6時間目 妖退治出張サービス(3)
狸のてんぷらが逃げ去ると、その時、お狐さまが何やら真剣な面持ちになる。
そして、てんぷらの逃げ去る姿を悲しそうに相変わらずの眠気眼な無表情で見つめるこくりに、前足で触れた。
「狐栗よ、何やら店が騒がしい」
「お店ですか?」
「え? 騒がしい……? わたしは何も聞こえないけど……」
「パパは狐だから人より聴覚が優れてます」
「そうなんだ。あ、お店の事は気にしなくて良いよ。多分、また汚れちゃっただけだと思うし」
「む? また汚れた?」
「はい。実は最近何故かうちでクリーニングした服が、数日後に綺麗にした筈の染みが再発するんです」
「染みが再発……? それは、同じ所に、同じ汚れがつくと言う事か?」
「そうなんですよ。袋から出してないのに染みが残ってたって言う人もいて。それで、うちのせいだって言うお客さんが増えてるんです」
「ふむ。それは困った事になっておるのう」
「はい。あ、でも、最近はクリーニング屋はあまり儲からないから、殆ど工場とかの業者さん相手なんです。だから、どうせ汚れるからって、気を使ってくれるんです。でも、信用は無くなる一方だし、ただでさえ少ない一般のお客さんはどんどん遠ざかっちゃって……」
「…………」
みっちゃんのクリーニング屋で起きている奇妙な事件。
それは、みっちゃんが話した通りのおかしなもので、話を聞けばまさかの結構な重い出来事。
しっかりとクリーニングを終えて、綺麗になった事も確認し、お客様にお返ししている。
それなのにもかかわらず、クリーニング後に袋から出していなくても、数日後に全く同じ汚れが出来る。
そんな不思議で奇妙な事件。
「妖の気配を感じると思ったが、この家に居座って悪さをしているかもしれぬな」
「そうなんですか?」
「変異体の可能性もあるのう」
「はい。変態の仕業です」
「……変態の…………」
ごくり。と、みっちゃんは緊張した面持ちで唾を飲み込む。
「ど、どうしよう?」
「任せて下さい。こくりが変態を焼却します」
「そうだな、狐栗。ピザのお礼をするのだ」
「はい。とっても美味しかったです」
「ありがとう、こくりちゃん、お狐さま」
みっちゃんがお礼を言うと、早速こくりが“燐火”を灯す。
こくりのお尻からはモフモフな狐の尻尾が青白い炎となって出現。
ただ、今回は目の前に同じ青白い炎は浮かせなかった。
しかし、みっちゃんからしてみれば、尻尾だけでも十分に不思議な現象。
みっちゃんはその尻尾に視線を向けて、そっと手を近づけた。
「わあ。凄いねえ。これ、触ったら危ないんだよね?」
「こくりの燐火は妖だけを焼却するものだから、普通の人には安全です」
「そうなんだあ。すっごいモフモフしてるけど、さわれるの?」
「みっちゃんは普通の人だからさわれません」
「そっかあ。残念だなあ」
本当に残念そうに肩を落とし、しょんぼり顔のみっちゃん。
すると、こくりはみっちゃんの前に立ち、頭を前に傾けた。
「こっちはさわって良いです」
「え? うん。ありがとう」
こくりの心遣いに、みっちゃんは嬉しくなって頭を撫でる。
しかし、少し違っていたらしい。
「そっちじゃないです。こくりの狐耳です」
「そ、そっちか。あはは。ごめんね」
「でも、仕方ないから両方さわって良いです」
「っ。ありがとう、こくりちゃん」
ここに、ほんわか空間が出来上がる。
気が付けば、こくりがみっちゃんに背中を預けて座り、みっちゃんはそんなこくりの頭と狐耳を撫でる。
二人は仲好くお座りして、撫でられる側と撫でる側でご満悦。
更にはこくりが「ピザは美味しい食べ物です」と、よっぽど気にいったのかピザの感想を楽しそうに話しだす。
みっちゃんもニコニコと「良かったね~」なんて言いながら聞き始めた。
しかし、忘れてはならない。
とっても仲がよく微笑ましい二人だが、今はそんな事をしている場合では無い。
「仕方が無いのう。儂一人で妖を捜すとするか」
お狐さまはそんな事を呟いて、二人を置いて部屋を出て行った。