1-9:儂と田舎の小さな異変 侵食汚染
三つの大きな扉から黒くて小さな人影が湧き出て来る。
私の後ろにはギルドの人達とアリスちゃん。隊長は何かの攻撃か魔術で動けない。担いで逃げるにしても他の皆は魔術の一斉射撃で消耗しているから急には無理。
つまり、ここは私が動くべき。
進行を食い止める程度なら・・・今の私なら出来る。出来るはず。強化魔術は短時間しか使えないけど、それでも
「大丈夫です。みんな私が守ってみせます!」
魔力を回し、強化魔術を全身に行き渡らせる。
感覚が研ぎ澄まされ、意識が広がり、世界の解像度が上がる。黒い影の動きが今までよりずっと細かく理解出来る。筋肉の動き、重心の片寄り、全てが把握出来る。
そして、踏み込もうとした私の目の前に現れる青白く光る槍。あの宿場町で振るったのと同じ槍。
えぇ、これで私には何の問題もありません。
アリスちゃんに感謝の念を捧げながら私は槍を持ち換え突撃する。
皆の事は一旦忘れていても良い。だってアリスちゃんが守ってくれているんだから。
剥き出しの地面を踏みしめ私は黒い影たちの只中に飛び込んだ。
数はまだそれほど多くない。ざっと数えて10人強程度。
まず率先して向かって来た小柄な人影を切り上げた。青い槍は感触も無く黒い影を下から上へとすり抜ける。
その勢いのまま斜め横の影を貫き、その後ろの影を突き通し、更に残りの影へと向け距離を詰める。
呼吸を忘れた身体が悲鳴を上げる。
青い槍がその輪郭を崩れさせそうになっている。
つまり、あともう少しなら頑張れる。
大きく槍を振り回し、一体また一体と黒い影を切り刻む。
そして槍が砕け消えていくのと合わせ、私も大きく後ろへと飛び退り強化魔術を解除する。
「・・・ハァ」
息を吐き、呼吸を再開した。
少し落ち着けば身体のあちこちが軋むように痛みを発している事が分かった。短時間とは言え無理矢理な機動は信じられない程に身体に負担をかけているようだ。
でも、これで時間は稼げたはず。
「ダメじゃ、ルカ。失敗じゃ」
「え?」
疲労困憊な私に告げられたのは予想外の一言。失敗?
振り返ってみれば、そこには倒れ込み蹲っているギルドの皆の姿。隊長と同じように右腕の刻印を押さえて苦しそうにしている。
「今の儂の力では全員を連れて移動する事は出来ん。せめてゆっくりでも歩く事が出来れば、やりようはあったんじゃが」
どうして?そんな、だってさっきまで
「恐らく原因は魔術じゃ。刻印に流し込んだ魔術の構成情報が『汚染』されておるんじゃろうな」
だから複雑で情報量の大きい魔術を使った隊長が最初に倒れて、他の人達も・・・
「アリスちゃん。私はどうすれば良いですか。どうすれば皆を助けられますか?」
分からない。
もう私じゃ、どうしようも出来ない。
そんな私の醜態を前にアリスちゃんは優しく微笑んでいた。
「大丈夫じゃよ。速攻で門を閉じてしまえば問題無いはずじゃ。儂に任せておけ。
あぁ、でも儂が潜っておる間に黒いのが出て来たら対処は頼むぞ。
で、片付いたら人を呼ぶなりして皆を町まで連れて行けばいいんじゃ。順番にやれば簡単じゃ。だから、そう落ち込むな」
そう言ってアリスちゃんは正面の門の中へと飛び込んで行った。
ふと目をやれば何時の間にか残り二つの門は黒い綱のような物で雁字搦めになっている。
「・・・そっか」
少し調子にのっていたみたい。
初めて魔術が使えるようになって、その勢いでベテランの人にも勝てちゃって。
自分なら何でも出来ると、十分に役に立てると勘違いしていたみたい。
アリスちゃんの横に立てるように、私はまだまだ頑張らないと。
私は、呑気にそんな事を考えていた。
アリスちゃんに任せてしまえば自分にはする事なんて無い、安易にそう思ってしまっていた。
「ぐぁぁああぁぁぁぁ!!」
唐突に隊長が叫び声を上げた。急いで駆け付け、悶え苦しむ隊長が地面に身体を打ち付けないように抑えつける・・・私に出来る事はその程度。私は成す術も無く苦しむ隊長を見ているだけ。
その時、気が付いた。
隊長の右腕の刻印が黒く染まっている。
絡みついていた黒い紐は何処に・・・
そして、私は『汚染』の被害を観測する事になった。
今日も読んでくれてありがとう!
そう今回の話の『主な事件』も前と同じような感じなんだよ。
というわけで明日で一区切りですね?