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5,元婚約者の嘲笑

「頑張ってるじゃない、私の騎士くんったら」


 エルミーはふふっと笑い、彼の様子を見ていた。

 さすがに、村に来て一番最初に自分へ話しかけて来た時は驚いた。けどまあ気づいていないようだったし、まだまだあまちゃんのようだ。


「まさか村娘に化けてるだなんて思わないだろうな」


 村の人に頼んで農作業用の服を貸してもらい、村人に紛れ込んだ。

 その作戦はどうやら成功したらしく、エルミーは満足である。


 懸命なダンの姿を見ながら、エルミーの脳裏に浮かぶのは元婚約者のジルク。

 彼ならきっと、エルミーがいなくなったとしても探してはくれなかっただろう。


「そういえばダンは、ずっと私のことを守ってくれてたけど……あれは私のことが好きだったからなのかな」


 ガラの悪い男に絡まれた時も、うっかり魔物に襲われて他国に連れ去られた時も。

 そんなことを思い出しながらエルミーは呟く。


「あなたが私を見つけられたら、私は――」


 あなたと結婚してもいいよ?



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 なのに、エルミーを見つけたのは想像の外の人物だった。

 完全に考えもしていなかった。その声が聞こえた瞬間、心臓が掴まれたような気がした。


「おい。もしかしてそこにいるのお前じゃねーの? なんで農民の格好してんだ?」


 驚いて振り向くエルミー。

 するとそこに立っていたのは、別れたはずのジルク侯爵令息だった。


「じ、ジルク……?」


 何故ここに?

 それも、新しい婚約者である歳上の伯爵令嬢まで連れて。


「あれぇ、あの時の女の子? やーだ、貧乏くさーい」


 こちらを見て嘲笑う伯爵令嬢。

 ジルクもエルミーを馬鹿にして笑い、


「やっぱお前かよ。どしたの? 家から追い出されたのか?」


 頭に浮かぶのは疑問ばかり。

 彼らはわざわざ私を嗤いに来た? どうして? これは何かの悪い夢?


「何も喋らねえのな。ふざけてんのか? 婚約破棄されたから喋る義理はないってか! 豚女の考えそうな幼稚な考えだよなあ。せっかくポメント子爵に『謝罪』してやろうと思って来てやったのさあ」


「もしかして馬鹿すぎてジルク様のこと忘れちゃったんじゃなーい? うふふふふっ」


 『謝罪』?

 エルミーは、眉を寄せずにはいられなかった。


 胸の中に悲しみと苛立ちが同時に生じる。

 今すぐ怒鳴ってやりたい。けれどそんなことをしたら子爵家は取り潰しになる。

 こんなところで出会ってしまうなんて、最悪すぎる。ジルクの顔を見るだけで胸が苦しくなった。


「どうして私がわかったの」


「あぁ? 豚の匂いがしたから、家畜でもいるのかなーって思って見てみたらお前がいただけだぞ? もしかしてお前変装でもしてるつもり? ばっかじゃねえの?」


 ただでさえ顔を合わすだけで嫌な思い出が蘇るのに、さらに無茶苦茶に罵られ、馬鹿にされる。

 エルミー・ポメント子爵令嬢は、ここで、さすがに堪忍袋の尾が切れた。


「いい加減にして! 何よ! 何のためにここに来た! 帰りなよ、今すぐ!」


「なになに〜。怒っちゃったのぉ〜」くすくす笑う伯爵令嬢。

 『謝罪』だなんて嘘に決まっている。どうせ自分の浮気を漏らさないよう、脅しに来ただけだろうに。


 怒鳴り、ジルクの前で仁王立ちになるエルミー。

 しかし彼に敵うはずは当然ながらなかった。


「何? こっちに歯向かう気か? ……殺すぞ」


「殺す!? やれるもんならやってみなさいよ!」


 すると、エルミーの首がぎゅっと掴まれた。

 もちろんそれを成したのは、ジルク侯爵令息の手。それがギリギリとエルミーの首を絞めている。


「え……?」


「今は誰も見てねえ。お前は一人きり。わかるな?」


 ――息が苦しい。


 胸の中に、じわりと恐怖が湧いて来た。

 伯爵令嬢が「あはははははは」と高笑いを上げていた。


 私、もしかして詰んでる……?

 周囲を見回したが、村人は誰もいない。この衣服を貸してくれた農民もちょうど留守にしているようだった。


 手足をバタバタさせる。でもそんなことをしたところで何になるわけでもない。


 やばい。これはやばい。

 やはり感情に任せてしまったのが失敗だった。この男はもはや私を何とも思っていない。むしろ私のことは邪魔だろうから、殺さない理由がないくらいなのだ。

 それに子爵令嬢一人殺したところで、侯爵家の手にかかればなかったことにできてしまうだろう。


 殺される殺される殺される……。

 呼吸が詰まる。息を求めて口を開けるが、ちっとも酸素が入ってこなかった。


 誰か。誰かこの悪魔から助けて。


「ダン……」


 ――小さく呼んだ瞬間、彼は現れた。


 



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