5時間目 深夜のドキドキ初体験(2)
学園の七不思議の一つ“人体デッサンの少女”。
旧校舎の美術室で深夜に現れると噂されている全裸の少女。
その少女は自分をモデルにして絵を描く事を強要し、完成した絵が気に食わなければ襲ってくる。
もちろんそれは完成しなかった場合も同じ。
それ故に、脱がされてしまうと少女たちから恐れられている怪異である。
夜も深まった24時。
こくりとみっちゃんは手を繋いで旧校舎の廊下を歩いていた。
もちろんこくりは既に臨戦態勢で、お尻から“燐火”の尻尾を揺らめかせている。
しかし、今回はいつもと違う服装……いや、服装と言うか肌着と下着のみだった。
上はシャツで下はカボチャパンツ。
そして、裸足。
まるで家にいるようなラフすぎる格好。
みっちゃんはと言うと、お泊りセットを親が届けてくれたので、その中にあったチェック柄のドッキングワンピースを着ていた。
それに、ちゃんと学園指定のシューズも履いている。
何故ここまで差がついてしまったのか、それは誰にも知る事は出来ないが、これだけは言える。
こくりは大真面目だ。
「こくりちゃん、やっぱりその格好で歩くのよくないよ。着替えて来ようよ」
「これはこくりの正装です。いつも野山をこの姿で駆け回っていました」
「え? 野山……?」
「でも、パパに見つかると怒られます」
「じゃあ着替えようよ!」
流石はこくり。
相変わらずの眠気眼な無表情の奥底に隠れたドヤ顔をして、みっちゃんが最早お馴染みになったツッコミを入れた。
しかし、残念ながらタイムアウト。
みっちゃんのツッコミが入った所で、旧校舎の美術室に辿り着いてしまう。
お狐さまがいない今、こくりは野山を駆け回る日々に思いを馳せ、解放的な気分をぺたんこな胸に抱き扉を開いた。
すると――
「誰もいないね」
「いないです」
――何か変わったものがあるわけでも無く、噂の“人体デッサンの少女”は見当たらなかった。
それに、ここに来た事で、こくりはある事に気がついた。
「変態の気配がしないです」
そう。
変態……ではなく、変異体の気配が全くしなかったのだ。
もし本当にここで怪奇現象が起きていれば、お狐さまと同じように、こくりもその気配を感じる事が出来る。
しかし、ここにはそれを全く感じない。
つまりこれは、所詮はただの噂話のデマだったと言う事。
「なんだ~。ちょっと怖かったんだけど、なんだか拍子抜けしちゃったね。じゃあ、こくりちゃんの部屋に戻って寝よう? 実はわたし今すっごく眠いんだよ~」
「……こくりはもう少し調べてから帰ります。みっちゃんは先に帰って下さい」
「え? 何か調べるなら、わたしも手伝うよ?」
「寝不足はお肌の大敵って山園先生が宗内先生とお話してました」
「え? 誰? 幼稚舎の先生?」
実はみっちゃんは初等部からこの学園に通い始めたので、幼稚舎の先生を知らない。
しかし、今はそんな事はどうでも良い事。
みっちゃんは尋ねたものの、直ぐに「そうじゃなくて」と言葉を続ける。
「わたしがお泊りするって決めたのは、旧校舎にこくりちゃんを一人で行かせない為だもん。だからつきあうよ」
「わかりました。それなら、こくりはここに似た教室がないか探してきます」
「え?」
「みっちゃんは念の為にここに残っていて下さい。何かあったら、叫べば来ます」
「叫べば!? それ襲われるの前提だよね!?」
「いってきます」
「えええええ!? 別々になったら、わたしが来た意味が――――」
悲しいかな。
みっちゃんの魂の叫びはこくりには届かず、この場に一人取り残されてしまった。
みっちゃんはしょんぼりと顔を悲しませ、そして、周囲を見回して顔を青ざめさせる。
「……やだ。一人だと雰囲気が凄く怖いよここ。こくりちゃん待ってよー!」
旧校舎だけあって使い古された感じも極まり、雰囲気はとても不気味だった。
だから、みっちゃんは飛び出すように美術室を出て、こくりの後を追いかけて行った。