1-3:儂と田舎の小さな異変 何も言えん。もう何も言えんよ
「なんでじゃ。何故こんな事になっておるんじゃ」
舗装も何もしとらん貧相な街道。それを囲むように作られた町と呼ぶのも烏滸がましい木造の建物が並んでおるだけの中継地点。
そんな旅の途中に少しの息抜きを求めて立ち寄る場所だけが・・・燃やされておった。
分からん。なぜ儂が衝撃を受けておるのか自分でも分からん。山賊なんぞでも出たのやも知れん。あるいは魔物の襲撃があったのやも知れん。
よくある事じゃないんか?こんな事は。
頭では分かっておるのに儂の足は止まってしまった。
勢いよく燃え始めている町の光景が何故か儂の足を止めてしまった。
じゃが、それはあくまで儂の事情。
「ウァァァァァァァ!!!」
横におったはずのルカが気合の咆哮と共に加速し町の中へと駆け込んだ。
「ハッ?!そうじゃ、儂がのんびりしておっては」
無理矢理に頭を回し周囲の状況を確認する。
町は燃えておる。じゃが、全ての建物が火をかけられておるわけでもない。
そして、町の入口近く、最も景気よく燃えている建物の傍に異形がおった。それに幾つかの血だまりと横たわった人の姿も。
ルカはその異形に向かって全力の突撃をかけようとしている。儂が教えた強化魔術を最も活かせる槍兵としての最速の攻撃方法を実現しようとしている。
じゃが相手が悪い。異形は上背が3メートル近くはあり、筋骨隆々でその堅殻はまるで鋼のよう。幸いにも無手ではあるが、巨大な肉体からのパワーと強靭な装甲はそれだけで十分脅威に成り得る。
顔形を見る限りでは牛系の魔物じゃとは思うが・・・爬虫類や枯れ木と比べると急に難度が上がり過ぎておる気がするの。主殿風に言えばクソゲーじゃ、こんなの。バランスを考えんか、バランスを。
カァァンと金属同士が衝突する音が響いた。
牛巨人はルカのチャージを正面から喰らい、そして倒れる事さえ無く、案の定それを耐え切った。
一方でルカはその一撃で愛用の槍を圧し折ってしまっておった。
そらそうじゃ、見るからに堅そうな銀ピカ牛に穂先だけ金属の槍で打ち勝てるはずが無い。
じゃから儂も動いておった。イメージするのは昔々に何処かで見た魔力を帯びた槍。細部は曖昧。込められた意思も意図も儂は知らん。じゃが、今はそれで十分。必要なのは一瞬。アヤツが槍を振るう、その瞬間にだけ存在してくれていれば、それで良いのじゃから。
投影魔術で作り出した青白く光る槍を牛巨人とルカの間に放り投げる。
投げた次の瞬間には既に輪郭が揺らいでおったが、ルカの反応速度なら目的は果たせるはず。
そして、儂は儂で仕事をせんといかん。町は燃えておったんじゃ。つまりは火をつけた奴がおるという事。パワー系の牛が火をつけて回ったとは考えにくい。恐らくは別の魔物か何かが、まだここにはおるはず。
足に多めに魔力を回し、地面から反発するかのような勢いで儂は跳躍した。
上空へと打ち上がり鳥の視点を得て見れば、町の様子が手に取るように良く分かる。
燃えているのは4棟だけ。たぶん町の建物の半分ぐらいは無事かの?宿とかの大きな建物の配置が分からんから適当じゃけど。
で、火付けの下手人じゃが・・・
「アイツか」
骨細工の鳥のような物が数羽、炎上中の建物の屋根に止まっておった。
消火ついでの水弾で良かろうな。上空から落とせば簡単に壊せそうじゃし。
燃えている建物の上に一つずつ大きめの水の塊を生成し制御を手放す。後は自由落下で火も鳥も一緒にグシャッとやっとくれって算段じゃ。
落下が始まる際にルカの方を見やれば、ちょうど牛巨人に一撃を決めた場面じゃった。
上からじゃから細かいところは良く分からんが、槍が意味不明に青く光り輝いておって超素敵じゃ。
なんか凄い槍じゃったんじゃな。作るのに妙に魔力をゴッソリ持って行かれたとは思っておったが。
小さく音を立て着地。反動制御は完璧なんで土地埃も大して立たん安心安全で満点の着地じゃ。
ちなみに儂は静かに着地したが周りは魔術の水の着弾や骨の鳥やら焼けておった建物が崩落する音で大騒ぎじゃ。
ま、しゃーなしじゃの。
「そうじゃ、おーい、ルカや、大丈夫じゃったかぁ?」
とにもかくにも、まずは弟子の安否確認じゃな。師匠ってある意味では保護者みたいなもんじゃからな。やはり、ここは疎かにしてはいかん。
「な・・・」
牛巨人の残骸の前でへたり込むルカは何故か目を見開いておった。それ、どんな気持ち?
「なんですか、あの槍は?!」
あぁ、槍に驚いとったんか。まぁ、光っとったしの。
「槍の事はよー分からん。昔々に儂を討伐しに来た奴等の一人が持っておった物じゃ。なんとなく印象に残ってたおったから作ってみたんじゃ」
「作ってみたって・・・」
地面に両手をついてルカが打ちひしがれておる。なんでじゃ?
「非常識だとは思ってましたけど・・・」
「なんでじゃ。主殿達と比べたら儂は相当な常識人じゃぞ。人の心もちゃんとあるし」
「・・・そう言われてしまうとアリスちゃんのご主人が相当アレに思えてしまいますが」
「まぁ、大概じゃぞ」
しばらくして「そうですか」とだけ静かに口にし、ルカは清浄化の魔術を使い始めた。
儂は術式の対象を確認して、やっとルカの突撃の意味を理解出来た。
「・・・あぁ、それでじゃったんか」
ルカが清めていたのは牛巨人に殺されてしまった人達の遺体。
そうじゃな、間に合う可能性もあったかも知れんものな。
めぐり合わせとタイミングが悪かった。これは、それだけの話じゃ。
儂としては危険な敵に突っ込んだルカに説教したい気持ちさえあったんじゃが・・・泣きそうになっとるコヤツの顔を見ておったら何も言えん。もう何も言えんよ。
「崩してしもうた建物にも生き残りがおるかも知れん。悪いが捜索を手伝ってくれんか?」
「・・・はい、もちろんです」
そう応えるルカの声は少し涙声じゃった。
実に良い子ではあるんじゃが、ちょっと苦労しそうではあるな。儂はそんな事を思っておった。
今日も読んでくれてありがとう!あんま読んでくれてる人はいないけどね!前作の1割以下さ!と言うわけで、次は火曜の祝日にお会いしましょう!