1,裏切りと婚約破棄
「エルミー、俺はお前に飽きた。これからはこいつと生きていくから。ってことで婚約は破棄な」
軽い調子のその言葉に、エルミーの心がどれほど打ち砕かれたのか。
それはきっと目の前の愚かな男にはわかりっこないことだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エルミー・ポメントは、とある王国の子爵令嬢である。
やんちゃで好奇心旺盛、天真爛漫を絵に描いたような少女。
艶やかな黒髪にキラキラした金色の瞳が特徴的な彼女は、家族や周囲の人々に愛され、それはそれは幸せな人生を送っていた。
そんな彼女には幼少の頃から婚約者がいた。
それが彼――ジルク侯爵令息。彼は誰もがうっとりするような美男子であったがその実、どこか不真面目なところがあり頭はあまりよろしくない。
それでもエルミーは構わなかった。彼を将来の夫と信じて疑っていなかったのである。
しかし、突然、言われたのだ。
『婚約は破棄な』と。
理由はもちろん浮気だった。
エルミーより身分の高い伯爵令嬢にあたる歳上の女性と出会い、恋に落ちたのだとか。
そして用済みになったエルミーとの婚約を破棄したというわけだ。
「勝手すぎる! そんなの、あんまりじゃない!」
「知らねえよ。親が決めたことだろ。元々お前なんか好きじゃねえんだよバーカ」
挙句の果てには「ブス」だの「豚」だの言ってくる始末。
エルミーの心は折れた。バキバキに。
私は、どうしてこんなにも言われなくちゃいけないの?
私が悪いことをしたならわかる。でも私を裏切ったのは、ジルクの方なのに。
このことを知ったら、家族はどう思うだろう。
ジルクのお嫁さんになると思ってずっとずっと生きて来たのに、私、この先どうしたらいいんだろう?
そう思うと怖くなった。
エルミーの家――子爵家は侯爵より爵位がずいぶんと下、下級貴族である。
そんな立場ではどうしようもない。元々、貧乏だった子爵家は金持ちの侯爵家との縁繋ぎのためにエルミーを嫁がせる予定だったのに。
慰謝料を払ってもらうにも、爵位という壁が立ちはだかる。
いくら浮気され、向こうが完全に悪いとはいえ、家柄の違いでとてもとても歯が立たない。むしろ、損するのはこちらだけだ。
「私、悪くないのに。ジルクの馬鹿、馬鹿、馬鹿……!」
エルミーはジルクと、その横に立つ歳上の浮気相手を睨みつけ、必死に叫んだ。
けれど叫んだところでどうなるはずもなく、侯爵家を追い出され、子爵邸へ戻る他なかった。
心にモヤモヤしたものを抱えたままで、エルミーはただ泣くことしかできなかったのであった。
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