々言ってやりたい事は山ほどあるが。
ここは警察病院だしな。
騒いで目立ちたくない。
粛々と迎えて、礼だけ述べて、淡々と解散しよう。
そう、今の俺には最強スキルの【複利】がある。
手の内さえ隠し切れば、負けようのないぶっ壊れチートなのだ。
幸い。
地球に俺の能力を知る者は存在しない。
つまり。
このまま隠し通せばいいだけのイージーゲームである。
青木明菜…
俺と父さんを捨てた女。
いや、もはや我が覇道の前では些末な存在に過ぎない。
この女さえやり過ごせば、後は天下への一本道よ!!
「あっ、了解でーす。
遠市君、引受人の方が来られたから。
それと、おカネの件、ちゃんと払ってよ?
100円でも約束は約束だからね。」
『勿論です。
俺、飯田さんに逢えて本当に良かったです。
1万円、期待しておいて下さい。』
「あー、くっそ。
財布に1000円入ってたら絶対に1000円渡してたのにな。
くやしーw」
『あははw
そこまで信じて頂けると照れ臭いですよww』
「はい、こちら飯田。
あ、はい。
了解です。」
どうやら青木明菜が来たらしい。
くっそ、気が重いな。
今更、どんな顔して会えばいいんだよ。
「それじゃあ、遠市君。」
『あ、はい。』
「身元引受人が到着したので、退院許可が有効化します。
どうも短い間でしたがお疲れ様でした。」
『いえいえ、こちらこそお騒がせしました。』
「あ、今ドアを開けますねー。
身元引受人は実母の青木明菜氏。」
『…はい。』
「ではなく!」
『?』
「婚約者のヒルダ・コリンズ氏です!」
え?
【遠市厘争奪戦 「完全決着」】
〇ヒルダ・コリンズ (元宿泊業経営)
VS
●コレット・コリンズ (摂政)
※決まり手 異世界転移