彼と彼女は同じ時を刻む(2)
「僕はリューク・フォラント。よろしくね」
聞き覚えるある姓を名乗る転入生がやってきて、私とリュカはこっそり顔を見合わせた。
リュークがいるとしても、すぐに授業が始まったので、特に問題なく時間は過ぎていった。休憩時間になってから、人目につかないところでリュカと話をした。
「兄弟かもしれない」
『え? 兄弟?』
「ああ。呪いのせいか、まだ赤子だった時のこともぼんやりと覚えているんだが……隣に赤子がいた気がする」
『双子だったんですね……通りでそっくりだと……』
ただ、リュカの方が若く見える。
リュークは呪いを受けずに、普通に年を取ったからだろう。
「……念の為、ただのリュカとして入学して良かった。何か言われるかもしれないが、しらを切るしかない」
『そうですね』
そう言ってはいたけれど、リュークはすぐにリュカに気が付いて、何かとそばをウロついていた。
リュカはできる限り彼を避けているけど、同じクラスだから限界はある。
リュカは私と気兼ねなく話すために、いつも人目を避けるように、昼休みを過ごしていた。毎回うまく撒いてはいたけど、とうとうリュークに場所を見つかってしまって、二人が対峙しているのを私はハラハラと見守っていた。
「……ねえ、やっぱり兄さんでしょ?」
「いや、私は……」
リュカは否定しようとしていたけど、リュークの顔はひどく寂しげだった。
リュカが生きていると都合が悪いとか、あるいはリュカが強いことがわかってやっぱり連れ戻しに来ただとか、そういう雰囲気ではない。
『リュカ、ちょっとだけ話を聞いてみたらどうですか』
私がそう言うと、リュカも後ろ髪を引かれていたようで、素直にリュークに向き合った。
リュークは私がリュカを促したことは聞こえていないので、リュカがいつものように逃げ出さずに、リュークと目を合わせて留まったことに驚いていた。
「母さんが、兄さんにあげられたものは名前だけだったから、申し訳ないって言ってた。ちゃんと覚えてたから、リュカって名乗ってるんじゃないの?」
リュークはすでに、リュカが兄弟だとほぼ確信しているようだった。どうして認めてくれないのかと悲しげに訴える声に、リュカは小さく嘆息した。
「……兄弟を見つけて、どうするつもりなんだ? 」
「どうするとかじゃなくて、会いたいだけだよ。血を分けた兄弟なのに、話にしか聞いたことがないから」
「私が兄弟どうかを確かめに、こんな時期に転入を?」
「ああ、そっか、また嫌な目に合わないか心配なんだね」
リュークはリュカが自分を避ける理由に思い至って、笑みを浮かべた。
「心配しないで、変な時期になったのは、良い年頃の子がいなくて、時間がかかってただけなんだ。龍人族は年々子供が出来にくくなってて、適当な子を送り込むにも話し合いが長引いちゃって」
リュークの言葉に嘘はなさそうだと私が考えていると、リュカも同じ考えに至ったようだった。
「……君が探しているのは、私で間違いない」
リュカが肯定すると、リュークはパッと花が咲いたような笑顔を浮かべて、リュカとは顔立ちはほとんど同じなのに、育った場所の違いを感じさせた。話をしているのを聞いていても、ふとした時の仕草も性格も違うように思う。別世界で育ったことを実感して、やり場のない悲しみが沸いてくる。
私やリュカと違って、リュークはにこにこと笑って嬉しそうだった。
「今はもう、時代が変わったでしょ。あの時大手を振って歩いていた人は、みんな肩身の狭い思いをしてるよ。あの頃なら他の種族と関わろうとなんてしなかったけど、こうやって僕が学園に通うこともできるようになった」
「あれからまだ、たった二百年しか建っていないのに?」
「どこの国も変化に追われているからね。うちの場合は、もともと出生率が下がってたことが問題視されている中で兄さんの放逐を強硬したから……それが契機になって、徐々に、かな」
リュカが追い出されたことが契機だなんて。そんなことを聞いたところで、過ぎ去った時間は戻ってこない。
無邪気な物言いにリュカが心配になって顔を窺うと、いつかのように瞳は静かに凪いでいた。
「母さんに、会いに来ない? ずっと兄さんのこと探してたけど、見つからなくて。聞いてた姿と違うし、呪いも解けたんでしょ? これからはこっちで暮らしても良いし」
『ああ、彼は知らないんですね……』
彼の態度にようやく合点がいった。
普通に生きてきた龍人族のリュークにとって、目の前にいるリュカは二百年別々に育った兄弟でしかない。リュカが追い出されたことを不憫には思っているかもしれないけど、寿命をすり減らして生きてきたことを知る由もない。
「いや、呪いは解けてない」
「え、どうして」
リュカの声は平坦で、内に秘められた感情を窺い知ることが出来なかった。
リュークは目を丸くして、リュカの姿を見た。
「若返るスピードが……早いんだ。私はもうあまり永くない。期待させてしまうだろうから、秘密にしておいた方がいい」
「まさか、本当に?」
リュカは言葉を選ぶように、ゆっくりと口にした。
リュークはじっとリュカの姿を見て、自分と少し違うことに気が付いたようだった。 リュークはリュカがついた嘘を信じ込んで、青ざめた。
「そっか……。ようやく兄さんのことを諦めたところだったから、生きていたと知った後で亡くなったらと考えると……兄さんの言う通りかもしれない」
どうして嘘を?
リュカを見ると、私にだけわかるように小さく微笑んだ。
何か考えがあるのかもしれないけど……せっかく会えた家族に害意がないとわかったのに。
「大丈夫なの? 兄さんは、その……」
「気にしていない。定められた命の残量は、種族やそれぞれの生き様によって異なるというだけだ。龍人族とは違う生き方をしてきたが、これまでずっと幸せだった」
リュークは何も言えなくなってしまったようで、心細そうに眉を下げた。
沈黙が降りて、気まずい空気が流れる。
「……昼を食べないと、午後の授業が始まるぞ」
「あ、うん。……ここにいる間は、たまに話かけても良い?」
「卒業までの間なら」
立ち尽くしたままのリュークを置いて、リュカはその場を離れた。
リュカは午後の授業に出る気が無くなったようで、寮へ戻ってきていた。
リュカは冷静そうに見えて、どこか不安定な雰囲気を纏っていた。すっかり忘れていたはずの過去が追いかけてきて、動揺しているのかもしれない。
ベッドに腰を下ろしたリュカの隣に寄り添うように座ったけど、私の身体は霊体だから、彼の体温は感じない。慰めたくとも、手を伸ばしてもすり抜けることはわかっていた。ただ隣にいることしかできないことに歯噛みする。
『ご家族のこと、良いんですか』
「ああ。今更、会うこともない。永くないのも本当だから」
『でも』
「……残りの時間を一緒に過ごそうと言っただろう? 彼らと会えば、レイスとゆっくりできる時間が減ってしまう」
いつかの言葉を繰り返されたので、私は恥ずかしくなって、何も答えられなかった。
「龍人族が強さを尊ぶ、残酷なだけの種族じゃないことは、旅の途中で気づいていたんだ。確証はなかったが、確かめようと思えば、あの時にはもう会いに行くことは出来た。それをしなかったのは、レイスの方が大切だったからだ」
『……』
「当時はレイスを諦めきれなくて、せめて側にいることは出来ないかと、ずっと方法を考えていた」
『も、もういいです。わかりました』
このままでは私ばかりが恥ずかしい思い出話が永遠に続いてしまうと思って、慌ててリュカを静止した。
本当に臆面もなく話すものだから、照れているのが私だけというのは、居心地が悪くて仕方がない。
『そういえば、リュカとリュークって、語源が一緒ですね。お母様が名前をあげたって言ってましたけど』
初めて会った時のリュカは、途切れ途切れではあったけど、「リュカ・フォラント」と名乗っていた。
私が昔のことを思い出すと、リュカも当時のことを思い出したようで、瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「私が呪いを受けた後で、処遇をどうするか話し合っているときに、彼女はこっそり会いに来た。放逐されることを察していたんだろう。老いぼれた身体を見ても嫌悪を見せずに、私の名前を教えてくれた」
『……良い人だったんですね』
リュカに、私に名乗ることのできる名前があって良かった。『貴方の名前は』だなんて、名無しのまま聞かれたら……どれほど痛みを伴うことだろう。
「それしか話したことがないからわからないが、恐らくは。良い人だからと言って母親とは思えないから、やはり会うのは避けたほうがいいと思うんだ。リュークにも言ったように、私の命が少ないことを背負わせるのは申し訳ないとも思っている。……私の家族は、ずっと前からレイスだけだ。薄情だと思うか?」
『いいえ』
何百年も前に亡くなった両親や師匠は、いまだに大切な人ではあるけど、私の今の家族はリュカだと感じている。
リュカだって母親と会ったのはもう二百年も前なんだから、すでに彼らとは別の人生を歩んでいる。
『……あの、授業を休んだついでに、お昼寝でもしませんか?』
家族について考えていたら、触れられない現状がなんだか寂しくなってきて、珍しく私から誘ってみた。
「今眠って、夜眠れなくなったらどうするんだ?」
いつもは私が言う台詞をリュカが半分笑いながら口にした。冗談を言いつつも、ベッドに横になって目を瞑ってくれた。
触れられはしないけど、彼が見ていないのを良いことに、頭を撫でるようにそっと手を置く。
……これまでずっと幸せだったと、最期まで私と一緒にいてくれると言ってくれて、本当に嬉しかった。
「おやすみ」
『おやすみなさい』
リュカから規則的な寝息が聞こえてくるまで、ただ彼の顔を眺めて過ごした。




