【転移11日目】 所持金80万1000ウェン 「地頭は悪くないが親が教師なのでたまに愚昧な言動をする。」
起床してしばらくは、目覚ましの意味も込めてステータス画面を開いている事が多い。
今日も本当に何気なく画面を眺め、そして異変に気付いた。
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《経験》 419
次のレベルまで残り211ポイント。
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あれ?
確か、狩猟が終わった段階では《経験》は395だったぞ。
何故覚えているかの理由はシンプルである。
《後1匹殺していれば区切り良く400だったのに。》と惜しんだ記憶があるからだ。
24ポイント余分に上がった?
考えられる理由は、レベルアップで日利が経験値にまで適用されるようになった?
うん、それしか考えられない。
だとすれば、マジのチートだな。
今までカネしか見ていなかったが、経験値も複利で増えるとしたら…
これからの展望が全然変わって来るぞ。
カネは必要に応じて使わなくてはならないが、経験値を消費するという場面はラノベなどでも見た事がない。
寧ろ経験値に日利が加算され続ける状況こそ、【複利】の真骨頂ではなかろうか?
昨日、狼に力の差を思い知らされてレベリングを断念したが…
人間と言うのは現金な物で、もう少し頑張ってみようという気になる。
これ、無敵ループ入ったかもな。
「今日も出掛けるの?」
『討伐チップを換金してくるよ。
何かお土産で欲しい物はある?』
母娘はニコニコしながら何も答えない。
相当躾けられてるな。
『2人の好物を知りたいな。』
ここまで尋ねてようやく、2人は果物系のスイーツを好むと打ち明ける。
母のヒルダが柑橘系・娘のコレットが葡萄系を好むとのこと。
『宿屋を閉められるタイミングがあれば
3人でフルーツの充実したカフェにでも行ってみようよ。』
俺がそう言うと、2人は少し困ったように頷いた。
フルーツパーラーが悪所の隠語である事を俺が知るのは後日のことである。
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まず武器屋。
狼に噛まれて歪んだサスマタを修理して貰おうとする。
それにしてもだが。
鉄製の先端部が飴細工の様に簡単に曲げられてしまっている。
改めてモンスターの膂力を痛感し、冷や汗が出る。
「おお!
聞いたぞ!
昨日は大活躍だったそうだな!」
『あ、いえ。
俺は一蹴されただけです。
周りの皆さんに助けて貰って。』
「謙遜するなw
あの後、2人が炸裂弾を買ってくれたよ。
オマエの活躍を見て、実戦に使えるって判断したらしい。
俺も見てみたかったな。」
『いやあ、途中までは俺も勇ましい気分だったんですけど。
途中で狼が出現して…
サスマタで必死に応戦したんですけど…
あっさり転ばされて…
心が折れちゃいました。』
「…狼は仕方ないよ。
大の男でも普通にヤラれてる。
俺の爺さんも山仕事している時に襲われて殺されたしな。」
『近くで見るとゴツイですね。
サスマタ越しに重量感がビンビン伝わって来ました。』
「デカい個体だと普通に100キロ越えだからな。
生きた牛を振り回して投げる狼も居るらしいぞ。」
『化け物ですね』
「うん。
アイツらは化け物。
だから道具曲げられたくらいで凹むな。
怪我は無かったんだろ?
じゃあ、ちゃんと使いこなせたってことだよ。
もっと自信を持て。」
結局、サスマタは直すよりも新品を買った方が安いということなので
次に農業区に行く時に購入する事を決める。
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農協でカインさんと再会。
討伐チップを換金した後にランチを奢って貰う。
女が喜ぶフルーツ菓子の売り場を教えてくれる。
どうやら嗜好品は貴族が住む内堀の近くで売られているらしい。
『今、世話になってる宿があって。
何か差入出来ないかな、と。』
「モテる男は辛いなw」
『そんなのじゃないですよw
俺、これまで恋人とか一度も出来たことなかったし。
どうしていいか解らないんですよ。』
「近所でちょっと買い物をする時に連れて行ってやったり
そういうのが一番喜ばれるんじゃないかな?
後、用事をしてる時に何も言わずに手を貸したり、かな。
女からすると、そういう《無条件の味方》というのが何よりありがたいらしいぞ。」
如何にもモテそうなカインさんのアドバイスなので、早速近いうちに実践してみよう。
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【所持金】
68万9000ウェン
↓
70万9000ウェン
※討伐報酬として2万ウェン受取。
(ホーンラビット討伐褒賞2000ウェン×10体)
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「王宮に近寄れば近寄る程に女が喜びそうなものがある」
カインさんのアドバイスに従い、内堀の入り口まで向かう。
(それより内側の中央区・貴族区には立ち入り禁止にされている)
確かに小金持ち向けの雑貨店が並んでいる通りがあり、如何にも女向けのお菓子やら装飾品やらが陳列されていた。
店主に相談してドライフルーツの詰め合わせを購入する。
店の奥には実用品も扱っており、実用書やらラノベでおなじみのポーションがショーウインドウに飾られている。
一応、もう少しフィールドに出る予定なのでポーションを買おうと値札を見る。
『うおっ! 高っッ!!』
5万ウェン?
え?
そんなに高い物なのか?
思ったより大きな声を出してしまったようで、店主らしい人が睨みつけてくる。
「ポーションはどこも同じ値段でしょう!
因縁付けるのやめて下さい!
騎士団の方を呼びますよ!」
どうやらタカリ屋か何かと思われたらしい。
俺は彼に詫びながら他意の無い事を説明した。
『実は俺は、最近遠方から呼び出されたばかりで
物の相場を知らないんです。
気を悪くしたなら申し訳ありません。』
他に言いようがないので、その様に弁解しておく。
「…君、異世界召喚の子?
研修では見かけなかったけど…」
研修?
クラスの連中がここを見学しに来たのだろうか?
『初日で落第判定されて王宮から出る様に言われたんです。』
「え!?
それで、どうやって暮らしていたの!?」
『兎に刺されたり、狼に転がされたりしながら。
今は懇意の宿屋に滞在させて貰っています。』
「地球って世界から急に呼び出されたんだよね!?」
『ええ、まあ。
不本意ながら。』
「それなのに追い出されちゃたの!?
無一文で!?」
『1万ウェンだけ手切れ金を貰いました。』
「1万って… ガキの遣いじゃないんだから…」
『後、将軍様や大臣様にお願いして、個人的に5万ウェンずつお借りしました。
出世払いで返すとは申し上げたのですが…』
「出世できるの?」
『多分、無理そうですね。』
「だろうねえ。
それにしても坊主共はロクなことしない。」
『坊主?』
「ほら、召還を仕切ってるのが教会勢力だから。」
『ああ、なるほど。
俺を追放したのも司祭さんでした。
オマエを養う経費が勿体ない、って言われて。』
「教会はカネの亡者だから。
アイツら王国に債権持ってるからやりたい放題だよ。
ポーション製造も牛耳られちまったしさ。」
『ポーション製造?』
「そりゃあ、昔は王国だってポーション位は普通に製造していたんだよ?
でも借金のカタに製造工場を全部抑えられちゃってさ。
新規の工場も建造できない条約まで結ばされてる。
今の若いモンは知らないかもだけど、私の子供の頃はポーションなんて5000ウェンするかしないかのものだったんだぜ。」
『そりゃあ酷いですね。』
「ほら、見てよ。
カウンターの奥。
大きな逆さ向けの瓶があるだろ?
ポーション100リットルカートリッジね。
どこの商店街でも毎年持ち回りで強制的に設置させられる。
小売価格は決められていて、こちらの利幅無しで売らされる。
おまけに毎月司祭が減った分を集金に来るんだ。」
『原価で売らされたら利益出ないじゃないですか。』
「出ない。
それどころか売り場面積を大きく圧迫される。
でも、ポーションは生活に無くてはならない物だから、指名された店は絶対に取り扱わなくてはならない。
じゃないと皆が困るからね。
そんな事はこの国の人間にとっては常識だから…
アンタがポーションの値段で声を挙げたのをみて、店に絡んで来た輩かと…」
なるほど。
地球にも販売側の事情をしりつつ、敢えて議論を吹っ掛けて来るような連中が居る。
それと間違われたのか。
「ドライフルーツの詰め合わせ?
結構高いよ?
1番安いのでも1万ウェンする。」
『じゃあ、それ貰います。
迷惑掛けちゃったお詫びと…
どのみちお土産に買うつもりだったんで。
あ、可能であれば柑橘系と葡萄系を多めに入れて下さい。』
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【所持金】
70万9000ウェン
↓
69万9000ウェン
※アルフォンス雑貨店にてドライフルーツ詰め合わせ購入
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そんな遣り取りがあったので、店主は機嫌を直してくれて色々と情報を教えてくれる。
補助金や生活支援制度など、初日に知りたかったお得情報が山ほどあった。
打ち解けて雑談に興じていると、何人かの見知った顔、クラスメート達が入って来たので御暇する事にした。
驚いたな。
アイツら…
まだ制服着てたのか…
帰路、呼び止められる。
女の声だったので売春婦かと思って無視しかけたが、ふと見るとクラスメートだった。
図書委員の和田和子。
何度か話した事がある。
非力で小柄な女だ。
地頭は悪くないが親が教師なのでたまに愚昧な言動をする。
本人に落ち度は無い。
「ちょ! 遠市君! 待っ!」
『あ、はい。
和田さんか、久しぶりだね。
元気にしてた?』
「それはこっちの台詞だよ!
遠市君こそ、今どうしてるの!?」
『いや、普通に生活してるけど。』
「そ、そうなの?
こんな苛酷な世界で逞しいね。」
『ありがとう。
じゃあ、そっちも頑張って。』
「ちょっと待ってよ!!
話したいことがあるの!
私達仲間でしょ!
助け合おうよ!」
ほらね、愚昧だろ?
悪いな、俺の仲間は俺だけだ。
『まずは困ってる奴を助けてやってくれ。』
俺がこの世で一番恐れるのは、相互扶助だの助け合いの言って擦り寄ってくる自称弱者だ。
この手の輩は一方的に自分が救われる事しか考えていない。
市役所の苦情コーナーによくいるだろう?
こういう寄生虫に粘着されるとQOLがドン底まで落ちる。
和田はもう少しまともな人間かと思っていたが、買い被りだったらしい。
所詮は偏差値50切ってる低能学校の生徒だしな。
「私は遠市君のこと心配してたのよ!
今、どこに住んでるの?
どうやって生活しているの!?」
もう尻尾を出したか…
早速、居場所と懐事情を探りに来やがった。
油断も隙も無いとはよく言ったものだ。
この女、【複利】の意味を本当は知っているのではないか?
あの学校は低能の集まりだったが、この女は図書室でよく見かけた。
他の者が知らない【複利】という概念をこの女が知っていても不思議ではない。
『ごめん。
俺、忙しいから。』
早々に話を打ち切って早歩きでその場を立ち去る。
驚いたことに和田は走って追いかけて来た。
おいおいおい、それはルール違反でしょうが!
オマエ、パーソナルスペースって言葉知らないのか?
1ミリも情報を与えたくなかったので、女の嫌がりそうな裏路地や娼館密集地帯を通って何とか尾行を振り切った。
全く災難だったよ。
だが、少なくと平原は俺がお願いした居場所に関しての口止依頼を和田に対しては守ってくれたようだ。
俺を油断させる為の策である可能性もあるが、一定の評価は与えるべきだろう。
さっさとカネを貯めて王都を出なくちゃな。
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胡桃亭に戻った俺は土産を渡してから、居間で一休みさせて貰う。
相変わらず客足は見えない。
『ヒルダ。
もしかして、わざと客を絞ってる?』
「選り好みしているつもりは無いのですが。
ちゃんとしたお客様が不快に思わない雰囲気作りは心掛けております。」
この商売が長いヒルダは、上客1人が万人の下客に遥かに優ると知っている。
だから集客用の売春婦など連れてこないし、その程度の宿と名を並べる事の危険性を知っているのでパンフレットの掲載も拒否している。
ゴミ客を1人でも泊めたらちゃんとした客は来ないのだ。
理屈の上では正しいが、実践には大きな困難を伴う。
貯金が目減りする恐怖と戦う必要があるからだ。
ヒルダは(亡夫の遺産を継いでいる事を差し引いたとしても)、この境遇に打ち克っている。
『月に幾らくらい必要になるの?』
「20万ウェンくらいでしょうか?
本来は。」
上手い。
最後に《本来は》と付け加える事によって、要求額と蓄えの存在の両方を俺に伝えた。
『俺もここには世話になっているし、飯代くらいは入れさせて欲しい。』
「世話をされているのはこちらの方だと母子共々感謝しております。」
20万か…
まあそんなものだろう。
拠点料金と考えれば逆に安いか…
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17時も近づいたので飯代を稼ぐ為にニコニコ金融へ向かう。
ダグラスに頭を下げて『今日も借りさせて下さい』とお願いする。
「こちらは歓迎しているから。」
口先だけでもそう言ってくれると助かる。
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【所持金】
69万9000ウェン
↓
169万9000ウェン
↓
180万1000ウェン
↓
80万1000ウェン
※ニコニコ金融から100万ウェン借り入れ。
※10万2000ウェンの配当受取
※ニコニコ金融に100万ウェンを返済
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俺は無言で100万ウェンを即時返済した。
心から申し訳ないと思っているのだが、それはちゃんと表情に反映されているのだろうか。
「…トイチ。」
『はい。』
「ボスが向かいの居酒屋で食事をしている。
…オマエはどうしたい?」
『…ご挨拶だけでもさせて欲しいです。』
「1人でテラス席に座っている筈だ。
俺達は護衛に付かせてくれ、といつもお願いしているんだがな。」
俺はダグラスに深くお辞儀し、向かいの居酒屋の前に立った。
まだ客はまばらだ。
探すまでもなくテラス席に座っているのは1人。
…ああ、そういうことか。
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『カインさん、昼はありがとうございました。』
「どういたしまして。
ランチのついでにディナーも付き合って貰っていいかい?」
『御相伴させて下さい。』
しばらく、2人で見つめ合う。
グラスには殆ど口を付けない。
「最初は遠目に人相を観察するつもりだった。
一目見れば、知能・哲学・思考・貴賤・志向。
それらの見当がつくからね。」
『…。』
「まさか君からあれだけ何度も親し気に話し掛けてくれるとは思わなかった。
私の素性を知った上で知らないフリをしているのかとも疑ってしまったよ。」
『俺、カインさんみたいな出来る大人になりたいって…
子供の頃からずっと思ってて。
迷惑だったなら謝ります。』
「自分では上手く行かないことばかりで
日々自己嫌悪しているけどね。」
『…。』
「この街を出る資金を稼ぎたいのか?」
『はい。
俺と、可能なら女が2人』
「馬車の長旅はキツいぞ?」
『なら、1人で行きます。』
「1000万ウェン」
『?』
「自由都市で最初の一年を凌ぐ為の金額だよ。
女連れなら、その倍は必要かな。」
『結構掛かるものですね。』
「私も、この街が嫌いで嫌いで仕方なかったからね。」
『…。』
「魔王討伐でも他国への亡命でもどちらでも良かった。
何でもいいから、ここを出たかった。
必要以上のカネも武力もちゃんと蓄えた。
…だが妻子は兎も角、部下達をどうしても見捨てる事が出来なかった。
だから、ここで沈んでいる。
よくある話だと思わないか?」
『ダグラスさん達も連れて行ってあげればいいのに。』
「彼らは私と違って親を憎んでない。
まさか自分があれだけ憎んだ賤業を継ぐなんて思ってもいなかったけどね。」
『…。』
「私の親父はね。
カネに困ってウチを訪ねる客を見ると…
本当に嬉しそうな顔をするんだ。
カネ貸しにとって困窮者は最高の顧客だからね。
そして奴は満面の笑みでこう言うのさ。
《御幾ら御入用でしょうか?》ってね。」
『お察しします。』
「トイチ君…
御幾ら御入用でしょうか?」
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その日は帰るなり、一番狭い客室を借りて眠った。
俺に話し掛けたそうな顔をしていたコレットにはちゃんと謝った。
誰とも口を利きたくなかったし、何も考えたくなかった。
どうして人間は感情などと云う負債を負わされて生まれるのだろうか。
【名前】
遠市厘
【職業】
宿屋のヒモ
【ステータス】
《LV》 6
《HP》 (3/3)
《MP》 (1/1)
《腕力》 1
《速度》 1
《器用》 2
《魔力》 1
《知性》 2
《精神》 1
《幸運》 1
《経験》 444
本日利息 25
次のレベルまで残り186ポイント。
※レベル7到達まで合計630ポイント必要
【スキル】
「複利」
※日利6%
下2桁切上
【所持金】
80万1000ウェン