エレノア・アルダーソン
その日、その女子大生は命を落とした。
事件でも事故でも、まして戦争でもない。
食中毒、それに伴う脱水症状。彼女は後悔していた。
──たった一切れだからって、夏に鶏刺し食べるんじゃなかった!
カンピロバクターの危険性は分かっていたつもりだった。重症化する確率は高くないとも知っていた。
でも、実際には重症化してしまった。
──ああ、こんなことならしっかり加熱すればよかった……。
こうして、彼女は自宅で人生の幕を下ろした。
はずだった。
しかし、彼女は目を覚ます。
なぜか異世界の子どもとして。
*
「エレノアちゃん、タマネギとお豆の、ひとつお願いね」
「はあい、銅貨四枚です!」
なぜか生まれ変わりを経験してから十九年。西洋のような街で、私ことエレノア・アルダーソンはガレット屋を営んでいる。道にカウンターが面しているテイクアウト式だ。
十八歳で成人とみなされるこの世界では若い店主も珍しくはなく、店舗と家が一体化したような建物も多い。私も故郷の漁村・オルコットを出て、城下町・ガルニエに来たクチだ。
提供しているガレットはそば粉で作った素朴な生地で具材を包む、クレープのようなものだ。元々いた世界ではフランスのブルターニュ地方で食べられていた主食だった。日本のお米とかイタリアのパスタとか、あの辺と同じ。
クレープといえばやっぱり、歩きながらでも食べられる手軽さが売り文句。あいにくと紙はないので、生地を袋状にしてソースを包む形で提供している。持ち込み式の木皿に乗せても、すぐに洗う必要がないからだ。本当はナイフやフォークで食べるものだが、手洗いの習慣が根付いている異世界なら問題ない。優雅さには欠けてしまうけれど。
銅貨四枚、というのはだいたい四百円くらい。軽食の相場としてはちょうどいい、と思う。
「エレノアちゃん若いのに、一人でオルコットの町からガルニエまで来るだなんてえらいわねえ。うちの娘にも見習ってほしいもんだわ」
「いやいや、そんなことないですよ。好きでやってるだけですから。はい、タマネギとお豆のガレット、お待たせしました~」
常連の奥さんはよく、「嫁ぎもしなければ働きもしないぐうたらなセシリア」と娘さんについて謙遜しているが、彼女は体が弱いものの頭がいいともっぱらの評判だ。今日の注文だって、研究漬けの娘さんに食べさせてあげる分だろう。自分の分なら、ほうれん草とチーズを注文しているはずだから。
この世界の主流宗教は多神教だ。いろんな神様がいて、そのぶん神様によって口にしてはいけない食材がかなり細かく決まっている。セシリアさんでいえば、青菜と豚肉。彼女の信仰している、時間と水の女神が祭事の時になんたら……だった気がする。逆に決まった時に決まったものを食べる習慣もある。道と旅の神の信者は、旅の出発前に必ずライムを食べなければならないんだとか。
場合によっては乳製品すべてがアウトだったり魚も肉も食べられなかったりがあるので、料理屋はレパートリーが命だ。当然、材料の入手難度によって値段や量は上下してしまうが。
「そういえばセシリアさん、体調は大丈夫なんですか? 治癒魔法士の往診を受けたって聞きましたよ」
「あらやだ、もう噂になっちゃってんのね? そうなのよ、この間倒れちゃってねえ。魔法士の先生が来てくれたからよかったものの……」
奥さんはそう言って、困ったように頬に手を当てる。