2時間目 ようじょのこくりちゃん(2)
放課後になり、学園に通う生徒たちが部活や帰宅を始める頃、こくりは理事長室の来賓用ソファに座っていた。
その理由は、もちろん言うまでも無く、幼稚舎で行われたプールでの事。
しかし、この幼女、全く反省をしていないのか、いつもの眠気眼な無表情でクッキーを美味しそうに頬張っていた。
とは言うものの、それもその筈だ。
実は怒られているわけでは無く、おやつを出されて食べているだけなのだから。
「こくりちゃん、プールは楽しかったですか?」
優しい笑みを見せ、こくりの目の前に座るのは、この学園の理事長である花藤実果と言う名の女性。
年齢は63歳で優しそうな顔のご年配だ。
そして、彼女はこくりの良き理解者であり、保護者をしている。
「はい。楽しかったです」
こくりがクッキーをもぐもぐしてごっくんしてから答えると、実果は嬉しそうに笑みを零し、ハンカチで口についていた食べカスを拭ってあげる。
「ふふふ。それなら良かったわ。ところで、お狐さまは今日は一緒では無いのですか?」
「パパは旧校舎に行きました」
「あら? じゃあやっぱり、あの噂は本当なのでしょうか?」
「学園の七不思議の一つ“動く人体模型”は多分本物って、パパが言ってました」
「そう。怖いですねえ」
相変わらずの眠気眼な無表情で、更にメリハリのない声色で話すこくりの言葉。
普通であれば、そんな馬鹿なと一蹴する様な話だが、理解者である実果はそんな事はしない。
こくりの話を馬鹿にせず、言葉通りに表情を曇らせて怖がった。
それはそれとして、こくりと実果が話している“パパ”もしくは“お狐さま”。
いったいどう言う事なのかと言うと、それは――――
「おお。狐栗、ここにいたのか」
不意に聞こえた声。
こくりと実果はその声に振り向くと、そこにいたのは、ぼんやりとした半透明な白い毛並みの狐の霊。
半透明な狐は宙に浮いていて、二人が振り向くとその体の透明度を下げて、ハッキリとした白い毛並みの色をした狐となる。
しかし、その体は、下半身が揺らめいていてたよりない。
「パパ」
「お狐さま、今日もお疲れさまです」
「うむ。こくり、お利口にしておったか?」
「いつも通りです」
「そうかそうか。いつも通りか。結構結構」
この下半身揺らめく白い狐の霊ことお狐さまが、こくりのパパである。
と言っても、もちろん血は繋がっていない。
お狐さまはこくりの答えに満足すると、直ぐに真剣な面持ちになる。
その姿は神々しく、凛とした佇まい。
しかし、それもその筈だろう。
こくりのパパであるお狐さまは、とある稲荷神社に祀られている神様なのだ。
その姿は威厳を放ち、神としての権威を持つに相応しいもの。
霊などと例えたが、そんな低俗なものと比べるのは烏滸がましい程の存在である。
そして、神様たるお狐さまのその真剣な面持ちで全てを察し、実果も笑みをやめて真剣な表情を見せた。
「初等部の旧校舎の保健室周辺に、“妖”の気配を感じた。生徒たちが噂しておる学園の七不思議の一つ、“動く人体模型”は本物じゃな」
「やっぱりそうなのですねえ。どうしましょう。暫らくは出入り禁止にした方がよろしいですかね?」
「なあに心配せずとも、これから儂とこくりで退治して来る。実果は自分の仕事をしておれば良い。のう? こくり」
お狐さまがそう告げてこくりに視線を向けると、こくりは頷いた。
しかし、頷いたはいいが、口の中にクッキーを詰め込みすぎていて喋れない状態。
そしてそんなこくりの姿を見て、お狐さまは慌てる。
「いかん! 狐栗! 夕飯前にそんなに食べては太ってしまうぞ!」
「うふふふ。ぷっくらしたこくりちゃんもきっと可愛いですよ」
残念ながら、ツッコミ担当が不在なこのメンツ。
先程までの神の威厳は何処へやら。
ズレにズレた事を言って慌てるお狐さまに、それを素で返す実果。
そして、そんな二人を眺めながら、こくりは口に詰め込んだクッキーをもぐもぐしてごっくんする。
「デザートは別腹だから平気です」
こくりもまた、ズレていた。