2時間目 お友達の家に行きます(2)
妖女学園の学生寮は全部で三つある。
それぞれ【百合寮】【牡丹寮】【芍薬寮】と言う名前で、その内の一つ芍薬寮に、狐火狐栗が住んでいた。
芍薬寮の特徴は、全部の部屋が一人部屋と言う事。
それ以外は他の寮と変わりなく、食堂や大浴場や購買などの、普通に生活する為のものが揃っている。
そしてその中でも、こくりの一番のお気に入りの場所がある。
「あら、こくりちゃん。今日も図書室でお勉強?」
「はい。みっちゃんが来るまでがんばります」
こくりのお気に入りの場所、それは、図書室である。
学園指定の園児服に身を包み、こくりは図書室でお勉強をしていた。
因みに今話しかけたのは、ここで働くお姉さんだ。
流石はお嬢さま方が暮らす学生寮だけあると言うべきか、図書室まで完備している抜かりの無さ。
ここには勉強スペースがあり、休みの日はここでよく勉強をしている。
但し、勉強と言ってもそれは絵本。
絵本を見て、頑張ってわずかに書かれた字を読んでいると言うもの。
とは言え、5才と幼い幼女なこくりにはまだ難しく、ちゃんと勉強にはなっていた。
何故なら、それは――
「アーユーゴー…………ゴー? ……マイフレンド」
――英語で書かれた絵本だから。
こくりが首を傾げながら絵本を読んでいると、その肩を後ろから誰かがちょんと触れて、振り向く。
すると、そこにはみっちゃんが立っていた。
「こくりちゃん、お待たせ」
「おはようございます」
そう。
今日は待ちに待った日曜日の朝11時。
みっちゃんの家に行き、この間のお礼でご飯をご馳走してもらう日なのだ。
「うん。おはよー。なに読ん――でっ。え、英語……。こくりちゃん凄い」
「こくりは大きくなったらパパの神社を立派にするのです。なので、国際的な神社にします」
「わあ。小っちゃいのに偉いね」
小っちゃいと何が偉いのだろう? と、こくりは首を傾げる。
しかし、それも直ぐどうでも良くなり、読んでいた絵本を元に戻しに行った。
それから、図書室のお姉さんに「バイバイ」して、こくりとみっちゃんは寮を出る。
「あれ? こくり。今日はお出かけか?」
寮を出て直ぐ、不意に誰かに話しかけられる。
足を止めて振り向けば、そこにはジャージ姿の寮長先生が立っていた。
「出かけます」
「あ、寺雛井先生ごきげんよう」
「おう。ごきげんよう。二人とも気を付けてな」
「ラジャーです。いってきます」
「はい。さようなら」
二人は寮長に挨拶すると再び歩き出して、みっちゃんの家を目指した。
さて、そんな二人の背後には、実はお狐さまがフヨフヨと漂っていた。
お狐さまは普段人前には出ない為、透明になって姿を隠しているのだ。
と言っても、それはあくまで周囲に分からない様にしているだけで、こくりにはその姿が見えている。
そうなると、猫が何も無い所をジッと見つめるのと同じ現象が起きるわけで、こくりはチラチラと何も無い所をジッと見つめる。
もちろんこくりにはお狐さまが見えているし、なんならちょくちょく話しかけられていた。
だが、それが分からないみっちゃんからしてみれば、とても奇妙で不思議なこくりの視線。
何かあるのかと視線の先を追っても、そこには何も無いので謎なだけ。
しかし、そんなこんなで暫らく二人で歩いていると、みっちゃんは考えぬいて答えを導き出した。
「もしかして、こくりちゃん…………蚊に好かれちゃうタイプ?」
「蚊ですか?」
「うん。わたしは好かれないタイプだけど、一応塗るやつ持ち歩いてるよ」
みっちゃんはそう言うと、バッグの中から虫よけの塗るタイプを取り出した。
すると、こくりは興味津々に相変わらずの眠気眼な無表情で顔を近づける。
しかし、その瞳はシイタケのような十字の輝きを見せている。
「こ、こくりちゃん?」
「これが伝説の虫除けスプレーですか?」
「で、伝説……? そんな大袈裟な物じゃないしスプレーでも無いけど、効き目はバッチリだよ」
「おおー」
こくりは瞳のシイタケを更に輝かせ、脱ぎ始める。
と言うか、既に身につけているのは肌着のみな、ほぼほぼスッポンポンな状況。
「――って、なんで脱いでるの!?」
「……? 伝説をぬります」
「脱がなくていいんだよ!」
やはり、こくりはズレている。
みっちゃんが慌ててこくりに服を着せ、こくりは首を傾げる。
そして、忘れてはいけないのは、今はみっちゃんの家に向かっている途中。
つまりは現在いる場所が学園の敷地内では無く、公共の場と言う事。
思いきり周囲がざわついていて、二人は注目されてしまっていた。
それどころか、「妖女の子だ」と言い、写真を撮ろうと携帯を構える者すらいる。
完全なる事案と言うか犯罪行為なのは間違い無く、それに気付いたみっちゃんは更に慌てた。
しかし、その時だ。
ポンッと、若干軽い音を立て、写真を撮ろうとしていた者たちの携帯が破裂した。
「うわああああああ!」
「ぼくのアイフォンが壊れたああ!」
「ぎゃああああああ!」
所々から巻き起こる低音な悲鳴。
ただ、破裂した携帯を持っていた犯罪者臭のする者たちにケガは無く、周囲の者たちも何が何やらで頭にクエスチョンマークを浮かべるだけだった。
そして、みっちゃんも同じように、何が何やらな状態になっていた。
「ば、爆発した……」
「パパが壊しました」
こくりがみっちゃんに答えるように呟き、何も無い所に視線を向ける。
すると、その視線の先を追って、みっちゃんはそちらに顔を向けた。
「……パパ?」
みっちゃんの目には当然お狐さまの姿は映っておらず、周囲がギャーギャーと混乱して騒ぐ中、こくりは黙々と虫除けを肌に塗り始めた。
「スースーします」