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老人は若返る(3)

明日の投稿時間は考え中ですが、また二本あげる予定です。よろしくお願いします。

 一年が経つのは早い。


 リュカは十二歳になっていた。

 また一本の妙薬を服用し、これで彼の肉体は七百歳となる。もうすでに三百年分の寿命が、塵となって消えていた。

 空になった瓶を見て、私は心がざわついた。


「手間をかけてすまない。来年もよろしく頼む」


 また百歳若返ったリュカは、ただ嬉しそうに笑っていた。

 その笑顔と共に妙薬の空瓶が目に入って、落ち着かない気持ちになる。


「もう、十分じゃないですか? これ以上は……」

「……老いた身体ではない普通の人生が欲しいんだ。頼まれてくれないか」


 普通の人生が欲しい、真剣な顔でそう言われれば、言葉に詰まってしまう。彼が生まれた時から老いた身体でいる気持ちを、私には理解することができないから。

 詰まった息をハァと吐き出して、彼の望み通りの言葉を差し出した。


「……はい。また、来年」


 十二歳のお祝いを伝え損ねたと気づいたのは翌日だった。昨日は了承の意を伝えて、すぐに自室にこもってしまったから。四月一日は妙薬を飲むという印象が強いけど、本来はリュカの誕生日。もっとちゃんと祝ってやれば良かったと後悔に襲われた。


 お詫びにと少し豪勢な料理を買ってくるつもりだったけど、リュカのリクエストで私が作ることになった。

 リュカが作った方が美味しいのにと思いながら食事を並べたが、彼は本当に美味しそうに食べていた。


「なんだか、食事が美味しい。久しぶりにレイスが作ってくれたからか?」

「もうリュカの方が美味しい料理を作るのに? ……若くなったからじゃないですか?」

「そう、なのか。こんなに味が変わるものなんだな」


 リュカは時折首を傾げながら食事を続けた。いつもより食欲旺盛なリュカは、食べきれなかったら明日でいいかと思っていた料理をペロリと平らげた。

 ……平らげた後で机に突っ伏していた。


「う、食べ過ぎた……」

「いつもより入るからって、調子に乗るからですよ。はい、薬草茶です」

「ああ、ありがとう……」


 私が渡した胃腸に効く薬草茶を、リュカは顔を顰めながら一気に飲み干した。当然ながら、薬草茶はエグい味で、美味しいわけはない。せっかく美味しい料理を食べたのに、後味は最悪になってしまったはずだ。


「ふふふ」

「何が面白いんだ?」

「絶対食べきれないと思ってたのに、全部お皿が空っぽだから」

「それは私も驚いた」


 真顔で返してくるリュカが面白くて、さらに笑ってしまう。私が笑っているのが面白いのかリュカも笑い出して、二人でくすくすと笑い合った。こういった日常の変化は、彼にとって良いことだろうと思えば、私も素直に嬉しくなる。


「口直しにお茶を飲みますか?」

「流石にもうお腹に入らないな……」

「なら、飴をどうぞ」


 リュカは私から受け取った飴を口に放り込んで、膨れた腹の苦しさと戦っていた。

 元気になったなと嬉しい反面、腹のなかでぐるぐると不安が渦巻いてもいた。それでも、リュカとの暮らしは私にとって穏やかで優しい時間だった。




 リュカに頼まれて、私は彼に魔法を教えるようになった。

 以前も頼まれていたが、老人に無理をさせるわけにはいかないと、一度は断っていた魔法の講義。若返っていることはわかっていても、少し前まで寝たきりだったことを思い出すと、無理をさせてはいけないという気持ちが抜けなかったせいだ。


 リュカは私がお手本として見せた収納魔法を眺めていた。わざと散らかした物が、あるべき場所に、ひとりでに収まっていく。


「魔法とは、こんなこともできるのか」


 リュカは実年齢に相応の無邪気さで、普段の落ち着いた様子とは違う、意欲的な姿を見せていた。


「本を一つ、棚に戻すところからやってみましょう」

「わかった」


 リュカは頭が良かった。私の要領を得ない説明でも、彼からの質問にいくつか答えてやると、それだけで理解してくれる。彼は手のかからない生徒だった。


「おお、すごい。飛んで行った」


 リュカは昔寝たきりだったからか、色々なことができるのが楽しいらしい。

 家事も魔法の勉強も楽しそうにこなしている。


 魔力を使いすぎると命にも関わる。特に気をつけるべきは、体が弱い人、子供、体力がない老人、今まで魔力を扱ったことがない人など。

 リュカは龍人族だから、魔力が多いし、集中力もある。魔力の操作を失敗することもない。これならば、もっと早くから教えてあげても良かったのかもしれない。


「今日の授業は終わりにしましょう。何か質問はありますか?」

「大丈夫だ。今日の内容とは関係ないのだが、シィは召喚魔法で呼び出したのか?」

「そうですよ」


 リュカの表情を見る限り興味があるようだから、もう少し詳しく話してあげても良いかもしれない、と頭の中で文章を組み立てた。


「召喚魔法は適性があるかどうかで大きく左右されます。召喚する相手の種族にもよるのですが、基本的には実際に召喚陣を用いて、誰かが答えてくれるかどうかで判断します。エレメンタル系の精霊は気性が荒いこともあるのですが、家事妖精なら危険も少ないですし、試してみますか?」

「ああ! 私にもできるなら」


 リュカがパッと顔を輝かせたので、私は苦笑して、家の何処かにある魔法陣を探しに行った。多分、師匠から引き継いだものが何処かにあるはず。

 見つけた魔法陣をリュカに見せると、えらく複雑な文様に目を丸くしていた。


「書き間違えると危険なので、専門職以外は用意された魔法陣を使うんです」

「これを書かなくて済むのならありがたいな……」


 リュカは魔法陣をまじまじと見て、呟きを漏らした。


「家事妖精の召喚陣です。陣に魔力を通すと、適性さえあれば、家事妖精が召喚されます。契約にこぎつけるかは召喚した相手と各自で交渉ですね。話し合いで済むこともありますが、戦って実力を示さなければいけないこともあるので、危険なんです。これはダメだと思ったらすぐに送還しなければいけませんが、家事妖精なら交渉に失敗してもちょっと悪戯されるくらいで済みますから安全ですよ」 


 早速試してみることにして、立ち上がったリュカの足元に魔法陣を置いた。

 一応、ほぼ百パーセントに近い確率で危険はないと言っていいけど、ごくごく稀に暴発することもなくはない。念の為すぐに助けに入れるように、近くで待機した。


「どうぞ。何も出てこなければ、残念ながら、家事妖精に適性はありません」

「ああ。やってみる」


 リュカが魔力を流し込むと、床に置いた魔法陣が輝いて、何かが召喚される兆しを見せていた。

 光り輝いているのを数秒間見つめていると、そこにはブラウニーが立っていた。

 やあ! と伝えるかのように、右手をあげている。

 見覚えのある風体に、リュカは私を仰ぎ見た。


「ブラウニーはみな、同じ見た目なのか?」

「いえ……シィですね。リュカを気に入っているみたいだったので……」

「やっぱりシィか。……どうしたらいい?」


 まさか私と契約しているブラウニーが出てくるとは思っていなかったので、私は言い淀んでしまった。


「ええと……同時に二人と契約する例は聞いたことはありませんね……。リュカが家を出て行った後で、もし二人同時に召喚しようとしたら、シィが行き先を選ぶことになるんじゃないでしょうか」


 私がそう言うと、ブラウニーはうんうん! と伝えるかのように首を大きく縦に振った。


「なら……まあ、当面は問題なさそうだ」

「そうですね。問題がありそうだったら、リュカが出て行く時にでもどちらかがもう一体召喚すれば良いと思います」


 ブラウニーはガーン! と伝えるかのように、大口を開けた。


 リュカはブラウニーと目を合わせて、何か考え込むように口元に手を当てていた。なんとなく察するところがあって、私はそっと目を逸らした。


「頭の中に響いてくる声は、シィのものか?」

「はい。普段は無口なので、私も契約した以来聞いたことはありませんが……」

「こんな……テンションだったんだな……」

「驚きますよね。私はシィと会話をしてから今の状態になったのでそれほどじゃないですけど、先に無口なシィを見てたら衝撃を受けそうです」

「とても驚いているところだ」


 リュカはストンと表情が抜け落ちた顔をしていて、驚くと真顔になるのが癖なのだろうか、と私は首をひねった。

 普段は穏やかな笑みを浮かべていることが多いので、なんだかギャップがある。


 ゲームの中でもそうだったけど、リュカは魔法の才能があるのだろう。もしかしたら他の種族の召喚魔法にも適性があるのかもしれないと思うと、少しワクワクする。


 教えれば教えるだけ吸収していくリュカを見るのは楽しい。魔力も豊富だから、練習も多くできるし、上達速度はそこらの人間と段違いだった。

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