1-2:儂と田舎の小さな異変 異変の始まり
「・・・ぉはようございます」
日の出と共にルカがノロノロと起きて来た。
「おはよう。よく眠れたようじゃの?」
「ええ、昨日は随分と疲れてたみたいで」
そりゃそうじゃな。強化魔術の使用が前提とは言え半日以上走りっぱなしで疲れんはずがないわい。
「ほれ、顔を洗ってシャキッとしておくれ。昼飯は宿場町で食うんじゃろ?」
魔術で深めの洗面器を作り出し、そこに水を注ぐ。
こちらに来て初めて意識したんじゃが魔術ってサバイバルには滅茶苦茶便利なんじゃよな。荷物が半端なく少なくて済むからの。
パシャパシャとルカが顔を洗うのに使っているのは投影魔術で『でっち上げた』足つきの洗面器。テレビかネットかで見ただけの物じゃから細部が曖昧。よって、恐らくは短時間しか実体化を保てんじゃろうが、まぁ、別にええじゃろ、顔を洗うなんて時間がかかるもんでも無かろうし。
そんな事を思いながらも、儂は朝飯の用意を始める。地面を盛り上げ竈的な物を作り『馴染みのある鍋』を魔術で投影し、それを魔術の炎でダイレクトに炙る。
ちなみに中身はありあわせの物と米をぶっこんだ粥のような何かじゃ。流石の儂も屋外で現代的な調味料の補助が無ければ、こんなもんしか作れんわけじゃ。
投影魔術でウェイパーとか作れたらの・・・
水が零れる音とルカの驚嘆する声を聞き流しながら儂は現代の合わせ調味料の素晴らしさに思いを馳せておった。
「・・・鍋の方は細部まで分かっとるから長持ちするの、やっぱり」
次からは洗面用具もハッキリ覚えとるやつを出してやるようにしよう。
さて、そんなこんなで飯を食ったりルカに小言を言われたりを楽しんでから、儂たちは宿場町へ向け出発した。
もちろん、予定通りに走ってじゃ。昨日の疲れも野宿の疲れもあるはずじゃのにルカは懸命に走っておる。
とても数日間基礎を習っただけとは思えぬような強化魔術の上達ぶり。実に優秀な弟子じゃ。
とは言え、魔術の修行ばかりやっとるわけにもいかんのが現実じゃな。
「ここらからは歩きにしようかの。街道が整って来たから、そろそろ他の人間と出会うかも知れんからの」
今のルカの走りは普通の人間には少々刺激的じゃ。下手を打てば魔物か何かと間違われる可能性すらあるやも?
そんな儂の提案にルカは息を荒げ頭から湯気を上らせた状態で一生懸命頷いておった。
うん、良い感じに限界じゃの。そろそろ昼も近い。今の季節がいつかは知らんが、気温自体は日本の初夏程度。程よく休憩させて水分を取らせてやらんと引っ繰り返っても不思議は無い。
そんなわけで手の中にプロテインシェイカーを投影する。魔術で水をチョロチョロ、小さな氷をパラパラ、手荷物から塩と砂糖を投入。
「汗をかいた後はしっかり水と塩分を摂るんがええんじゃよ」
シャカシャカ振ってルカにプレゼントじゃ。
ありがとうございます、そう言うや否やルカは一気にポカリ擬きを飲み干した。
「ァーッ!冷たくて美味しいですね!!体に染み込むみたい!!」
「そりゃ、良かった。しかし、染み込むって表現が異世界でもあるの意外じゃの」
「そうですか?なんか自然と思い付きましたけど。
あっ、それでこの入れ物どうしたら良いです?透明で高級そうな素材ですけど」
「そのあたりに捨てておいてくれたらええぞ。どうせ、すぐに消えてしまうからの。所詮は投影魔術ででっち上げた偽物じゃ」
「・・・便利すぎますよね、投影魔術」
「まぁ、便利は便利なんじゃが、儂も使いこなしとるわけでも無いからのう。この術式って弟子が使ってたのを真似しとるだけなんじゃ。だから制御も甘いし、持続時間も短いんじゃ」
「お弟子さんの得意魔術だったんですか?」
「記憶が曖昧なところもあるんじゃが異常に優秀な奴での。投影魔術も儂と出会った時には既に使いこなしておったわ。やけに味の濃いモノばかり好んで食べる変な奴じゃったんじゃが・・・
今になって思うが、投影魔術の事をもっと真剣に学び取っておくべきじゃったな。構造を完璧に理解出来てないと作れんから圧力鍋が再現出来ないんじゃよな。他はともかく弁の部分が全然分からん」
魔術の不思議ロジックで曖昧運用を許して欲しいところじゃ。低温調理までは言わんが、高圧力・高温調理ぐらいはどうにかしたい。
「仲良しだったんですね、お弟子さんと。とっても笑顔」
そんな事を言うルカも結構な笑顔なんじゃが・・・そうか、儂、笑っておったんか。
「たぶん、そうじゃったんじゃろうなぁ。今の儂にはよく分からんが」
ぶっちゃけ顔や年齢さえ曖昧じゃ。若者じゃったような気もするし、老人じゃったような気もする。記憶は歯抜けでスカスカじゃ。
それはそれとしてじゃ
「なぁ、いまいち思い出せない弟子の話は置いとくとして、この街道って全然人がおらんけどホンマに宿場町はこっちであっとるんか?
魔物がおらんのは結構な事じゃが、馬車の一台も見かけんのは少しおかしくありゃせんか?」
森林から離れ、そこそこ開けた場所を通っておる街道なのに儂ら以外は誰もいない。
微妙に嫌な予感がするんじゃが。
「・・・そうですね。それは確かに。少なくとも、うちの村へと向かう商隊の一つぐらいはいても良いはず」
ルカは俯き真剣に何かを考え始めた。
紫がかった髪が陽光を反射してキラキラと輝いておる。
昭和初期に毛が生えたような食生活をしておったはずなのに、なんでこんなに容姿が整っておるんじゃろうな?栄養満点で髪なんてツヤツヤじゃ。
田んぼに使っておった大層な名前の肥料に秘密がありそうな気がするが・・・サヤカ氏が生前に色々仕込んだものが今もなお効果を発揮し続けておるって事なんかの?
「アリスちゃん。宿場町まで走って良いですか?私の気のせいかも知れないんですけど」
「ああ、もちろんじゃ。じゃが危なそうな感じじゃったら、すぐに近づかずに様子を見るんじゃぞ?」
「はい、了解です。じゃ、行きます」
ルカが走り始めた。今までのような気楽な雰囲気は捨て一心不乱に。
それでも儂に先に行けと言わなかったのは何かの矜持か、あるいは単に思い付かなかっただけなのか。
そして無言でしばらく走った儂たちが目にしたのは、宿場町の方から立ち上っておる幾本かの煙じゃった。
魔物がおるような世界なんじゃから珍しくも無い事のはずなのに、何故か儂はその光景に心底驚いておった。
自分でも理由は分からんままに。
今日も読んでくれてありがとう!筆者、いま非常に忙しいです!でも、なんとか毎週更新するよ!