プロローグ
誰もが子供の頃に“学校の七不思議”を聞いた事があるだろう。
その奇妙で不思議な怪奇現象は、地域や学校によって様々な何処にでもある怖いお話。
お嬢様が通う学び舎【私立妖花威徳女学園】と言う名の名門女子校にも、もちろんその七不思議はあった。
一つ、“独りでに鳴るリコーダー”。
二つ、“人体デッサンの少女”。
三つ、“開かずのトイレ”。
四つ、“動く人体模型”。
五つ、“ゆうわくの絵本”。
六つ、“ハナだらけの生物室”。
七つ、“――――――――”。
七不思議とは、最後の一つ、七つ目を知ると死んでしまう呪いがある。
この学園もそれは同じで、少女達が知るのは六つだけ。
誰一人として、最後の一つを知らない。
知ってはならない。
知ればその命をもって、必ず後悔してしまうのだから。
◇
「ううぅ……。どうしよう。こんな時間まで眠っちゃってたなんてぇ」
季節は初夏の7月上旬。
ここは、私立妖花威徳女学園の旧校舎。
下校時刻もとっくに終わった午後7時。
しかし、季節的にはまだ明るく、太陽は沈みきっていない時間。
そんな時間に、初等部一年生の少女が保健室の中で、扉から廊下の様子を窺っていた。
何故こんな事になっているのかと言うと、ちょっとした理由がある。
少女は旧校舎の保健室のベッドで仮眠したつもりが随分と寝てしまい、こんな時間に目を覚ましてしまったのだ。
と言うのも、本校舎の保健室であれば保健の先生が下校時刻までに起こしてくれるが、ここ旧校舎の保健室ではそうはいかない。
しかし、まだ一年生である少女には、そんな事が分かる筈も無かった。
しかも、旧校舎は生徒も先生もこんな時間には来ない場所。
そんな偶然の様な必然が重なって、旧校舎の保健室に取り残されてしまった。
さて、そんなこの少しマヌケな少女だが、未だにこの保健室を出れずにいて、扉から廊下に顔だけ出して周囲を窺い警戒している。
何故ならば――
「本当に出るのかな? 動く人体模型……」
――そう。少女は恐れていた。
旧校舎の保健室の周辺で、コートを着た人体模型が深夜に動いて追いかけてくると言う学園の七不思議。
学園に通う生徒なら、誰でも知ってる学園の七不思議の四つめ“動く人体模型”。
少女はそれを恐れていたのだ。
因みにだが、この旧校舎の保健室には人体模型が無い。
あるのはベッドが一つと少しの薬品のみだ。
それだって、部活動で旧校舎を利用している生徒の為に備えられているだけ。
だからか、逆に殺風景な保健室の雰囲気にあてられて、尚更少女の恐怖は段々と膨れ上がっていく。
コツ――コツ――
「――っ」
不意に聞こえた音。
まるで硬い何かが廊下の床に当たっている様なその音に、少女はビクリと体を震わせる。
(ヤダヤダ。怖いよぅ)
などと考えながら、少女は音の聞こえた方に顔をゆっくりと向け――
「――きゃあああああああああ!!」
少女は驚き悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。
少女が見たのは、学園の七不思議の一つ“動く人体模型”。
もう季節は梅雨を過ぎた初夏だと言うのに、噂通りのコートを着た動く怪奇。
少女はひたすら逃げに逃げたが、悲しい事にまだ6才。
誕生日をまだ迎えていない幼稚舎上がりの少女の足は速くもなく普通。
いや、寧ろ遅いまである。
そんな足で逃げきれるかと言われると、足が速くなるシューズを履いても、ドーピングを決めても無理な話だ。
ましてや少女は、当然ながらにそんなもの一つすら履いてもやってもいない。
あっという間に回り込まれ、絶体絶命の大ピンチに追い込まれてしまった。
「――――っ」
あまりの恐怖で声を上げる事が出来なくなり、更には恐怖で尻餅をつく。
そして、そんな少女に人体模型はジリジリと近づいて行き――――
「――きゃあああ…………あ?」
悲鳴を上げている途中で目を点にして、少女は頭上にクエスチョンマークを浮かべて固まった。
何故ならば、人体模型が少女に近づいた直後に、コートを広げて自身の臓物丸見えな姿を見せたからだ。
もちろんそれはそれで恐怖だが、襲われてしまうと思っていた少女としては、言うほど怖くない。
ただ、怖くない理由の一つとして、恐らく時間の問題もあるだろう。
今は午後7時と遅い時間とは言え、季節的にはまだ明るい。
多少暗くはあるが、それでも暗闇程の恐怖は無いと言える。
更に言えば、臓物と言っても作り物。
なので、怖いには怖いが、思ったほどの怖さは無かった。
「…………」
少女と人体模型の目がかち合い。
そして次の瞬間、人体模型の全身が青白い炎に包まれた。
「――っきゃあああ!」
少女的には突然に巻き起こった人体模型の発火の方が、よっぽど怖くて、悲鳴を上げて涙目になる。
すると、小さな影が燃える人体模型の頭に跳び蹴りを食らわせ、少女の目の前に着地した。
「大丈夫ですか?」
目の前に現れたのは、少女よりも小さな少女……と言うよりは幼女。
体型細めで身長が100センチにも満たない幼さで、眠気眼な無表情。
髪の毛は前髪パッツンで可愛らしい眉毛が見えていて、後ろの髪はとても長く、膝上の高さまであるストレート。
「…………うん」
少女は幼女に返事をして頷いたが、それ以外の反応が出来なかった。
その理由は、今の自分の置かれた状況に混乱しているからでも、青白い炎に包まれる人体模型のせいでもない。
それは、自分を助けてくれた幼女の姿が、とても奇妙な格好だったからだ。
幼女は頭に狐の耳のカチューシャを付けていて、更には穿いているスカート……と言うよりは可愛らしいお尻から、青白い炎の尻尾が生えていた。
しかもそれは、今絶賛燃焼中の人体模型と同じ色。
少女は目を奪われ、そして、幼女は手を差し出す。
「こくりはこくり。立てますか?」
「へ? あ、うん。こくり……ちゃん? わたしは美都子。ありが――――」
その時、少女の目に、狐の霊の様なものが目に映った。
そしてその狐は、白い毛並みでぼんやりと浮かび、幼女の背後から顔を覗かせる。
「――きぃいやああああああああああああああ!!」
少女は驚き悲鳴を上げて、幼女が差し出した手を取る前に、真っ白になって気絶した。
そして、そんな少女を前にして、幼女は眠気眼な無表情をピクリとも動かさず耳を両手で塞ぐ。
「うるさいです」
※次回から本編です。
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