1時間目 ようじょのこくりちゃん(1)
この世に蔓延る怪奇な現象。
人々の心から忘れ去られていく“おばけ”や“幽霊”や“妖怪”の類。
それ等が詰まったこの世の不思議は、
時が経つにつれ薄まっていく。
だが、そんな不思議が今でも集まる場所がある。
それが、世界に名だたる名門女子校【私立妖花威徳女学園】。
幼稚舎から大学までエスカレート式に通える少女達の学び舎。
“妖花”や“威徳”などと言う可笑しく奇怪な名の学園ではあるが、
設立当時はこの名前が【徳女】と略されて話題となり、
徳を積む事の出来る学園として、名家のお嬢様方からの注目を集め、
今では名門と呼ばれる学園となった。
しかし、時が経ち、今では若者たちから【妖女】と呼ばれ、
その名に釣られた一部マニア達からも一目置かれた乙女の園。
この物語は、そんな可笑しな名の学園に通う幼女『狐栗』の、
奇妙で不思議な妖が満載な物語である。
◇
季節は初夏。
夏休み手前の7月前半。
私立妖花威徳女学園の幼稚舎に、幼女達がプールの時間を楽しむ姿があった。
まだ幼い4才から6才の年少と年長の幼女たちは、ニコニコ笑顔の先生たちが見守る中で、今日も可愛らしい姿で楽しく遊び回っている。
そしてその中心には、狐耳のカチューシャを付けたままプールに入る幼女がいた。
「こくり必殺のすいとんの術を使います――ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ…………」
「「おおおーっ!」」
自分を“こくり”と呼んだのは、狐火狐栗と言う名の幼女。
誕生日は先月の9日に済ませていて、今は5才の年少さん。
体型は細めで、身長は96.5センチで他の子と比べてちょっと小さ目。
眠気眼な無表情をしている為、喜怒哀楽が分かり辛い。
髪の毛は前髪パッツンで、可愛らしい眉毛が見えていて、後ろの髪はとても長く膝上の高さまであるストレート。
そして、プールの水に潜って狐耳だけちょこんと出している。
そんな幼女のこくりは、数秒どころか五分以上も水の中に潜り続け、遂には先生たちがそれに気づいて慌て出す。
「大変! こくりちゃんが! こくりちゃんが溺れてるわ!?」
「宗内先生! 早く救急車を!」
「はいー!」
と、そこで、ザパアッと聞こえる軽快な音と水飛沫。
先生たちは動きを止め、たった今忍者っぽいポーズでプールから出たこくりに視線を移した。
「こくりちゃんすごーい!」
「かっこいー!」
「ぶぶぶぶ言ってたよー!」
キャーキャー騒ぎ出す幼女たちの真ん中で、こくりは眠気眼な無表情は変わらず何処か得意気なドヤ顔。
それを見て、先生たちは膝から落ちるように地面に座りこんだ。
但し、一人を除いて。
「こくりさん! 危ない事をしては駄目でしょう!」
「――っ」
眉根を吊り上げて怒ったのは、胸に“やまぞの”と文字が書かれた幼稚園バッジを付けた先生。
山園久美子と言う名前の、普段は優しいけど、悪い事をしたら怒るオニババアとして園児たちから恐れられる幼稚舎のボスだ。
しかし、このこくり、全く恐れる事も無く眠気眼な無表情でオニババア基山園先生と目を合わす。
「危なくないです。こくりは一時間息を止められます」
明らかに嘘と思えるこくりの言葉。
こくりはいつも通りのメリハリのない声色でそれを告げ、忍者っぽいポーズをする。
すると、山園先生は眉根を下げて、こくりに目線を合わせてジト目を向けた。
「嘘おっしゃい。今度やったら理事長に言いますからね?」
「それは困ります」
流石のこくりもこれには困ってしまい。
しかし、眠気眼な無表情は変わらずに、ちょっとシュンとしたような気がする程度のメリハリのない声色。
と言うのも、これには事情があった。
こくりはとある理由で特待生として入園していて、あらゆるお金に関するものを免除してもらっている。
そして、この学園の理事長がこくりの保護者代わりとなっている為、報告されると迷惑をかけてしまう。
だから、こくりは理事長にだけは言われると困るのだ。
「もうしません」
「よろしい」
こくりが反省をすると、山園先生は笑顔で頭を撫でて立ち上がり、周囲で見ていた園児たちに視線を向けた。
「はーい。みんなも危ないからマネしては駄目よ。分かったわね~」
「「はーい!」」
園児たちが元気な返事をしている中、怒られたこくりは落ち込んで――――
「――っ山園先生! こくりちゃんがまた潜ってますー!」
「えええ!? こくりさああん! いい加減にしなさああああい!」
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ…………」
山園先生の怒声が園内に鳴り響き、全く落ち込んでいないこくりは、自称すいとんの術で潜り続けたのだった。