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偏屈爺さんがポックリ死んだ  作者: 郵座寧夢
1/2

1 爺さんが死んだ

 夢をみた、エルフの姉ちゃんを押し倒す、物凄く幸せな夢だった。

 だが腿を嘗め回し、パンツに手を伸ばした肝心なところで呼び出し音が頭の中に響き、目が覚めてしまった。

 目を擦りながら店の外に目を移すと、歩廊に人影は無く、空はまだ薄暗かった。

 監視腕輪に触れて、表示窓を呼び出す。


 ここは、時空の狭間に作られた魔法都市コーロン。

 僕が寝ていたのは、異世界市場と呼ばれる膨大な商店街の一画にある店の中だ。

 僕は元々この世界の人間ではない、この世界へ入る鍵を持っている爺さんに連れて来られたのだ。

 資源を一切持たないこの世界は、異世界に鍵をばら撒くことにより、異世界人達に資源を持ち込ませている。

 僕の主人である爺さんは、森の中でたまたま鍵を拾い、この店を与えられたらしい。

 店と言っても、間口3メトル、奥行き4メトルの露店に毛の生えた程度の広さの小さな店だ。

 六階建ての建物の六階という条件の悪い場所だが、僕等の世界で狩りをして持ち込む獣肉は、それなりに捌けている。

 

 案の定、表示窓には、手紙の印が点滅している。

 多分、歓楽街の保護牢からの呼び出しだろう。

 爺さんは、この世界に戻って来ると、「売れ」と一言いって僕を殴り、直ぐに歓楽街へ出かけて行くのだが、虫の居所が悪くなると誰彼関係なく殴り掛かる困った爺さんなので、売春宿や酒場でトラブルを必ず起こして、保護牢へ一晩入れられる。

 人は歳を経ると穏やかになると勘違いしている馬鹿な奴は多いが、嘘吐き女はそのまま嘘吐き婆になるし、狂犬は、死ぬまで迷惑な狂犬のままだ。


 手紙の印に指を触れると、メールが目の前に表示される。

 コーロンの住民は、監視用の腕輪の着用が義務付けられており、腕輪は魔道具なので一旦着けると外すことが出来なくなる。

 色々な情報が閲覧できる便利な魔道具なのだが、本来の目的は、盗みや詐欺、殺人などの罪を犯した人間にこの腕輪が反応して、監視兵達に自動的に通報する治安維持の道具なのだ。

 この義務は異世界人にも適用され、僕もこの世界では監視下に置かれている。

 物の売り買いも、この腕輪の機能として表示される窓上でのやり取りで行い、常に適正価格での商売しか出来ないし、税金は自動的に徴収される。


 僕は爺さんの連れ人という身分なので、機能は限定されている。

 監視兵への通報は通常通り行われるが、物の売り買いの際、売りの画面は表示されて売ることは出来るが、買いの画面は表示されず、この世界で物を買うことはできない。

 最も、買いの画面が表示されたとしても、店の売り上げは全て爺さんの表示窓へ転送されてしまうので、常に無一文状態だから意味はない。

 最初に訳も分からずこの世界に連れて来られた時は、4日間放置されて飢え死にしそうになった。


 メールを読む。

 文字は必死で近所の店の人に教わり、何とか読める様になった。


”貴方の主人が無くなりました。遺体は歓楽街の寄り合い所に安置されていますので、検視官立ち合いの元、確認願います”


 ・・・・!爺さんが死んだようだ。

 人は殺しても、自分は死なない悪霊の様な奴じゃないかと思っていたから驚きだ。

 

 爺さんから、家畜同然に扱われた日々が頭の中に蘇る。

 狩りの囮に使われ、野犬に嚙みつかれた時は、四日間熱に苦しんだ。

 森猪に跳ね飛ばされて肋骨を折った時は、一月苦しんだ。

 それでも、爺さんの飯の支度や掃除洗濯や風呂の準備、荷物運びや獲物の解体作業を休むことは許されず、本当に死ぬかと思った。

 保護牢から帰った後、腹癒せに数時間殴られ続けた時は、殺されると思った。

 爺さんから解放されて清々すると思っていたのに、何故か、一人この世の中に残されたような不安感に襲われ、涙がこみ上げて来た。

  

 寄り合い所の真ん中に、爺さんの亡骸がぽつんと台にの上に置いてあった。

 爺さんは、穏やかで幸せそうな顔をして横たわっている。

 普段、苦虫を噛み潰した様な顔か怒った顔しか見たことがない狂犬のような爺さんだったので、物凄く不思議な感じがする。


「貴様の主人で間違いはないな」

「はい」

「寿命だな。再生で命を繋いでたみたいだが、魂の定着力に限界が来たのだろな。精子と一緒に魂も中出ししてしまったらしい。死体の処理はどうする、自分の世界に持って帰るか」

「いいえ、爺さんはここが好きでしたから、こちらの世界で葬って下さい」

「表示窓の五ページ目に埋葬申請の様式がある。そう、それだ。申請しておけ、費用は爺の財布から支払われるから大丈夫だ。見送りの神官は呼ぶか」

「爺さんは神様と宗教を嫌ってましたから、ゾンビになって暴れ出すと困るんで止めて下さい」


 検死官は呆れた顔をしていたが僕は真剣だ。

 爺さんは布教に来た神官を、毎回杖でタコ殴りにしていた。

 殺さないように爺さんを抑えるのに、僕は毎回物凄く苦労していた。

 爺さんならば、死体になってもやりかねない。


「なら、承認画面を送るから、了承しろ」

「はい」

「うむ、確認した。葬儀人を呼ぶから、ここで待っておれ」


 検死官が寄合い所から出て行った。

 堪えていた涙が、一気に滴り落ちてきた。

 売春婦からの手向けなのだろうか、爺さんの胸の上には、小さな白い花が乗っていた。


 四年前、爺さんは村の孤児院にふらりと現れ、銀貨二枚で僕を買った。

 孤児院と言っても、物置のような小屋に寝る場所があるだけで、後は放置されているいい加減な施設だ。

 その時は、鼠や雑草を探して飢えを凌ぐ生活とおさらばし、生き残れると素直に喜んだ。


 最初の日、夜明け前に叩き起こされ食事の準備をし、食事が終わると狩りに連れ出された。

 役目は獣狩りの囮、爺さんが罠を張っている場所に獣を誘導する役目だ。

 必死に逃げなければ、食われてしまう。

 ”誘導が悪い”と爺さんに殴られたが、九歳の子供にそんな余裕がある訳が無い。

 一日中走り回って足が痙攣していても、殴られながらの魔獣の解体、掃除洗濯、食事と風呂の準備と、爺さんは容赦が無かった。

 折角食い物が目の前にあるのに、その日は、気持ちと身体が疲れ果てて、あまり飯が食え無かった。


 一時間程待つと、埋葬場の職員がやって来た。

 白い衣装を着た、緑髪のエルフの美人さんだ。

 爺さんの遺体を一回拝んでから、空間収納に入れた。

 爺さんが生前欲しがってたアイテムの一つだ。


「参列者は」

「僕だけです」


 こちらの世界でも向こうの世界でも、爺さんは周囲の人と関わりを持とうとしなかった。

 酒を飲んで女を抱いて、気に食わない奴は殴る。

 それが爺さんの生き方だった。


「それでは、私の後に付いて来て下さい」


 埋葬空間は北壁に設置されている。

 異世界市場の中央広場から都市の上を走る魔動列車に乗り、中央駅で北壁行きの直行便に乗り換える。

 職員さんと一緒なので、今日は二等車に乗せて貰えた。

 座席の間隔が広く、足を延ばして寛げる。

 僕や爺さんに乗車が許されていたのは、いつも込み合って狭い三等車だった。

 三等車は狭い木のベンチが並んだ車両で、座れることも滅多になかった。


 車窓から外を眺めていたら、何故かまた涙が溢れてきた。

 

 中央駅から約一時間、列車が北壁の駅に到着した。

 列車から大勢の人が降りて来て、白装束のエルフに先導されて同じ方向へ歩いて行く。

 小さい団体でも二十人くらい、大きな団体になると二百人くらいが引率されている。

 勿論、一人なのは僕くらいだ。

 北壁に作られた大扉を潜り、小さな部屋に通された。

 部屋の奥に、ベットやミニキッチン、風呂やトイレなどの宿泊施設が用意されている。

 エルフさんが空間収納から遺体を取り出し、部屋の中央に設置されている祭壇の上に乗せた。

 

「それでは埋葬するね。まずは故人の情報を抹消するから、引継ぎ可能情報を確認するよ。表示窓を開いて頂戴」

「はい」


 人の目が無くなったので、エルフさんの口調が子供向けに変わった。

 まあ僕は、十三歳の子供なので仕方がない。


「普通はこの引継ぎが大変なの。調停官を呼んで二月泊まり込みなんてこともあるのよ。こほん、じゃっ、最初に納税記録ね。ふむふむ、三百三十二年分完納されているわね、問題なしね。これならあなたに、ここの居住権が引き継げるわ。あら、軽犯罪の逮捕歴が多いわね。だから三百年も住んでて五等級市民なのね。残念だけど、この等級も引き継いで頂戴」

「はい」


 爺さんは酒場や売春宿で良く喧嘩をして捕まっていたが、軽犯罪の扱いになるので、追放されることは無かったらしい。

 重犯罪で市民等級が五等級以下になると、この都市から追放される。


「次は鍵ね、関係者はあなただけだし、あなたは連れ人だから問題なく引き継げるわ。これであなたがマスターね。今の等級じゃ連れ人許可枠は固定で一人だけだから、選ぶときは慎重に選んでね。一年間は変更できないわよ」

「はい」


 僕は爺さんの連れ人許可枠でこの都市の居住が許されていた。

 僕の表示窓の名前表示欄には、爺さんの連れと表示されている。


「それと、まあ・・・、売春宿の食事付き宿泊券が百八枚、売春割引券が二百十三枚、使えないと思うけど、規則だから引き取って頂戴」

「はい」

「後は普通の食事券が百三枚、温泉券が七十七枚、マッサージ券が五十三枚、四級宿の宿泊券が四十七枚、五級宿の宿泊券が三十三枚、所持金が十四万四千二百リロね。所持金から相続税を引かせて貰うわね」

「はい」

「最後に、ガチャ券が二枚とガチャ補助券が九十二枚。これでお終いよ」


 僕の表示窓へ次々に情報が加わって行く。

 表示窓の名前表示欄に、初めて自分の名前が表示された、なんだか誇らしい。

 

 ガチャ券とは表示窓で籤引きが出来る券だ。

 補助券百枚でガチャ券が一枚に変わり、ガチャ券を十枚集めると十回券に変わり、ガチャが十一回できる。

 入手の機会は、この世界に入る時にガチャ券か補助券が一枚、あとは商売のやり取りで偶然付与されることがあるらしい。

 これは爺さんからじゃなく、近所の店のおっちゃんに聞いた情報だ。

 決済の表示の脇に、ガチャ券の付与が表示されるらしい。

 

「それじゃ準備できたから始めるよ」


 エルフさんが祭壇に刻まれた魔法陣に手を触れる。

 爺さんの遺体が虹色の霧に包まれて縮んで行く。

 爺さんの遺体が小さな黒い石に変わると、霧が消えていった。

 エルフさんがその黒い石を赤い小さな布で包み、僕に手渡した。


 エルフさんの指示に従い、石を埋葬空間へ持って行く。

 サイコロくらいの空間が用意されており、そこに爺さんの石を入れると空間が閉じて爺さんの名前が浮かび上がった。

 この空間は、店の売り上げの二割を税金として、三百年以上納め続けて来た爺さんの権利だ。

 これで爺さんに対する義理は果たした。


 爺さんの鍵が引き継げて良かった。

 一人この都市に放り出されていたら、僕はここで生活できる手段を持っていない。

 北壁の駅前には、参列者用の食堂や茶店がいっぱい並んでいる。

 この世界に来て、初めて自分の自由になるお金を得た。

 どきどきしながら小さな茶店に入り、軽食とお茶を注文した。

 情報画面から支払いを終えると、なんだか大人になった気がした。

 軽食を食べ終わり、お茶を飲みながら表示窓を確認する。

 爺さんから所持金引継ぎと納税に伴って、十回券一枚とガチャ券八枚が付与されている。

 受け取りをクリックすると、ガチャ画面に十回券二枚が表示された。

 ガチャはマスターのみに許されている権利だ。

 爺さんは、目の色を変えてガチャをやっていた。

 物凄く興味はあったが、ガチャの体験は絶対出来ないと思っていた。

 これでやっとガチャが体験できる。

 店に帰ってから、落ち着いた気持ちでガチャを楽しむことにした。

 

 わくわくする心を抑えながら、魔動列車の駅へ向う。

 表示窓で表示できる情報画面が増えており、新たに魔動列車路線図を閲覧することが出来る。

 都市の壁沿いを回る路線と町の中央へ向かう路線がある。

 異世界市場は南壁と中央の中間付近にある。

 壁沿いは停車駅が多く、乗換案内で見ると反対側の南壁へは四時間程掛かる。

 多少料金は高くなるが、中央への直通列車を使えば、中央まで一時間、中央から半時間ほどで異世界市場の駅に着く。


 魔動列車は、都市の上空に設置されている。

 埋葬空間前の広場に描かれている魔法陣の上に乗ると、空中に浮いている駅へ転送してくれる。

 情報画面に目的地を入力すると、表示窓に矢印が点滅して乗るべき列車の席へと誘導してくれる。

 帰りは三等車だ。

 運良く車両は空いており、窓側の席に座れた。

 町を上から眺めるのは、偉くなった気がして少し嬉しい。

 習慣で隣に座っている筈の爺さんを目で探してしまい、また寂しさに涙がこみ上げて来た。


 町の中央で南壁行きの各駅停車に乗り換える。

 町の中央は一等市民地区なので、偉そうな奴らが出口に向かって歩いて行く。

 爺さんは町の中央に住んでやると、酒を飲みながら良くほざいていた。

 僕の目から見ても町の中央で降りる連中は気品がある。

 浮浪者の気配を纏う爺さんとじゃ雲泥の差だ。

 三度生まれ変わっても無理だったと思う。

 南壁に向かう列車も窓側の席だった。

 中央と壁の中間付近には境界壁が設けてある。

 三等市民と四・五等市民の住む街区の境目だ。

 境界壁を越えると、街並みが急に薄汚くなる。


 異世界市場は広大な市場だ。

 この都市の食料自給率はほぼゼロに近く、鉱石などの材料や魔石の自給率は完全にゼロなので、異世界からの入手が必要なのだ。

 異世界から持ち込まれる食料や魔石は常に不足気味で、商人達が我先に買い求めて行く。

 無愛想でずぼらな爺さんが商売を続けられて来た理由もそこにある。

 殆どの連中は、ここで魔道具を仕入れて、自分の世界でも暴利を稼いでいる。

 爺さんは、森で狩った魔獣や野獣の肉を売り捌いても、直ぐに酒や売春宿で使ってしまった。

 リロを貯めて儲けるなんて発想は、たぶん全然無かっただろう。


 市場の周りには、歓楽街と呼ばれる異世界人目当ての酒場や売春宿が立ち並んでいる。

 異世界人へ一方的に支払いを続けていると、リロの価値が下がって物価が上がるらしく、異世界人から金を回収する目的で、都市としても売春宿や酒場を支援しているらしい。

 

 売春宿の外側には、異世界人目当ての工房が立ち並んでいる。

 灯りや火や水の生活魔道具が売れ筋商品で、値は張るが、魔法属性を持った武器や防具も結構売れているらしい。

 これも全て、近所の店から仕入れた情報だ。

 爺さんに殴られるので、僕はあまり市場から出たことがない。


 駅から出て通りを歩き始めたら、後ろから声を掛けられた。


「マグ、爺さんは」


 振り向くと、クーナが気怠そうに煙草をくわえていた。

 エルフの物凄い美人さんだ、職業は、売春宿に所属しない流しの売春婦、短い腰布に白いブラジャーだけという、裸に近い格好をして客引きしている。

 爺さんを贔屓の客にしていた。


「死んだよ」

「えっ!」


 物凄く悔しそうな顔をしている。

 たぶん爺さんは、主客だったのだろう。

 売春も過当競争なので、客引きも懸命だ。

 値崩れしているそうで、相場は一晩五千リロ、向こうのお金で銀貨五枚くらいだそうだ。

 売春宿の相場が、宿泊費込みで一晩二万リロなので、一泊四千リロの四級宿を使っても、全然お得だ。 

 物凄く興味はあるのだが、残念ながら、この世界では未成年である僕を客にすると、クーナさんが捕まってしまうらしい。






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