3時間目 合いの手はタンブリン(3)
こくりのツバメ騒動があった夜の事。
晩御飯もお風呂も済ませて、みっちゃんは自分の部屋で宿題を終わらせていた。
「ねえ、みつこちゃん。そんなの良いから笛の練習を聞かせてよ」
「ダメだよ。ちゃんと宿題しないと授業についていけないもん」
「ええー」
みっちゃんの宿題を邪魔する悪者は、夏休み前に絹蔦家に現れた変異体の妖。
アライグマの姿をしたグマ子だ。
グマ子はあれからみっちゃんの部屋にこうして居座っていた。
みっちゃんに命を助けてもらった恩もあり、かなり大人しく……と言うか、懐いている。
そして、グマ子のここ最近の楽しみは、みっちゃんのリコーダーの音を聞く事。
今日はたまたま音楽室が使えたので、防音バッチリな音楽室で練習をしていたけど、普段のみっちゃんは家で頑張っている。
そして、グマ子はみっちゃんが練習しているリコーダーの音が気に入り、毎日の楽しみにしていた。
みっちゃんとしては、家で練習するとご近所さんにも聞こえるし、恥ずかしいのであまり吹きたくないようだが。
「クューン」
不意に聞こえたてんぷらの鳴き声。
だけど、聞こえても当然。
何故なら、勉強机に向かって勉強するみっちゃんの膝の上に、てんぷらが丸まっているのだから。
てんぷらは声を上げると、みっちゃんの膝の上から床に飛び降りて、その辺に放り投げられていたランドセルに頭を突っ込んだ。
「あ、てんぷら。そんな事したらダメだよ」
「ほら。てんぷらちゃんだって、アタシと同じで笛を聞きたいって言ってるわ~」
「……はあ。仕方ないなあ」
みっちゃんは椅子から降りて、てんぷらをランドセルから離して、リコーダーケースを取り――――
「――あれ? 無い……。あれえ?」
リコーダーをしまった筈のリコーダーケース。
それが、何故かランドセルの中に入っていない。
みっちゃんは首を傾げて、あれあれと呟き、今度は部屋の中を探し出す。
しかし、学園から帰って来てからリコーダーケースを出した覚えも無いのだから、見つかる筈も無い。
「ええ~? なんで~? うーん…………」
思い出すのは、今日放課後に練習をした事。
あの時は間違いなく持っていて、時間も下校時刻が近づいていたから帰ろうと思い、そして片付けた。
それから担任の先生が呼びに来て、そのまま……といった所で、漸くみっちゃんは思い出す。
「リコーダーケースに入れた後、そのまま置いて来ちゃった! もおおおお!」
あの時、急ぐように音楽室を出て行ったので、リコーダーをケースごとすっかり忘れてしまったのだ。
それを思い出し、みっちゃんは頭を抱えた。
「どうしたの?」
「クューン」
「リコーダーを音楽室に忘れて来ちゃったの。練習は出来無さそう」
思い出すのは、今日の帰り道でお狐さまが言っていた言葉。
お狐さまに自分から妖がいる所に行くなと言われて、まさにその機会が訪れている。
何故なら、学園の七不思議の一つに“独りでに鳴るリコーダー”があるからだ。
しかも、みっちゃん自身が以前こくりに出たと言っていたもの。
そんな危険な場所に取りに行けるわけが無い。
まさか、こんなに直ぐフラグが立つとは思いもよらなかったが、みっちゃんは取りに行かないと言う選択肢でそれを華麗に躱した。
リコーダーを急いで取りに行く必要も無いし、まさに最善の策。
しかし、その答えは、グマ子には残念なものだった。
「じゃあ、今日は聞けないじゃない」
よっぽどショックなのか、グマ子が落ちこんで顔をしょんぼりとさせる。
それを見て、みっちゃんも少し罪悪感に襲われて、グマ子の頭を撫でた。
「ごめんね。明日は忘れずに持って帰って来るから、今日は我慢してね?」
「……決めたわ!」
グマ子が突然大きな声を上げて、ゆらりと宙で一回転する。
そして、器用にガッツポーズのようなポーズをして、その瞳に闘志を燃やした。
「アタシが取ってくるわ!」
「ええええ!? あ、危ないよ! わたしが行ってる学園には“独りでに鳴るリコーダー”って言う七不思議があって――」
「七不思議だか七光りだか知らないけど、アタシは妖よ。何が来たって、綺麗にクリーニングしてやるわー!」
みっちゃんは止めようとしたが、止まらなかった。
「――ああ! 待って!? それ絶対フラグだよ!」
みっちゃんが叫ぶ中、グマ子は窓をすり抜けて外に出て行ってしまった。
慌てて窓を開けてグマ子の姿を捜すも、既にその姿は見えなくなっていて、あるのはまだ若干暑い外の空気だけ。
「行っちゃった……」
みっちゃんは呟くと、グマ子が無事に帰って来てくれる事を願った。
だけど、結局この日は、いくら待ってもグマ子が帰って来る事は無かった。
みっちゃんが心配で眠れない夜を過ごす中、芍薬寮で事件が起こっていた。
「音楽室の場所を聞きに来ただけなのに酷い! ぎゃあああああ!」
「こくりは眠たいのです。睡眠を邪魔しないで下さい」
そう。
芍薬寮で起こっている事件とは、音楽室の場所を聞きに来たグマ子が、“燐火”でお仕置きされている事件。
既に時刻は21時で、こくりは寝ている時間。
これは、こくりの睡眠を妨げてしまった事で起きた悲しい事件だった。