1-2:儂と見知らぬ場所 まだ分からん!まだ分からんぞ!
「よし。気に入った!儂に任せておけ!!」
女の子の高く綺麗な宣言がハッキリと響き渡った。
でも、その子の前にいるのは成体のリザードマンが三体。子供の我儘や恰好付けでどうにかなる相手じゃない。
私が持っている武装は不格好な槍だけ。魔術なんて使えないし、私以外に戦える人はいない。
簡単な仕事のはずだったのに。見習いに毛が生えた程度の私でも簡単にこなせる『護衛とは名ばかりの道案内の仕事』だったはずなのに。
女の子が笑顔で片手を大きく振り上げた。
そして、それに反応してリザードマンの一体が右手の棍棒を掲げ・・・
絶望で目の前が真っ暗になる。
目の前に広がるであろう惨劇の気配に足が竦んで動けなくなってしまう。
「・・・ぁああ」
棍棒が振るわれた。
だけど、それは虚しく地面を叩いただけ。
「なんじゃ。見掛け倒しも甚だしいの」
女の子の声は私のすぐ傍で聞こえた。
「事故があってもなんじゃし、残りも先にやってしまうの」
そんな言葉が私の頭に届くと同時、棍棒を振るっていたはずのリザードマンが膝を付いている事に気が付いた、その首から上を奇妙な角度に捻じれさせた状態で。
「え?」
疑問を消化する暇も無く、ドサリと大きな物が倒れる音が二つ続く。
「これで終いじゃ。森の中じゃと血の処理が面倒じゃからの、とりあえず首を折っておいた。これで良かろ?」
え?どういう事?
「いま、何が?」
「加速して後ろからゴキッといくのを三回やっただけじゃ。
もうちょっと儂のカッコ良いところを見せられるかと思ったんじゃが、馬鹿みたいに地味な展開になってしもうたの。残念じゃ」
女の子はひょいと首を竦めカラカラと笑っていた。
見た事もない綺麗な金色の髪を輝かせ、貴族様のように真っ白で滑らな装いをしているのに、こんなにも可憐で小さいのに、私は恐怖を覚えていた。
なぜだか分からないけど、私はこの子の事が怖い。
でも私のためにリザードマンを狩ってくれたのだから・・・
「ありがとうございます。助けてくれたんですよね?」
「そじゃの。助けられるのに見捨てるなんて後味が悪いからの!
でじゃ、付け入る様で悪いんじゃが、少しお願いがあっての?」
「・・・あまり多くは払えませんが報酬なら後で」
「いやいや、そんなのは別にええんじゃよ。大した事はしとらんから。
んでな、儂、迷子なんじゃ。そろそろ腹が減って来たから人のおるところに連れて行って欲しいんじゃ。頼めんかの?」
腹ペコなんじゃ、彼女はそう言って笑っていた。
彼女の名前はアリスというそうだ。自称長寿の生き物で、最近は偉大な魔術師に仕えて暮らしている、そんな『設定』を聞かせてくれた。
「どっせい!」
彼女は今も横転した馬車をその細腕だけで元に戻してくれている。
アリスちゃんがその幼さに反してベテランの魔術師であるという事は事実なのだろう。つまり、彼女は何処かの貴族。英才教育を受けて育ったお嬢様。
お家騒動か何かで僻地に逃れて来たものの、何か辛い事があって空想の世界に逃げ込んでしまった。きっと、そんな事情があるのだと思う。
「ええんじゃよ、これぐらいの事は。困った時はお互い様じゃ!」
荷馬車の持ち主であるベテランの交易者と円滑なコミュニケーションが取れている事からも彼女の育ちの良さが伺える。
森の中で独りでいたのに余裕を感じさせる振る舞い。明らかに『他人を使う事に慣れている立場』からの言動だ。
「・・・迎えの人が来るまで私が頑張らないと」
そんな私の内心の葛藤に気が付く様子も無く、彼女は荷馬車の復旧作業に熱中していた。
「はー、でっかい馬じゃのー」
楽しそうに働いてくれているアリスちゃん。彼女の顔を曇らせる事が無いように私が守らないと。
御令嬢の雰囲気を漂わせる彼女を村に連れ帰れば、絶対に良からぬ人を引き寄せてしまう。戦っている時は怖かったけど、ちゃんと大人の私が守ってあげないと。
あっ、でもそれはそれとして
「ねぇねぇ、アリスちゃん、後でおにぎり食べますか?お腹減ってるんですよね?お昼ご飯の残りなんですけど」
「おぅ、それはええの!是非とも頂きたい!
馬を繋いだら食わせてくれ!
のぅ、ついでに教えて欲しいんじゃが、馬って、こんなサイズじゃったっけ?思ってたより随分と大きいような?体長4メートル?みたいな感じじゃないかの?変じゃね?」
変?特に違和感は?
「角は落としてあるとは言えバイコーンですから、これぐらいの大きさは普通ですよ?」
交易者のおじさんが魔術で出した水をガブガブ飲んでるのは極普通のバイコーン。怖がりで人馴れし易くてパワーに溢れる便利な人間の友達です。
「バイコーン・・・そうか儂が知らんかっただけで調整された種なわけか。そうじゃったか」
お嬢さんでしたら実際に見る事なんて無いですもんね。
「んじゃ、こっちに来てくださいな」
トコトコと近づいてくるアリスちゃんにターゲットして右手の魔術回路に火を灯す。
「彼者を清浄な状態に戻せ」
簡易詠唱と共に放たれた青い光がアリスちゃんの全身を通り抜ける。
「よし。これで綺麗になったから、ご飯にしましょうか」
「ほぅ、すまんの。それにしても凄い魔術じゃの。詠唱の内容から判断すると洗浄と殺菌かの?どんな挙動をしたのかはサッパリ分からんかったが」
さっきん?
「詳しい事は分かりませんけど、昔の偉い人が誰でも使えるようにしてくれた術式なんですよ。
ほら、こうして私も右手に刻印を刻んでるから使えるんです。この術式のおかげで病気が随分と減ったって村のお年寄りから習いました」
「はー、えらい魔術師がおったもんじゃのぅ。儂の周りでそんなの見た事もありゃせんわ」
そんな事を呟きながらアリスちゃんは慣れた様子で竹皮の包みを開けおにぎりを取り出した。
「艶々じゃな。粒もデカい。立派な米じゃのぅ・・・これはコシヒカリでは無いな」
はむっと一口。
「美味い!これはミルキークイーンじゃな!儂も主殿も好きな品種での!冷えても健在な甘味と粘りの強さ!最高じゃの!!」
美味い美味いとアリスちゃんの小さな口におにぎりが吸い込まれるように消えていく。
「このお米、私の村で作ったものなんですよ。交易でも主力の自慢のお米なんです」
「そりゃ、凄い。ええもん作っとるの。実に美味かった。馳走になったの」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあ、そろそろ出発しましょうか。交易者さんも待たせてますし」
「そじゃの、日暮れまでには人里にいかんと危ないものな。
でじゃ、今更で悪いんじゃが、お主の名を伺っておらんでな。悪いが教えてくれんか?」
「そう言えばそうでしたね。私はルカ。ひょっこですがギルド所属の討伐者をやっています」
「ん?・・・儂もあまり世相には詳しいわけじゃないんじゃが、まぁ、そっちは後でええか、ルカは家名は無いんかの?」
「家名ですか。そりゃ、私みたいな普通の村人にはそんなのありませんよ。お貴族様とは違いますし」
「・・・そうか。そうなんじゃな」
何故でしょうか?アリスちゃんが急に挙動不審に。あちこちをキョロキョロと見渡しては何かをブツブツと呟いて。
「不味いぞ。これは不味い。じゃが、そう考えると辻褄が合ってしまう。くそ、どうすりゃええんじゃ。
もし、ルカや。もう一つ教えてくれ。お主の村の名は何という?」
「名前ですか?アストラって言います。昔の言葉で星とか空とか、そんな意味らしいですよ」
マジか、マジなんじゃな、そう呟いてアリスちゃんがフラリと揺らめいた。
と思ったら、ガッシリと足を踏ん張り直してリカバリー。
「いや、まだ分からん!まだ分からんぞ!」
一体どうしたんでしょう?村の名前に何か思い当たる事でもあったのでしょうか?お貴族様の考える事はよく分かりませんね。
読んでくれてありがとう!まだまだ導入編です!
次は来週の木曜かな?あるいは週末かな?みたいな感じで流動的です!




