彼と彼女は同じ時を刻む(3)
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学園をとっくに卒業して、家に帰ってきて数十年ほど経った頃、その兆候が現れた。
随分と長く若い身体を保っていたリュカの身長が、目に見えて小さくなっている。私より大分上にあったはずの目線が近くなっていて、不安に駆られた。
「なんだか背が縮んでませんか?」
「……そうかもしれない。成長期を逆にすると、こうなるんだな」
「リュカ!」
感心したような物言いに苦言を呈すると、苦笑いで頭を撫でられた。その手つきは慰めるような優しさが篭っていて、リュカも先が長くないことを理解しているんだろうと思わせた。
「もうあまり、時間は残されてませんね……。リュカが子供になった後で、私の寿命が来ないと良いんですけど……」
「私は大丈夫だ。レイスが一人になっても問題ないように、屋敷の皆にも伝えてある」
種族の垣根が無くなったので、私もリュカも、姿を隠す必要は無くなった。だから、お互い一人で残されるわけじゃない。
それでも、本当に心配で。
リュカが言うには、これからどんどん小さくなっていき、やがては赤ん坊になって消えてしまうだろう、ということだった。
「呪いは解けないんですか」
「若返りの妙薬が呪いを解いた後にどう作用するのかわからない。それに、これからまともに歳を取ったところで、レイスに先立たれるだけだろう?」
「そう、ですね。一人で百年間生きたくはないですから」
私は呪いは専門外だった。薬を作ったのは軽率だったと後悔したのに、当の本人であるリュカは大して気にしていないようだった。
* * *
リュカが人間でいう十二歳程度の年頃になった時、感情の抑制が難しくなったと、珍しく愚痴をこぼした。
「まさか精神まで徐々に子供になっていくとは……」
「リュカには子供時代はなかったんですから、いっそ楽しんでみては?」
「その面倒を見るのはレイスだろう」
「……私とリュカの間では子供はできませんでしたからね。ほんのちょっとだけ、楽しみです」
御伽噺のゴーストと魔女のように奇跡が起こるわけでもなく、子供はできなかった。子供がどうというよりは、リュカが持てなかった子供時代を与えてあげられることが嬉しかった。
「もし大変だったら、シィを呼ぶので大丈夫ですよ」
「……わかった。また世話になる」
「はい」
リュカは一つため息を吐いてから、私の言葉を受け入れてくれた。
過ぎていく日々を零さないように、大切に過ごしていく。
さらに月日が過ぎれば、リュカは六歳程度の子供になっていた。
これまで私と過ごした三百年の記憶はあるようだけど、子供らしくわがままを言ったり、急に泣き出したりすることもあった。自分が自分で無くなるような気がして不安らしい。
「リュカには子供らしく生きる時間はなかったんだから、存分に甘えていいんですよ」
リュカが泣き出すたびに、私は彼を慰めた。
ここまで来ると、夫婦というより親子のような関係だった。
リュカは生まれた時から老人で、すでに精神は成熟していたにも関わらず、生まれたその日に捨てられた。
動くこともままならなかったのに、掠れて聞こえなくても礼を伝えるために声を出そうとするような、優しい心を持つ人間だった。生まれた時から大人にならざる得なかった彼を、人生の最期くらい甘やかしていたい。
その後もどんどんとリュカは小さくなっていく。
流石に脳のキャパシティが足りないのか、今まで過ごしていた日々のことを忘れていった。
「ままー」
「ここにいますよ」
この頃にはまるで普通の子供のように、私のこと「まま」と呼んでいた。小さな子供にとって、一番近くにいる女性はやはり母親だからだろうか。
私もそれを受け入れて、ただの子供を育てるようにリュカと接した。
リュカを抱きあげながら、ふと思いついた言葉を溢す。
「試しに、夢の中に入ってみましょうか……」
「どうしたの?」
小さな呟きを拾ったリュカが、目をまん丸にして私を見上げた。リュカが子供になるとこんなに愛らしくなるのかと、驚きの連続だった。
「もしかしたら、リュカの夢の中に私が出てくるかもしれません」
「そうなの? たのしみ!」
無邪気に喜ぶ姿が可愛らしくて癒される。
その晩、随分と久しぶりに仮死状態になってみて、リュカの夢に入った。
家で過ごしている夢を見ているようで、ほとんどいつもと変わらない風景が視界に広がっている。
声がする方へ進むと、なぜか大人だった頃のリュカと私が、幼児であるリュカの世話をしていた。
「リュカ?」
「あ、ままがふたりいる!」
夢の登場人物であるリュカは何も答えず、代わりに幼児であるリュカが私の存在に気づいて、パッと笑顔になった。
なぜこんなストーリーを作り出したのだろうと首を傾げる。言葉に出せずとも、脳のどこかに過去のリュカを覚えているのかもしれない。
不思議だけど、心が温まった。
最後には、リュカは赤ん坊になった。
もう人の言葉を喋ることもないけど、抱きしめてやれば嬉しそうにする。それがひどく辛くて、幸せだった。
赤ん坊の世話はたくさんの苦労があったけど、できるだけブラウニーではなく自分の手で世話をした。嫌になったら世話なんて放り出して良いと、大人だった頃のリュカに言われていたけど、私は現状に満足していた。
最後の日。
おそらく、リュカが呪いをかけられる直前の姿。もうすぐだろうなと察していたから、リュカのそばを離れずただ見つめていた。
先ほど寝かしつけられたばかりの、スヤスヤと眠るリュカを眺めていると、突如として姿を変え始めた。
とうとう死んでしまうのかと慌てていると、赤ん坊の代わりに現われたのは、人間で言えば百歳ほどの老人のようだった。
色が抜けた白い髪に、暖かな色を宿した赤い瞳。
瞳はきちんと私を認識して、見つめていた。口がはくはくと動いているが、時折掠れた音が聞こえる以外には、何の言葉も出てこない。
「リュカ」
もう一度会えるとは思わなかった。
涙がほろほろ溢れてきて、止まらない。
彼を抱きしめると、やせ細った腕をゆっくりゆっくりと動かして、私の背中に腕を回した。抱きしめると言うより、添えるだけのような弱いハグ。
リュカが赤ん坊から老人になる呪いをかけられるまでの、たった一時間程度の邂逅だった。




