6,騎士様との口づけ
「エルミー様っ!」
息苦しさに遠のく意識の中、そんな声が聞こえた。
その瞬間にエルミーの細い首を掴む手が緩まり、同時に男が何やら喚き立てる。けれどそんなのはどうでも良かった。
ああ……一番来てほしい時に来てくれた……。
エルミーは知らず、場違いな笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
村中を探してもエルミーがいなかったので、ダンは大きく気落ちしていた。
つまりそれは、彼女への自分の敗北を意味する。
もしかすると本気で失踪してしまったのではないか。
そんなことを思うと恐ろしく、何度も村を巡って必死に呼んだ。けれどもやはり見つからない。
その時のことだった。
罵り合う男と女の声が聞こえて来たのは。
「殺す!? やれるもんならやってみなさいよ!」
その声を耳にした途端、ダンは、ハッと息を呑んだ。
だってそれは、彼の愛するたった一人の少女のものだったから。
慌ててそちらへ足を向けると、そこには三人の人物が立っていた。
笑い声を上げる背の高い女。
怒りの形相で少女に迫る男。
そして――男に首を絞められている少女だった。
どう見ても普通ではない。
しかしダンが驚いていたのは、この状況ではなかった。彼が息を呑んだ理由は、三人のうち二人には見覚えがあったからだ。
少女の方は、村に来て最初に話を聞いた村娘。
一方男の方は。
ダンは一瞬にして全てを理解する。
だから、叫んだ。
「エルミー様っ!」
我が主のために腰の剣を引き抜く。
直後、男――ジルクの首が血を撒き散らしながら宙を飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
丸一日後、エルミーはベッドの上で静かに目覚めた。
すぐ目の前には少年の顔。それを見上げ、彼女は心から安堵する。
「おはようございますエルミー様。お体の調子はどうですか?」
「おはよう、ダン。私は全然元気よ」
そうだ。彼は自分を救ってくれたんだと、エルミーは思い出す。
もしも彼がいなかったら、今頃私は。そう考えると恐ろしかった。
そしてダンから、色々なことの経緯を聞いた。
まずジルク侯爵令息について。
ジルクはダンによって首を刎ねられ、即死したらしい。
無論侯爵家がそれに激怒したが、しかし、彼が『ポメント子爵家を潰そうとしていた』という衝撃の事実を知り、さすがに何も言って来られなくなったとのこと。
『謝罪』の名目で子爵邸を訪れるとジルクは言っていたが、実は屋敷を焼き払ってしまうつもりだったのだとか。
もちろんそれは浮気の事実を公になかったことにするためだろう。つまり元々こちら側を殺す気だったのだから、侯爵令息を殺したのは正当防衛に当たるのだ。
そして彼の新たな婚約者である伯爵令嬢。
彼女はジルクと共に立てた殺人計画のことがバレてしまい、伯爵家から追放。王城に連れて行かれ牢に閉じ込められるということらしい。
「ざまぁ見ろって感じね」
「はい。……何はともあれエルミー様が無事で、本当によかった」
にっこり微笑む騎士の少年。
エルミーは彼を見つめながら、胸の奥からとてつもなく愛おしい気持ちが湧き出すのがわかった。
「ねえ、ダン」
「何でしょう?」
「あなたは合格よ。私のことを見破れたし、それに――あなたは立派な騎士様だもの」
子爵令嬢がそっと騎士へ唇を突き出す。
――こうして主従は、初めての口づけを交わしたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この後、ダンは子爵夫妻に認められ、エルミーとの結婚が許されることに。
そして数年後に彼は子爵の座を継ぎ、エルミーは子爵夫人となるのだが、それは割愛しよう。
ただ確かなのは、元々は主従であったエルミーとダンの二人は、心から互いを愛し合い幸せでいるということだ。
ご読了、ありがとうございました。
最初は駆け落ちエンドにしようかと思っていたのですが、予定変更してこうなりました(笑)
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