2,帰還、そしていきなりの告白
エルミーの話を聞いて、両親は目をひん剥いて驚き、そしてジルクへの怒りを露わにした。
「なんということだ……! あの小僧!」
「浮気だなんてゲスな真似をするなんて、見損なったわ」
浮気による婚約破棄。これは貴族として最低の行いである。
そんなことで娘を傷つけられたのだから溜まったものではないだろう。
「まさかジルクに裏切られるなんて……」
エルミーは想像もしていなかった。
正直馬鹿だとは思っていた。でもここまでとは考えてもいなくて。
悲しい。
これでも、エルミーはジルクのことが好きだったのだ。
幼馴染であり、大切な友人だと思っていた。
そんな彼から裏切られてしまい、悔しく、心が痛くてたまらない。
純粋なエルミーの心は今にも砕けてしまいそうだった。
涙はこれでもかというくらいに流したはずなのに、また溢れ出してくる。
こんな醜態を両親に見せたくなくて、エルミーは、逃げ込むように自室へ走った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんで私がこんな目に?
あの伯爵令嬢のどこがいいの? 背は高くて美人だったけど、だからって私を捨てるくらいにあの人が好きなの?
私とあなたの過ごした十年以上の長い長い日々は何だったの。私はあなたにとって、簡単に捨てられてしまうようなものだった?
意味のない問いかけを心の中で繰り返し、エルミーはその度に辛くなる。
大切にされていると思っていたし、当然好かれていると信じていたから。
もういっそのこと何もかも忘れてしまいたい。
考えてみればジルクに好きだって言われたことなんてなかったな。
そんなことにも気づかないで、私、馬鹿みたい。
自嘲の笑みが思わず漏れたその時だった。
エルミーの部屋のドアを叩く音がしたのだ。
「だ、誰?」
慌てて涙を拭いて立ち上がり、ドアの元へ向かう。
もう夕食の時間かしら? それにしては早い気がする。
もしかして両親からもう一度何かの話があるのかも知れない。エルミーのこの先の進路とかについて、色々……。
「エルミー様!」
しかしエルミーの考えに反し、ドアの向こうに立っていたのは、見慣れた大柄な少年だった。
全身を小綺麗な男物の衣服で包んだ彼は――。
「ダン?」
エルミーの騎士、ダンだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エルミーは好奇心旺盛なので、小さな頃からしょっちゅう屋敷を飛び出す。
それに頭を悩ませていた両親が雇った護衛、それが当時騎士見習い出会った少年……ダンである。
初めて出会った当時は確かまだ互いに十歳ほどだったか。
その時も彼はエルミーよりずっと背が高かった。それは成長してきちんとした騎士になった今でも変わらない。
そんな彼はエルミーにとって最も身近な人物だったと言えるだろう。
どこへ出かけるにもたいていは彼がついていたし、もはや友人のようなものだ。
けれど今日はたまたま彼に別の仕事ができてしまい、エルミーは一人で侯爵邸へ向かった。
そしてこの大惨事である。彼が慌てて駆けつけてくるのも当然だった。
「エルミー様、大丈夫でございますか!」
「ええ。私は全然……」
平気、などとは口が裂けても言えないなと内心で思いつつ、エルミーはにっこりと笑って見せる。
が、その直後、ぎゅっと抱きしめられた。
「可哀想なエルミー様、あんな男に嵌められて……」
「え、ちょっと?」
騎士の少年の、急な暴挙に戸惑うエルミー。
今まで抱きしめられたことなんて一度もなかった。驚いて彼の顔を見上げると、ダンは一言。
「エルミー様、お慕いいたしております」
何を言われたか、エルミーにはわけがわからなかった。