老人は若返る(2)
酉ゐです。ブクマありがとうございます!
次話は20時更新予定です(忘れなければ)
リュカをブラウニーに任せて、一人になってから思い至った。
「あれ? 私が若返りの妙薬をあげてしまったら、リュカの時間とゲームの時間で、タイミングがズレてしまうよね? ……彼が苦しそうだったからって、何も考えてなかった」
乙女ゲームの舞台は多種多様な種族が集まる学園だけど……戦争が集結していないので、いまだにその学園は設立されていない。
数百年後、若返ったリュカが学園に通うことになるかもしれないけど、設定としてそんなものがあった記憶はない。
ただ、結局のところリュカは現実の人間だ。
もし思い出せていたとしても、寝たきりで動けないリュカを見ていれば……妙薬を与えないということもできなかった。
選択肢を差し出したのは私だけど、選ぶ権利は彼にある。
ゲームは学園ものであって世界の命運を救うわけではないし、リュカがいなくても、何も問題ないはず。
それに。
「良い人、なんだよね……」
十年間、私はほとんど寝たきりのリュカと暮らしてきた。
流石に途中で蓄えが尽きかけたので魔女として復業しなければならなくなったけど、ブラウニーが対価の魔力を受け取らなくても良いから世話をする、と申し出てくれた。妖精であるブラウニーは、気に入らない人間には仕えない。それはリュカがブラウニーのお眼鏡に叶ったということで、彼が優しい人だということを証明している。
「掠れて声もうまく出ないのに、いつも礼を言おうとする人だからね……」
すでに、情が移ってしまった。
* * *
もうすぐ、リュカの誕生日がやってくる。
すでにリュカの気持ちが変わっていないことは聞いていた。正確な一年後は明日だけど、区切りとしてちょうど良いと言うのもあって、誕生日当日に若返りの妙薬を渡せるように準備をしておいた。
これを飲めば、リュカは若返る代わりに――――百年分の寿命を失う。
昨年のうちに、リュカのスケッチを残していた。千歳の姿と、九百歳の姿のリュカをモデルにしたスケッチ。千歳の姿は記憶に残ったリュカを描いたが、九百歳は目の前にいるリュカを見て描いた。
私の趣味の一つが写実だったから、記録を残した。
……失っていく年月を忘れないように。
リュカは渡してすぐに妙薬を飲んだので、すでに残りの寿命は八百年になっていた。二本の妙薬を飲んだせいで、外見年齢が千歳であった頃より、はっきりと若くなったことがわかる。
「十一歳の誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、レイス」
リュカの外見は八百歳だけど、生まれてからの年齢では、まだ十一になったばかり。
祝われたリュカは、嬉しそうに頬を緩めた。
「身体の調子はどうですか」
「随分良くなったけど、まだ身体は痛む。もし迷惑でなければ、来年もお願いしても良いか?」
「……いいですよ。ではまた来年」
リュカの嬉しそうな姿を見て、咄嗟に断れなくて、私は頷いていた。
これで、本当に良いのだろうか。人間でいえば八十の身体は確かに痛むところも多いだろうと私にもわかる。でも、妙薬を飲めば飲むほど、命も縮まっていくのに。
そう思ったけど、今日はリュカの誕生日だから……暗い顔をしていては、申し訳ない。
一年の間に気が変わるかもしれないからと、私は問題を先送りにした。
妙薬を飲んで数日後。
前よりもスムーズに動くようになった身体で、食後の皿洗いをしているリュカがいた。
千歳の時は寝たきり、九百歳の時には少しずつリハビリをするかのように、ベッドの外にいる時間が増えた。今は八百歳の身体になったおかげで、以前よりまた元気になった。
リュカが洗ってくれて、隣に立つ私が皿を拭いていた。
「レイスには本当に、感謝している」
「もう何度も聞きましたよ」
リュカが流暢に話せるようになってから、何度も何度もお礼を言われて、その度寿命のことを思い出して罪悪感が沸き上がる。
「なぜこんなに良くしてくれるんだ? レイスにとって、私は見知らぬ他人だろう?」
そう問われて考えてみても、どうしてリュカを助けてしまったのか、私にもわからない。リュカを見ていたら動けなくなって、仕方なく前に足を踏み出していただけ。
気まぐれに近いものなのかも。でも、気まぐれだなんて聞かされても、リュカは困るだろう。
「私も見知らぬ他人である師匠から、助けてもらったからですかね。私も、孤児だったので」
「……そうだとしても、今にも死にそうな老人を助けるより、もっと助けるべき人間がいるとは思わなかったのか?」
私は両親が死んでから孤児院に行って、そこで師匠に拾われた。魔女としての知識は彼女に教わっていた。
「私も同じようなことを師匠に聞きました。たくさん孤児がいる中で、なぜ私を拾ったのかと。師匠の答えは……ピンと来たからだと。どうせ全ての不幸を救えないのだから、自分の好きなようにやるだけだと、そう言ってました」
これは師匠の答えであって私の答えではないけれど、リュカは納得したように頷いていた。
「良い師匠のようだね」
「ええ。私にとっては良い師匠でした」
救われなかった見知らぬ他人にとっては最低な人でしょうけど、と心の中で呟いたけど、顔には出さなかった。
リュカを助けたことに、後悔はない。
動けるようになったリュカと過ごす日々は、思ったよりも楽しかった。
「シィの助けも、もうほとんどいりませんね」
「ああ。レイスとシィのおかげで、恙無く暮らせた。ありがとう」
ブラウニーは、気にするな! と伝えるかのように、両手を振った。言葉を話せない代わりに、身振り手振りが大きくて可愛らしい。
それをリュカと一緒に微笑ましく見てから、私はブラウニーを送還した。
「私にできることはないか。世話になっている礼をしたいんだ」
「いえ、特には……今のところ、金銭には困ってませんし……」
「だが……」
私が断ってもリュカは気が収まらないようで、申し訳なさそうに眉を下げていた。このまま断るよりは、彼に何かさせてあげた方がいいのかもしれない、と私は思い悩んだ。
リュカの見た目では、まだ外で仕事を見つけることは難しいだろうし、彼の実年齢を考えればお金を取りたくはない。だからと言って、誰かの世話になってるだけというのは気が塞いでしまうかもしれない。
「ええと……なら、家事をしてくれませんか。私が魔女としての仕事をしている間、リュカが家事を担当してくれると助かります」
「それは構わないが、ブラウニーは? 私の世話がなければ、家事に回せるのでは?」
「魔女として働いているとブラウニーに魔力を回すことができないので、もともと自分で家事をこなしてたんです。あまり得意ではないですが」
「なるほど。なら、ここにいる間は私が担当する。いつか必ず、ちゃんと礼をするから」
家事を頼んだのは、それしか思いつかなかったのと、やってくれると本当に助かるからだったけど、リュカはよく働いてくれた。
教えるとすぐに覚えてくれて、部屋は常に清潔に、私が作っていた時よりも丁寧に調理された食事が並んだ。
本当に、このままずっとここに居てくれても助かるくらい。
いつかリュカが出て行ったらきっと寂しくなるだろうな、と頭をよぎった。