魔女は想いを募らせる(1)
読んでくださってありがとうございます。
次話は20時過ぎの予定です。
最後の妙薬を渡してから、約百年が過ぎた。
リュカは百二十歳、私は三百歳ぐらい。リュカはゆっくりと若返っていき、肉体年齢は四百歳ぐらいになっていた。
見た目にはもう老人らしさのカケラもなく、むしろ美丈夫。さすが乙女ゲームのキャラクターと言わざるを得ない。
白かった髪は真っ黒に、皺も無くなって。鍛えられているおかげで、年齢より若く見える。
リュカは段々と姿を変えていくが、私は何も変わらないまま。
幽鬼族というのはゴーストと人を掛け合わさったような特殊な種族だから、死ぬまで若い姿のままで、外見年齢で言えば人間の二十代程度に見える。
私はいつもと変わらない日々を過ごしていたけど、リュカは人間で言う四十代から五十代になったことで、働き盛りだった。リュカはこの百年の間、各地を転々としながら傭兵稼業を営んでいた。
いつの間に覚えたのか、私が教えた以上にリュカは非常に高度な魔法も使いこなす。
私も魔法は使えるけど、どちらかといえば調薬が専門で、リュカが怪我をしなければ良いと祈りながら、時々帰ってくる彼に薬を渡す日々を過ごした。
リュカは三ヶ月に一度帰ってくる。
別に恋人なわけでも結婚しているわけでもない。リュカにとって、自分は家族という枠組みに収まったらしい。リュカが生まれた時から一緒にいるのだから、たとえ血の繋がらない他人だとしても、家族のようなものなのかもしれない。
「シィ、リュカは元気そう?」
うんうん! と伝えるかのように、ブラウニーは大きく頷いた。
ブラウニーがリュカとも契約してくれたおかげで、離れている間もお互いが元気だということがわかる。
ブラウニーが何か差し出してきて、首を傾げながら受け取ると、それは手紙と言って良いのかすらわからない文面だった。
『少し遅くなったが、近々帰る』
短いけど確かにリュカの字で、ブラウニーを召喚すると向こうから物を持ってくる事もできるのかと驚く前に、近々とはいつだろうと思いを馳せた。
ようやく帰ってきたリュカを出迎えると、テーブルの上にガチャリと硬貨の詰まった袋を置かれて、毎回のことながら眉をひそめてしまう。
「今回の分だ」
「もう一緒に暮らしてもいないのに、いつまで渡すんですか」
「ちゃんと礼をすると言っただろう」
「だって、もう百年ですよ、百年」
律儀にもほどがあるというか、頑固というか、いっそ粘着質というか。
言っても聞かないし、断っても勝手に置いていってしまうので、リュカが持ってきたお金は貯金として百年分積み上がっていた。
気持ちは嬉しいけど、困ってしまう。
「気にするな」
「う……」
傭兵になったリュカは、以前のように優しくはあるが、どこか鋭さを持っていた。言い切られてしまうと、うまく言葉を紡げなくなる。
それでも今回こそは言うんだと決めていたので、私はなんとか言葉を絞り出した。
「本当に、これ以上は必要ないんです。お金だって部屋に積み上がったままで、使い道もなくて」
そう言うと、リュカは困ったように眉を下げた。
妙薬を使って六十代から五十代へ若返ったのも変化が大きかったが、四十代ともなれば、整った顔立ちに磨きがかかって、年々美しくなっていく。
その変化に一番ついて行けていないのは私で、たまにしか会えないせいか全く慣れることができず、毎回毎回、居心地の悪い思いをしていた。
「あの、どうしてもと言うなら……他に頼みたいことがあるんですが」
「なんでも言ってくれ」
リュカが納得してくれなかった時のために用意しておいた頼み事。
思った通り、私からの頼み事にリュカは嬉しそうに目を輝かせた。
「薬を多めに持っていって……どこかに寄付するか、病気や怪我で困ってる人がいたら分けてあげてください。この間、シィが手紙を持ってきてくれたでしょう? もしかして、シィを経由すれば補充できるんじゃないかと思いまして」
「そうか、そうだな。今回は遅くなってしまったから、心配をかけないようにとなんとなく渡してみたんだが、本当に届いていたんだな。しかし、本当にそんなことが礼でいいのか?」
「はい。私は旅はできませんし、人間ではない性質上、師匠のように弟子も取りづらくて、申し訳なく思ってたんです。リュカが目立たない範囲で良いので」
人間ではない私が、人間の街で生きる上で、なるべく目立ちたくないと言うのが念頭にあった。リュカが稼ぐ金額分贅沢していたら、あからさまに目立ってしまう。リュカと違ってひと所に留まる私は、街のどこかに寄付するにも、あまり顔を覚えられたくないと思っていた。
リュカも若返っていく呪いを受けているので、ひと所にはあまり留まれない。各地を転々としているのはこれが理由だった。
「そうか。わかった」
「ありがとうございます」
リュカが頷いてくれたので、ようやくあの貨幣の山を積み続けなくて済む、と私は安堵の息を吐いた。
「シィ、今月の分をお願い」
了解! と伝えるかのように、ブラウニーは片手をあげた。
リュカが帰ってくるのは相変わらず三ヶ月に一度。
薬は無くなったら声をかけてくれるものもあるけど、どこか適当な場所に寄付する分は、定期的に渡していた。
見知らぬ人が薬なんて寄付をして信頼してくれるのかと思ったものの、一つの街に止まっている間に信頼を築いたり、その土地の医者などと連携したりして、うまくやっているらしい。
薬を抱えたブラウニーがリュカのいる場所と往復して帰ってくると、また手紙を持っていた。
『しばらく帰れないが、心配しないでくれ』
どうしたのだろうと思ったものの、しばらく帰ってこないことは以前に何度もあった。
手紙がある分、何があったのか気になってしまうけど、リュカはあまり仕事の話はしないから仕方ない。血生臭いこともあるだろうし、私にはあまり話したくないことなのかもしれない。
最近は出しっ放しになっているペンと紙を持って、返事を書く。
『わかりました。怪我をしないように、気をつけてくださいね』
リュカはすでに私より強いけど、それでも心配にはなる。
ブラウニーに手紙だけを渡して送り出すと、すぐに返事が返ってきて、まだ何かあるのかと不思議に思った。普段は用件は一度に書き込んでくれるし、書き忘れなんて珍しい、と手紙を見る。
『用はなくても、手紙を書いて良いか?』
その内容になんと答えたものか考えて、「シィ、頻繁に往復するのは大変?」と聞くと、全然平気! と伝えるように、ブラウニーは力こぶを作って見せた。
ブラウニーはやる気を見せているけど、あまり頻繁なのもどうかと思いつつ、返事をしたためた。
『時々なら』
その手紙に、すぐに返事はこなかった。
時々と言った通り、数日待つと、リュカから手紙が届いた。
手紙の往復は、リュカが家を出ている間、数日おきに続いた。
内容は、本当に大したことない。
仕事の話は全然ない代わりに、各地を回っている間に直面して驚いた風習だとか、その日にあった出来事や、街で手に入れたらしい風景の素描を送ってくれたりだとか、そんなこと。
師匠と一緒に孤児院を出てからは、ずっと街外れの森に住んでいる。
師匠が残してくれた伝手で、いつもの店に薬を売りに行ったり、買い物をする以外はあまり外にも出ない。
リュカの手紙を読んでいると、この街の外にも世界が広がっていたんだなと不思議な気分になった。
ふと周りを見渡しても、家には私しかいない。
寂しいのは慣れていたはずなのに。
『次はいつ帰ってきますか』
手紙はぐしゃぐしゃにして、屑かごに放り込んだ。