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魔女は想いを募らせる(2)

なんだか思ったより早く改稿が進んだので、今日20時にもう1話、明日4話ぶち込んで完結できそうです!

 しばらく帰ってこれないと言っていたリュカは突然帰ってきた。驚いていると、「傭兵は辞める」と言い出して、さらに私を驚かせた。


「傭兵を辞める? なぜですか?」

「王都で、貴族の護衛をすることになった。私の種族と若返っていくことも知ってる」

「それは……良かったですね」


 人間の国では長命種と言うものが少なく、目立ってしまう。

 魔女の仕事は私一人で十分で、リュカが居てもやることはない。街で仕事を続けるにも、長期間は難しい。

 結局、リュカは旅立って、その強さを活かして傭兵になった。

 人は異なる種族と戦争を続けているし、龍人族を敵視する人間や、リュカを捨てていったフォラント家に見つからないようにと言う思惑もあって、各地を転々としていた。


 力を持つ貴族がリュカの背後に付いてくれるというのは有難い話だった。

 あちらこちらに行かずに済む。


「一緒に、王都に来てくれないか?」

「私が?」


 突然の誘いに驚いて、声が裏返った。

 てっきり、一人で王都に引っ越すのかと思っていた。


「レイスの作ってくれた薬を見て、私と一緒に来て欲しいと言っていた」

「ああ、私にも仕事をして欲しいんですね」


 魔女を雇いたいのかと納得したのに、リュカは首を振った。


「いや……それもあるが、レイスが来てくれれば毎日でも会えるけど、そうでなければ年に数回しか会えなくなってしまうだろう?」

「リュカが、一緒に来て欲しいと思っているということ、ですか?」


 思っても見ない言葉に、私はぽかんと口を開けた。


 正直に言えば、誘ってもらえたことは嬉しい。

 王都で貴族の側で働くとなると、傭兵のように時間に自由が効かない。距離を考えたら、きっと頻繁には帰ってこれない。

 本当にリュカが帰ってこなくなったら、寂しかっただろうから。


「なら、一緒に……」


 そう答えようとして、はっ! と思い出した。

 この街には私が長く薬を卸している。急になくなったら困る人も出るかもしれないし、王都に行ってしまえば、この街に薬を卸せなくなるかもしれない。

 リュカを拾った時も急に休業してしまって迷惑をかけたから、彼らが困らないようにしたい。


「……時々、この街に薬を卸しても良いか、聞いてみてもらえませんか」


 雇った魔女を余所で働かせて良いと言う貴族なんていない。

 多分無理だろうと思っていても、諦め悪く、つい確認してしまう。


 リュカにこんなこと質問させると印象が悪くなるはずだからと、「やっぱりなんでもないです」と言おうとしたら、リュカの頰が緩んでおり、喜んでいることがわかった。


「すでに許可を取ったから大丈夫だ」

「……わかりました。一緒に行きます」


 リュカは準備が良くて、もう断る口実もなくなってしまった。

 私が了承すると、普段穏やかなリュカにしては珍しく、パッと破顔した。





 リュカは私を王都に呼ぶための準備をすると言って、また出かけて行った。

 たった一人しかいない家の中で、私はため息をついた。


「……断るべきだった?」


 ゲームのリュカが学園に入学したのは、とある貴族の護衛としてだった。

 戦争が終わって異種族混合の学園が創立されているとしても、まだ禍根は残っているから……そういった護衛が同時に入学することがある。


 リュカが傭兵だった時は、ゲームとは違う人生を歩んでいるのかと思ったけど、まさか貴族の護衛に収まってしまうとは思わなかった。

 彼の外見はまだ四十代ほど、ということは、リュカがしばらく先の可能性がある。種族ごとに成人時期が違うこともあるため、年齢制限はないけど、若者に限定されてはいる。


「彼はどんな人生を歩むんだろう。私が死ぬまで二百年、ちょうど私が死んだ後くらいかもしれない」


 その頃には、リュカも二十代くらいの見た目になって、学園に入学しても違和感はない。

 若返りの妙薬を自分で飲めば、見届けることはできる。

 だけど、そんなことできるはずもない。


「好きだなあ……」


 一体いつからなのかわからないけど、もうずっと前から胸が痛くて仕方がない。

 リュカが帰ってきてくれる、変わらない日常を壊すことができなくて。


 彼がゲームをなぞるのであれば、私が想いを伝えたところで……。




* * *




 人間に熟練した魔法使いは少ないから、私とリュカは歓迎された。

 私達の事情を鑑みれば、使用人部屋で暮らすことはできないため、屋敷の敷地内に家が建てられた。前に住んでた場所のように、少し奥まった森の中。貴族の家とは森もあるのか、と不思議に思った。


 リュカは傭兵家業を営んでいた時とは違って、毎日帰ってくるようになった。

 リュカの主人から依頼された薬の納品はさほど量は多くなく、以前住んでいた街に卸す薬の量も、納品先が困らない程度に徐々に減らしていた。


 どちらかと言えばリュカの方が忙しそうなので、家事の分担は私に比重が傾いて、私はまた毎日料理をするようになった。

 きっとリュカが作った方が美味しいとは思うけど、彼にとっては生まれてから十年食べていた味なので、俗に言うお袋の味……と言っていいのかはわからないけど、気に入ってくれてはいると思う。




 以前の暮らしと王都の暮らしを比べて不思議な気持ちになる。私がリュカを拾わず一人でいたら、きっとそのままの暮らしを何百年も続けていたと思う。


「リュカが誘ってくれるまで、あの街を出ようと思ったこともありませんでした」


 何とは無しに呟いた私に、リュカは意外そうに目を瞬いた。


「人ばかりが暮らす国は暮らしにくいだろう? 別の国に行こうと思ったことはないのか?」

「ないですね。師匠が私のために販路を用意してくれて、それが無ければ生きていけなかったので……」


 師匠のおかげで、幽鬼族の特性で姿が変わらない私でも生きてこれた。

 まやかしを映す魔法は難しくて私には扱えないし、リュカのように旅に出る気概もない。  


「レイスの師匠は、貴女の種族を知っていたのか」

「はい。だからこそ後々、私が困らないようにしてくれたんです」


 もし師匠に拾われなくても一人でも生きていけたかもしれないけど、あの街から動かないままで、安定した生活は送れなかったはずだ。


「……引き取られるまでは孤児だったんだろう? 幽鬼族がなぜ人間の国で孤児に?」

「両親が亡くなるまで、ずっと旅をしていたからです。幽鬼族は若い姿のままで生きるという特殊な種族なので、その秘密を探ろうとしたり、私達の身体を材料にして不老不死の妙薬を作れると勘違いする人もいます。なかなかひと所に定住することができなくて、たまたまあの街にいた時に、両親が亡くなったんですよ」


 種族間で争いが起こっている中、少数派はとても生きづらい。

 そういえば話したことはなかったかと説明をすると、リュカは幽鬼族の暮らしを想像したのか、悲しげに目を伏せていた。


「そうか、ご両親が……。人間しかいない場所でたった一人とは、きっと心細かっただろうな」

「いえ、普通の子供として孤児院にいたので、そこまででは。リュカの方が心細かったと思います」


 幽鬼族も子供の頃は人と同じように成長するので、孤児院を出るまでは普通の子供のように過ごした。

 それに比べれば、リュカなんて生まれてすぐに、たった一人で知らない土地に放り出されていた。


「いや私は……そういえば、レイスの同族はどこにいるんだ?」


 リュカは言い淀んでから、話題を変えるように質問を投げかけた。彼は不幸を自慢するようなタイプじゃないから、返事に困ってしまったんだろう。


「みんな旅をしていますから、場所を決めておいて、定期的に落ち合うんです。落ち合った土地で数年間一緒に暮らして、その間に誰かと恋仲になったり……するみたいですね。しばらくするとまた離れ離れになって。両親から聞いただけですが。そんなに悲壮な感じでもなくて、割と旅を楽しんでいるみたいですよ」


 リュカは幽鬼族の暮らしを興味深そうに聞いていた。

 私達は若い姿のままで体力が落ちることもないから、長年旅を続けても生きていけるんだろう。私からしても、彼らの暮らしは今の暮らしとはかけ離れているから、面白い暮らし方だなと思う。


「どの国でも見たことが無い、不思議な生き方だ。同種で子孫を残すということか」

「どうなんでしょう? 両親は共に幽鬼族ですが、他の人は違ったかもしれません。ただ、短命な相手を伴侶にして死に別れたくもないですが、結局はどの種族が相手でも幽鬼族とは言いづらいですからね……」


 結局は同族同士で結婚するのかもしれない、と想像して答えると、リュカが考え込んでしまった。

 もしかして悲観的な話に聞こえてしまったか、と慌てて弁解を考えたけど、その前にリュカが口を開いた。


「……もう少し早く知っていれば、レイスと同じ種族を探しに行けたのに。雇われてすぐでは、レイスを連れて旅に出るわけにもいかない」

「そんなこと考えてたんですか」


 純粋に驚くと、リュカはむ、と口を引き結んだ。

 まさか私のために、同族を探しに連れて行ってくれると言い出すとは思わなかった。

 会ってみたいと思ったことはあるけど、ここ百年くらいはとんと忘れていたことを、今日リュカと話してやっと思い出した。


「旅には出ません」

「なぜだ? 」

「……さほど気にしているわけではないんです」

 

 リュカが誘ってくれるまで、あの街を出ようと思ったこともなかったから……リュカがいるから付いてきただけで、と説明することはできない。

 なんと答えようか、と私は考えを巡らせた。


「ええと、こうして安定した職があるから一緒に出てきただけで……。薬というのは人を助けるものですし、子を作るだけが人生の全てじゃないです。……現状に、満足してます」

「だが、家が変わっただけで、結局は外にはあまり出られないだろう? 同族と旅をすれば、気兼ねがないんじゃないか」


 ”同族と旅をすれば、気兼ねがない”

 私が恋人を作らない理由が同族と会えないからだとでも思っているのかと、複雑な気持ちになる。


「まあ、同じ種族の人に興味がないわけではないですが……会ったところで、帰ってきますよ。だって、ずっと旅暮らしなんて嫌ですし……同族を探して旅をして、合流してさらにずっと旅をするなんて……」

「子を作る相手がいなくて悩んでいるのではなかったのか?」

「へ? ああ、ええと。同種で子孫を残す話をしていたので、あれは例えばの話です。 初めから幽鬼族として暮らしているならともかく、私に旅をしながら子育てとか無理ですよ」


 ずっと旅をしていればその暮らしが普通になるのだろうけど、今の私にとって、家の中で薬を作るのが普通だった。

 私がはっきりそう言うと、ようやく納得したようだった。納得したはずなのに、リュカはなんとも言えない表情だった。


 私がなんとなく発した言葉が妙なところに着地してしまった、と視線を彷徨わせていると、リュカがふいに顔を上げた。


「……もう一つ聞いていいか」

「ええ、この際、質問でもなんでもどうぞ」


 この空気から逃れられるならなんでも良い、と意気込んで答えた。


「レイスは、若返りの妙薬を飲まないのか?」

「……唐突ですね?」


 てっきり今までの話の中で気になったところがあるのかと思ったのに、突然の話題の変更でちょっと驚いてしまった。


「前から気になってたんだ」


 その声色は硬くて、きっと置いて逝かれることを気にしているんだろうと、すぐ見当がついた。リュカにとって、私しか家族がいないから。


「人間だけが暮らす土地で、私一人が生き延びても、という状況でしたから。誰とも深く関われませんし、ずっと昔に仲の良かった人は、みんな亡くなってしまったので……」

「それは、今も思っているのか?」


 私が過去形で話したことで、リュカは問いかけてきた。

 私はリュカを残して逝くのか。

 少しだけ逡巡してしまったけど、それを彼自身に突きつけられたにも関わらず、私は頷いた。


「……昔とは状況が変わりましたけど……でも、妙薬は飲みません。私だけ生き延びるのはずるいじゃないですか。みんな、ちゃんと寿命で死ぬんですから」

「そうか」

 

 答えるリュカの顔は寂しそうで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

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