2 エルフの浮浪児
クーナさんと別れて店に戻ったら、店の前に浮浪児のララが座り込んでいた。
始めて会った時は四、五歳くらいのエルフの餓鬼だったので、可哀想に思って一度肉を恵んでやったら、居着かれてしまった。
店の前に浮浪児が座っていると商売の邪魔になるので、何度も追い払おうとしたが、逃げ回って捕まらなかった。
結局僕の方が根負けして、爺さんの居ない時は店の中に入れて客の目に付かないようにしている。
何回か帰って来た爺さんに見つかって、僕と一緒に半殺しにされているのだが、それでもここを離れようとせず、爺さんが出掛けた隙を見てやって来る。
野良猫と一緒で、適当に餌を与えると、夜は自分のねぐらへ帰って行く。
店の結界を解除し、ララを店の中に入れてやる。
そこが自分の居場所と主張するように、ララは店の奥の荷物の影に座り込む。
外は暗くなり始めていたので、店の結界を遮光に切り替え、蠟燭に灯を灯すと、暖かい光が店の中に広がった。
腹が減っているのだろうか、ララがさっきから僕の動きを目で追っている。
仕方が無いので、荷物から炭と穀粉とフライパンを取り出すと、ララが嬉しそうに荷物の影から身を起こし、店奥の火鉢の前にちょこんと陣取った。
火鉢の灰の上に炭を乗せて、灰の中に残っている熾火を吹いて、灰の上の炭に燃え移らせる。
炭に火が燃え移ったことを確認してフライパンを乗せる。
背負子の裏に隠してあった売り物の肉を取り出し、フライパンで炒め始める。
爺さんに放置されて一度飢え死にしかけた僕は、自力で何とかしなければならないことを学びんだ。
爺さんが持ち込んだ肉の量に無頓着なのを感じ取った僕は、肉を密かに隠し、近所の店で物々交換することを覚えた。
近所の店の店番も僕同様の連れ人が多く、言葉は通じなくとも、僕の事情を直ぐに察してくれた。
おかげで僕は、客の呼び込み方や画面での決済の仕方、この世界の共通言語、数字や計算の仕方を、近所の店番達から教わることが出来た。
次に壺に保存してある塩漬け野菜を刻んで肉に混ぜる、野菜に火が通ったことを確認してから、水に溶いた穀粉を流し込む。
僕の世界では、パタと呼ばれる定番料理で、結構腹に溜まる。
裏返して十分に火が通ったことを確認して、ララの皿に置いてやる。
「え!いいのか、食っちゃうぞ」
何時もは屑肉を炒めて与えるだけなので驚いている。
「ああ、今日は大盤振る舞いだ」
ララが泣きながらパタにむしゃぶりついている。
必要ならば、穀粉や野菜を買うことができるので、苦労して手に入れた穀粉や野菜を節約する必要性が無くなった。
だから、これは僕自身に対する大盤振る舞いでもあるのだ。
満腹になると幸せな気分になる。
ララも幸せそうな顔をして、ララ用の毛布に包まって横になっている。
「ララ、外は寒いから、泊まって行くか」
「えっ、良いのか・・・。でも爺が来たら」
「爺さんはもう来ないよ。北壁に納めて来た」
「えー!爺死んだのか」
「ああ、鍵は俺が引き継いだ」
「じゃっ、マグがここの主人か」
「ああ」
「なら、俺を連れ人にしろよ。エッチなことだって、なんだってさせてやるぜ」
薄汚れてて良く判らないが、本人は自分が女だと言っている。
まだ餓鬼なので胸が全然ないから良く分からないが、僕の気を引くための嘘だと思っている。
僕も爺さんに買われた時は、女の恰好をしていた。
孤児院の院長が、女の方が良く売れると言って、全員に女の恰好をさせていたのだ。
まあ、本当に女だとしても、こんな薄汚れた棒切れの様な餓鬼じゃ、僕の食指はピクリとも動かない。
だが連れ人は必要だ。
現世界での狩りには囮役が必要なのだ。
僕は、爺さんがやっていた狩りの方法しか知らないからだ。
僕が囮として獲物を引き寄せ、爺さんが木の上から襲い掛かる単純な方法だ。
ララは僕より素早いから、たぶん大丈夫だろう。
熊と素手で殴り合える爺さんの様には行かないが、野犬や角兎程度なら僕でも大丈夫だろう。
「うん良いよ。でも後で文句を言うなよ」
「ひゃっほー、やったぜ」
ララは躍り上がって喜んでいる。
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「ひゃっほー、やったぜ」
やっと俺にも運が回って来た。
トロそうな餓鬼なので食らい付いていたが、正解だったぜ。
俺達浮浪児は、市民権すら無い。
その辺のゴミと一緒だ。
盗みとかっぱらいで食い繫いでいるが、そろそろ監視兵に目を付けられ初めている。
牢屋に入れられたら、俺達なんかに飯は回って来ない。
動けなくなって、ゴミと一緒に処分されてお終いだ。
生き残る方法は二つ。
一つは、早く売春婦になって稼ぐことだ。
でも俺は、身体が全然成長しねえ。
成長を待ってたら、飢え死にしちまう。
もう一つは、異世界人に取り入って寄生することだ。
異世界人達は豊なので、これはもう俺達の憧れだ。
売春婦と違って客引きに苦労することも無いし、子供を孕んでも大丈夫だ。
寒い夜に凍えることも無くなるし、歓楽街で残飯を奪い合いも必要無くなる。
それに、毎日旨い飯が腹一杯食えことが一番嬉しい。
へっ、へっ、へっ、もう一生逃がさないぜ。
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ララを連れ人に登録したら、ララの腕に腕輪が現れた。
この世界の住民は全員監視されていると思ったので今まで気が付かなかったが、浮浪児は例外らしい。
毛布に包まって、嬉しそうに腕輪を摩りながら表示窓を眺めている。
だいぶ冷え込んで来たので、火鉢に炭を少し足す。
結界を張っているので多少緩和されているが、魔力を節約しているためか、この世界の夜は物凄く冷える。
少し落ち着いたので、毛布に包まって表示窓を呼び出す。
昼間得た籤引きを試してみるためだ。
籤引き画面を呼び出し、十回券を指で押す。
すると、使用するかどうか聞いて来るので、”はい”の表示を押す。
何か胸がドキドキする、これは病み付きになりそうだ。
画面が切り替わり、俺を模した三頭身の人形の絵が十一人が現れ、巣で卵を暖めている怪鳥の群れに突撃した。
五人が怪鳥にボコられて撃沈し、六人がボロボロになって卵を抱えて戻って来た。
画面に卵が表示される。
卵には色が付いており、白い卵が三個、銅色の卵が一個、銀色の卵が一個、金色の卵が一個だった。
白い卵を割る。
中から、魔力付加一ポイント、補助券一枚、百リロが飛び出して来た。
個人情報画面を開いてみたら、能力値に魔力という欄が増えており、0/1と表示されている。
銅色の卵を割る。
中から、魔力付加十ポイントが飛び出した。
銀の卵を割る。
中から、鑑定というスキルが飛び出した。
個人情報画面を開きスキル欄を確認したら、鑑定というスキルが増えていた。
点滅していたので鑑定と言う字に触れてみたら、”画面情報の二次情報を得られるスキル”と表示された。
試しに画面上の他の文字に触れてみたら、文字の意味を表示する窓が開くようになった。
最後に金の卵を割ってみる。
中から、雷魔法講習券が飛び出して来た。
籤引き券の画面に雷魔法講習券が表示されていたので、文字に触れてみる。
”雷魔法を取得するための講習参加券。講習は毎日八時から十二時まで、三等級市民居住地の魔法ギルドで行われる。四等級市民及び五等級市民は、この券を保持することにより、三等級市民居住地に入ることができる”
鑑定のスキルが無ければ、雷魔法講習券の使い方を調べるのに苦労しただろう。
鑑定は、結構役に立つスキルのようだ。
ララは眠った様だ。
穏やかな寝息が聞こえて来る。
火鉢に炭を足してから、蝋燭の火を吹き消す。
爺さんの迷惑な鼾は論外だが、直ぐ近くから寝息が聞こえると気持ちが落ち着く。
僕は目を閉じて、意識を手放した。