1-1:儂と田舎の小さな異変 間抜けな二人
「さぁ、行け!ルカよ!お主なら出来る!今までの訓練を思い出すんじゃ!」
「うっ・・・えぇい!!!」
一瞬ひるんだものの、儂の無責任な声援に押されルカが走り出した。
その踏み込みは明らかに自然な状態の時よりも強く、強化魔術の発動に成功している事を伺わせた。
「おぉ、本番でも成功出来てエライの。まだ走り込みを始めて半日程度じゃというのに。やっぱり才能あるの」
数歩目にしてルカはトップスピードに乗った。立ち上がりの速さは合格点をやっても良いじゃろうな。あとは応用の方じゃが
ルカが立ち向かおうとしておるのは大型の木が魔物へと転じたと言われておるもの。
まぁ、端的に表現すれば動くデカい枯れ木って感じのサムシングじゃ。そんな意味の分からん物が寂れた街道沿いでウロウロしとるわけじゃな。
あんまり動かんけど、デカいし、力も強いし、戦う力の無い人間にとっては脅威。
そりゃ、そんなもんを見つけたら練習台にするに決まっとるわな。
そして儂が見守る中、高速で駆け抜け突撃したルカがボロい槍の先端を枯れ木の胴へと突き刺した!
ドカンと大きな音がし綺麗な突撃体勢をとったままルカが静止する。
うぬ。勢いを活かした良い突きじゃったよ。穂先なんてメッチャ木に食い込んどるし。
そしてシュルシュルと音をさせ枯れ木から蔦が伸び始めた。
「アリスちゃぁぁぁぁぁん!!!助けてぇぇぇぇ!!!!!」
腕やら足やらを蔦で固定されたルカの懇願が響き渡る。既に槍から手が離れ万事休す。
いくら素質があろうとも主殿のようにはいかぬと、そういう事なのじゃろうな。
そんな事を考えながらも儂は既に枯れ木へと肉薄していた。
ルカが突き刺し、まだ枯れ木の中央に刺さったままになっておる槍。それに手をかけ魔力を流す。折れないように、砕けないように、その構造を把握し『強化』を施していく。
「ふっ!」
軽く息を吐きつつ、槍を木の上側へと振り抜いた。
湿気った木がバキリと砕け、おがくずが周囲へと飛び散った。
だが流石は植物の魔物。生存能力が強い。身体の正面を削られた程度では倒れるつもりも、蔦で捉えた得物を放すつもりも無いようじゃった。
だが、そんな事は予測済み。戦いの経験が浅い儂でも枯れ木の化け物が人間より丈夫である事ぐらいは想像が付いておった。
じゃから儂は槍を振り上げると同時、木の方へと向け、もう一歩踏み込んでおった。
主殿が得意としておった極端なインファイト。その真似事じゃな。
邪魔な槍を手放し、儂は左腕を振りかぶる。
枯れ木を処分するのに刃物なんぞ必要ない。こんなもんは叩き割ってやったら、それでええんじゃ。
枯れ木の傷跡に儂の左拳がめり込んだ。
思っていたよりかは幾分軽い感触。
木を殴り倒した経験なんて無いんで何処までボコれば良いかの判断が難しいかと思っておったんじゃが、それは杞憂じゃった。
うまく言えんが左拳が何か枯れ木の命のような物を砕いた、そんな感触があったからの。
「ふむ。案外、普通の木じゃったの」
拳を引き抜けば、そこに残るのは大きな傷跡を残す枯れ木の残骸のみ。
もうちょっと何か隠し玉的なのがあるかと思ったんじゃが、化け物とは言え枯れ木にそこまで期待するのも少し違うかの?
「にしてもルカよ。最初の全力ダッシュは良かったんじゃが、木に槍を刺したら、そりゃあかんじゃろが」
普通に考えたら内臓も無い木を一撃で仕留められるわけも無いし、刺さったら抜けんようになるじゃろ?
「今から考えると私もそう思うんですけど、何故か『イケる!』って思っちゃったんですよね。
ギルドの人でも、さっきみたいな加速が出来る人なんて低級にはいませんし。『今なら出来る!この流れに乗らないと?!』みたいな感じになっちゃって」
ルカは力なく笑っておった。
あー、そう言えば、前に同じような事を聞いた事が
「儂の主殿も強化魔術を使えるようになったばかりの頃は万能感?が凄くて後先を考えない事ばっかしとったって言っておったわ。それと同じようなもんか」
「そうですよ、たぶん、そんな感じです。だから実戦はもう少し後にして下さい。
まずは戦い方をちゃんと教えて下さいよ。取り急ぎ、さっきの必殺技みたいなのとか。
小さな女の子がトレントを素手でぶち抜くとか最高に外連味溢れてて素敵でした!
ぶっちゃけ言えば私も出来るようになってギルドで噂とかされたいです!!」
「おぉ、唐突に庶民的な欲望が溢れ出て来たの。もちろん、教えるのは良いが、今の走り込みとそう変わるところがあるわけでも無いぞ?」
「え?もしかして・・・」
「そうじゃ、ただの強化魔術じゃ。ルカの手本になるかと思って試したみたんじゃよ。ちょっと相手が脆かったから参考にならんかったかも知れんが」
「いえいえトレントが脆いって・・・そこそこベテランの討伐者でも専用装備を用意するぐらいの相手ですよ?」
「??こんな普通に街道沿いに現れる相手に専用装備じゃと??」
それ滅茶苦茶に効率が悪くないかの?
「・・・そう言えばおかしいですね。なんでトレントがこんな場所に?」
「あれじゃないか?どっかにまた『異界』が出て来とるんではないんかの?」
「うーん、異界ってそんなに出て来るものじゃないんですよ。討伐者人生で運が良ければ一回出会えるかも?ぐらいのものなんで」
「ほな、違うか。なんじゃろな?・・・まぁ、
それはええか。材料が足らんのに考え込んでも時間の無駄じゃ。
ほたら昼も過ぎとるし、ルカも疲れとるし、ここらで飯休憩にするかの。んで早めに寝床を作って宿場町への到着は明日の明るいうちを目指すって感じでええじゃろ」
「ありがとうございます!で、せっかくですし、強化魔術の使い方ももっと詳しく教えて下さいよ。まだ私って速く走る事ぐらいにしか使えませんし」
「ルカよ・・・それって結構高度な処理をやっとるんじゃぞ?走るって筋肉だけでなく各種臓器の強化も同時に必要なんじゃから」
「特に複雑な事をやっている自覚は無いんですけど?」
「妙なところで才能があるんよのぅ。戦闘のセンスは微妙じゃのに」
そんな事を言いながら儂は昼飯の用意を始めた。用意と言っても初日の昼飯なんで村から持って来たのを温めるだけで簡単じゃった。
もちろん、この時点では儂たちは街道で魔物と出くわした事の重要性なんて何も気が付いておらんかった。
少し考えれば分かっておってしかるべきじゃったのにの。
変なところで二人とも抜けておったんじゃよなぁ。
今日も読んでくれてありがとう!ちょっと忙しくて更新がヤバいですね!なんとか土日は両方更新したいところ。