2時間目 合いの手はタンブリン(2)
「ケガをしなくて良かったよ~」
「こくりは崖から落ちても華麗に着地出来ます」
「まあそう言うでない。美都子は狐栗の事が心配だったのだ。その気持ちを酌んでやりなさい」
時刻は18時手前。
騒ぎは収まり、二人と一匹は下校中。
みっちゃんがお狐さまに頼んだおかげで、ツバメは窓から逃げて行き、こくりも無事に生還した。
そして、こくりが先生から注意を受けて、漸く帰路についた所だった。
「あ。今更なんだけど、他の人が見えてない時に、なんでわたしにはお狐さまが見えてたの?」
「む? 狐栗に聞いておらんのか?」
「言うの忘れてました」
「え?」
「儂の髭が入ったお守りがあるであろう?」
「ヒゲ……え? 抜け毛ってヒゲの事だったんだ」
お守りは大事に紐にくっつけて、首からネックレスみたいにして提げていて、みっちゃんは胸元から取り出す。
すると、それを見て、お狐さまは何やら納得と言いたげな表情。
「本来であれば、その髭は元々儂の体の一部だった故、見えるのは儂だけだっただろう。しかし、そこまで肌身離さず持っているとなると、霊感も高まる。今後は他の霊も見えてしまうだろうな」
「そうなの?」
冷や汗を流して、みっちゃんはお守りをジッと見つめる。
そして、ごくりと唾を飲み込んで、周囲をキョロキョロと見回した。
しかし、周囲を見ても、目に映るのは下校風景。
自分達と同じように下校途中のお姉さま方と、たまに目が合うだけだ。
まったく妖なんて見える様子はない。
みっちゃんがキョロキョロとした挙動不審な行動を終えると、お狐さまは話を再開する。
「儂の髭には強い“神力”が宿っておる。それは美都子を護る盾にもなるが、同時に妖を繋げる副作用も出てしまうのだ」
「ふくさよう……?」
「つまり、それを持っていると、見たくなくても妖が見えるようになってしまうと言う事だ」
「ええええええ!? うそー!?」
「嘘では無い」
嘘じゃ無いと言われても、周囲を見回しても何も見えなかったみっちゃんは、それが信じられなくてこくりに視線を移す。
すると、こくりは相変わらずの眠気眼な無表情で頷き、お狐さまの言葉を後押しした。
みっちゃんはそれを見ると、寒がっている人がやるように腕を組むようなポーズで、両手で腕をさする。
顔は若干だが青ざめていて、それなりに怖がってしまっていた。
「うう~。この学園って妖がいるんだよね? 怖い妖にバッタリ会っちゃったらどうしよう?」
「安心せよ。この学園におる妖は基本は安全なのだ。それはこくりがこの入園した時に既に調査済みじゃ」
「そうだったんだ。あれ? でも、学園の七不思議の“動く人体模型”と“人体デッサンの少女”に襲われたよ?」
「あれは変態です」
「え? あ、うん。そうだね?」
「変異体と言うのは特殊でな。奴等が自身から表立った行動をせんと、儂等にもハッキリとは分からんのだ。だから、捜しても見つからん」
「えええええ!? じゃあ、やっぱり安心できないよー! 急に出てくるかもしれないもん!」
「変態と会った時は逃げれば大丈夫です」
「そんなあ……」
「案ずるでない。そこでそのお守りだ。そのお守りは元々が護る為の物。妖が見えるようになろうと、それで変異体を引き寄せる事は無い。それどころか、そうして今まで通りにしっかりと身につけておれば、近づいても来んだろう」
「そっかあ。良かったあ」
みっちゃんはホッと胸を撫で下ろす。
しかし、このお狐さま、人が……いや、狐が悪い。
「だが、逆に言ってしまえば、変異体などの害をなす妖が集まる場所に自ら赴き、お守りを外してしまえば忽ち襲われる。決して馬鹿な事を考えるでないぞ?」
「…………」
お狐さまは真剣な面持ちで、と言うよりは、脅すような面持ちでみっちゃんに注意した。
それを受け、みっちゃんが黙ってしまい、お狐さまは「うむうむ」と満足したように頷く。
お狐さまからすれば、一応これもみっちゃんの為で、脅す事で悪い事を考えないようにしているのだ。
しかし、こんなやり方は今風ではなく古臭いし、何より回りくどい。
そしてなにより――
「怖くなったか? なあに、心配はいら――」
「それフラグって言うんだよ! 教えてくれるのはありがとうだけど、一言も二言も余計だよ!」
――完全なフラグ。
6才児なみっちゃんでも分かる程に、近い内に同じ様な場面が起こる前フリ。
みっちゃんが若干涙目で怒ると、お狐さまは冷や汗を流して一歩分後退る。
「う、うむ。すまぬ」
「みっちゃんはこくりが護るから大丈夫です」
「こくりちゃん……。かっこいい! きゃー!」
流石はイケメン幼女5才児こくり。
みっちゃんが黄色い声を上げて抱き付き、こくりは足を止めて受けとめて、いい子いい子と撫でてあげる。
それを見て、下校途中のお姉さま方が微笑ましいと、クスクスと笑みを浮かべた。