4,エルミー失踪事件
エルミーが姿を消したことで、子爵邸は大騒ぎになった。
「どこだ!」
「あなた。エルミーは攫われたんじゃ……」
子爵夫妻は大慌てで屋敷の中を駆け回っている。
しかし、騎士のダンだけは落ち着いていた。
彼も何も聞かされていない。けれどこれが自分への挑戦状だとすぐにわかった。
『私を惚れさせてみて』と、とろけるような声で言ったエルミーの姿を思い出す。夜中にこっそり屋敷を抜け出したであろう彼女は、ダンに見つけて欲しがっているのだ。
「まったく、エルミー様は」
昔から、結構お転婆なお嬢様だった。
嫌な勉強があるとすぐに逃げるし、対照的に外への憧れは強い。
年頃になってからもそれは変わらないのだなと思う。
本当にあの野郎が婚約破棄してくれて良かった。あの少女を手放すことなんて、ダンにはとてもとてもできなかったから。
エルミーが侯爵家へ嫁いだら、ダンは護衛騎士をやめさせられるはずだった。王国に仕えるように子爵が手配していると聞いた時、愕然としたものだ。
でも、あの男がエルミーを見捨ててくれたおかげで道が開けた。
だからダンは――。
「探しに行って差し上げますよ、エルミー様」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「俺が行って来ます」
子爵夫妻にそう言って、ダンは屋敷を後にした。
見つけられなければ護衛騎士失格になってしまうかも知れない。でも大丈夫だと、ダンには自信がある。
もっとも、根拠などないのだけれど。
やって来たのは子爵邸から最寄りの村だった。
普通であれば遠くの街まで行くだろうが、エルミーはそんな予想の裏をかいてこの村に隠れているのではないだろうか。ダンはそう思い、村人に聞いて回ることにした。
「そこのお嬢さん。ここらでエルミー様を見かけなかったかい」
最初に尋ねたのは、若い村娘だった。
ちょうど農作業をしていたらしい彼女は首を捻ると、
「いいえ。エルミー様らしき方はお見かけしませんでしたけど……どうかされたんですか?」
まぶかにかぶった帽子の隙間から覗く目が、驚いたように見開かれていた。
ダンはゆるゆるとかぶりを振って見せる。
「いや。ちょっと、逸れてしまいましてね。すぐ見つかるとは思いますが」
「あらそうなんですか? 心配だわ……。村の者に探させましょうか?」
「すぐに見つかりますので、お気遣いなく」
ダンはエルミーが隠れそうな場所を考え、動物小屋に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まだ騎士見習いだったダンが子爵に目をつけられたきっかけは、端的に言って、たまたまである。
子爵邸最寄りのこの村へ訪れていたエルミーが、偶然、剣の練習をしていたダンを見て興味を示した。
「ねえあなた、うちに来ない?」
ちょうど子爵が護衛を探していたところだったので、ダンはすぐに採用されることになった。
村の騎士見習い少年であったけれど、ずいぶんエルミーには気に入られてしまった。
「あなたって強いんだね。私、強い人好きよ」
ダンが彼女に惚れるのには、そう時間はかからなかった。
無邪気で、可愛くて、守ってあげたい。
当時十一歳の少年にとって、好きになるのには充分すぎた。
けれど彼女はずっと高嶺の花。
婚約者であるジルクもいたし、到底手が届くはずがなかった。
だからこのチャンス、絶対に掴まなくては。
ダンは必死で村を駆け回った。