彼と彼女は同じ時を刻む(1)
残り3話です。よろしくお願いします。
リュカと入籍して百年。
減ってしまったものは仕方がないから、残った時間を大切にしようと決めていた。
今までの人生で、一番幸せな百年だった。
今までは百歳若返れば、人間換算で十歳若返っていたため、この百年でリュカが十歳の少年になってしまったらどうしようかと心配したが、若返っていく速度は緩やかだった。二十代よりかは少しばかり若く見え、年頃で言えば十八かそこらに見えた。
「龍人族も子供のうちは人間と同じように育つようだから、まだ時間はある」
「ということは、最後の二十年くらいで一気に子供になってしまうわけですね」
「恐らくは」
まだ時間はあるとは思うものの、普通とは違う形で人生の終わりを迎えるリュカのことは心配だった。
「そういえば、ヴィクトール様が隣国に留学することになったから、私に着いてきて欲しいと」
ヴィクトール様はリュカを雇っている貴族の、一番上の子。リュカを最初に雇ってくれた人がとっくの昔に他界して、すでに何度か世代が交代している。
リュカの姿はちょうど、乙女ゲームに出ていたリュカと同じくらいの年頃で。
乙女ゲームの舞台は多種多様な種族が集まる学園で、物語は人間の女の子が入学することで始まる。
……つい数年前に、世界初の異種族混合の学園が創立されたばかりだった。
もしかしたら声がかかるかもしれないとは思っていたけど、本当にそうなるとは思っていなかったから、言葉を失った。
「……三年間、ですよね」
「離れて暮らすには長いな」
私もリュカも、残りの寿命は百年を切っている。
人間と同じだけあると思えば結構あるように思うけど、それでも時間を無駄にはしたくないと、お互いに思っていた。
リュカは、ゲームの主人公と恋をするんだろうか。
いや、リュカは若返りの妙薬で寿命を半分以上削ってまで一緒にいてくれるのだから、そんなことするはずがない。
そうは思うものの、心配は尽きない。
私は意を決して、口を開いた。
「幽鬼族は仮死状態になって、霊魂の姿で身体から抜け出すことができます。私を使い魔として連れて行ってくれませんか?」
「レイスを、使い魔に?」
「はい。ゴーストは魔物の一種とされていますが、生前の記憶を持っていれば、人間の種族として数えることもあります。あの……」
「どうした?」
私が言い淀んだので、リュカは私の顔色を窺うように見下ろした。
幽鬼族の鬼の字は、ずっと姿の変わらない私たちを魔物として見ていた名残だった。それは実際に正しくもある。
リュカなら、きっと引いたりしないとは思うけど、と考えながら続きを話した。
「……幽鬼族はゴーストと人が交配して生まれたと、両親から寝物語として聞いたことがあります。実際に霊魂の状態では、魔物の性質に近くなりますから、きっと使役できるはずです」
寝物語とは言え、実際にゴーストのような存在になれるのだから、伝承を子供向けにアレンジしたものなんだろう。
私が心配していたリュカの反応は、感心したように頷くだけで、引いている様子などはなかった。
「本当に不思議な一族だな。どんな話だったんだ?」
「そうですね、確か……」
リュカの反応に安心して、確かこういう話だったはず、と当時を思い返した。
「ええと、長寿の種族だった魔女が、恋人であるゴーストと仲睦まじく暮らしているんですが……。魔女が亡くなってゴーストになるまで、数千年の時がかかるんです。二人きりで過ごすにはあまりにも長すぎるからと、魔女は子供を欲しがったのですが、実体のないゴーストと生者の間には子供は生まれませんでした」
この物語とは関係がないけど、私とリュカの間にも子供はいない。
リュカの呪いのせいか、種族差のせいかはわからないが、二人きりでも平穏で幸せな日々が続いている。
「一時は死んで一緒になるも考えたようですが、ゴーストに止められて、なにか方法はないかと探し始めたんです。それで、魔女は研究の末に奇跡のような魔法を開発しました。たくさんの子供に囲まれて幸せな数千年を過ごし、最後には亡くなって、死者の国でゴーストと結ばれてお終いです」
「その子供たちがレイスの先祖だと?」
「御伽噺なので、どこまで本当かまではわかりませんが、多分」
「死後も結ばれるなんて、なんと言うか、ロマンチックな話だ」
その大雑把な感想に苦笑した。
私には前世があるけど……死者の国へ行った記憶はない。輪廻転生はあっても、死者の国の存在まではわからない。
この人生を終えたら私はどうなるのかと考えることはある。だけど、これだけ幸せなのだから悔いはない。
「わかった、まずは一緒に試してみよう。問題なければ、話を通しておく」
「よろしくお願いします」
一緒についていけば、もし誰かと恋に落ちたってすぐにわかる。
今更諦めるつもりはない。
* * *
学生生活は順調だった。護衛としての入学とはいえ、リュカは今までの人生で学校に通ったことがなかったため、初めての学校は興味深いようだった。
リュカのように要人と同時に入学する人は他にもいて、数人ほど紛れ込んでいる。この学園が友好の証として建てられたとしても、いまだに禍根は残っている。学園側も把握はしているようで、問題を起こしたりしなければ彼らを受け入れていた。若い時代の長い長命種であれば、素知らぬ顔をして紛れ込むことは可能だった。
「傭兵だった時は、こんな風に異なる種族同士で手を取り合えるとは思ってなかったな……あの子のおかげか」
『そうですね、アイリーンのおかげでしょうか』
お世辞にも良い空気とは言えなかった学園の空気。みんな、何かしら祖国の思惑を背負っている。憎しみを忘れられない人や、疑り深く周囲を観察する人、危険かもしれないとわかっていて身を差し出すように学園に籍を置いた人など、事情は様々だった。
そこにやってきた、争っていた過去を知らないかのような、真っさらな人間。
数々の問題はあれど、主人公であるアイリーンが、予定調和のように学園内の空気を徐々に塗り替えていく。
「本当に、レイスの言う通りになったな」
リュカは私に笑いかけた。
私はようやく、前世のことをリュカに話していた。
もしかしたら信じてもらえないかもしれない、と思っていたのに、リュカの反応はちょっとした思い出話を聞くくらいのノリで、こちらが困惑した。
肝心の主人公がリュカの元へ駆けてくるのが視界の端に見えて、彼女に見えないのをいいことに、私はこっそり舌を出した。
彼女が素晴らしい功績を残しているのは確かだけど、それとこれとは別。
「リュカさん!」
「……なんだ?」
「一緒にお昼でもどうかなと思いまして」
「すまないが、昼の予定はすでに決まっている」
ゲームの通りこの学園に来てしまったけど、私がすでに話してしまったからか、リュカがアイリーンを好きになることはなかった。
だからそれなりに安心して見ていられるけど、アイリーンはリュカに積極的に関わり合おうとしてくるので、時々不安になることもある。
彼女は善意で誘っているのだとは思う。誰もが手を取り合えるように。
「でも、いつも一人でいますよね? どうせなら、みんなで食べたほうが楽しいですよ」
「私は一人じゃない。レイスがいるから」
リュカが断ってくれてホッとしたものの、周囲の目を憚らず、私の名前を出したことにぎょっとした。
「レイスさんって方、生徒にいましたか?」
「いや……使い魔だ」
アイリーンが首を傾げると、少し言いにくそうにリュカは使い魔だと口にした。
幽鬼族だと公にするわけにはいかないので、リュカは私のことを使い魔だと説明していたけど、毎回言い淀む。実際には主従関係ではないのにと、どうしても違和感が拭えない、と言っていた。
「そうなんですね。気が向いたら、食堂に来てくださいね」
「……わかった」
アイリーンは一応納得したらしく、あっさりと引き返していった。
さらに周囲の女性がもアイリーンとリュカの会話を見守っていたようで、誘っても無駄そうだと散っていくのがわかった。
その様子を見て、知らぬうちにため息をついていた。
『リュカはスペックが高すぎるんですよね……』
「レイスが色々と教えてくれたから」
『教えてないことまでなんでもできるんですから、私のおかげではないです。……リュカは落ち着きもあるし……学園で一番強いし、モテないわけがないんですよねえ』
同じような人は他にも数人いるけど、その中でも群を抜いていた。才能の差かもしれない。
「そんなことより、今日も会えるか?」
リュカは興味がなさそうに話題を変えた。
会えるか、と言うのは、夢の中でと言う話。
この姿になって初めて知ったことだけど、ゴーストでいるときは他人の夢へと入り込むことができた。この姿のままではリュカに触れることはできないけど、夢の中では実体のように振る舞うことができたおかげで、寂しい思いをすることはなかった。
使い魔としての生活もなかなか悪くはない。
『あんまり頻繁に夢で会ってると、眠りが浅くなって、そのうち授業中に居眠りしちゃいますよ』
「私の仕事は警護だから、授業はほどほどで問題ない」
『……わかりました』
渋々、という風に了承したけど、結局は楽しみにしているし、そのことはリュカもわかっているだろう。
霊体に体温はないはずなのに、顔が熱い気がして、見られないようにそっと顔を背けた。
何事もなく順調に過ぎていく学生生活の中で、フォラントの名前を名乗る生徒が転入してきたのは、それからすぐのことだった。




