55話(最終話)・親友 〜 それだけでよかった 〜
「なぁノゾム。君は今、俺に対してどんな感情を抱いているんだ?」
「え、あ……」
「偉くカッコつけた事を言ってたじゃないか?」
「カガ、リ?」
「自分の大切な人の事は忘れない、か。俺は君にとって大切な存在ではなかったのか……」
「……違、う」
「違う? でも実際に忘れていたじゃないか?」
「だって─────」
そこにいるのは、到底自分と同年代とは思えない老人。
しかし、その話し方や時折見せる仕草はカガリのそれだった。
「ちょっとからかい過ぎたな。まぁ、こんなに見た目が変われば、分かるものも分からないか」
「何が、あったんだ?」
「何も変な事はされてないさ」
「じゃあ! ……その姿は?」
「……初めからだよ」
カガリはポツリと呟いた。
先程まであった、瞳にある熱い何かは無くなり。虚ろな目へと変わっている。
「初めからって?」
「文字通り初めから。俺は生まれた時から、こうなる事が決まっていたんだ」
いや、と一度否定を入れて再び呟く。
「こうなるように操作されたんだ……」
「!」
一瞬、足元が揺らいだような気がした。
気がしただけで、実際はオレが無意識に後ずさりをしただけだ。
ただ、それだけの衝撃があったというだけの話。
「それって、」
「そうだよ、俺もデザイナーズベイビーという事だ。まぁ、刺客たちと違って、運動能力とかがいじられてる訳じゃ無い。普通の人よりも、成長という名の老化が早くなるという操作だ」
オレが一度だけ考え、そしてありえないとして切り捨てたモノ。それが現実だった。
動揺しているオレの姿を見て、カガリは不気味な笑みを浮かべる。
「君がキキョウ園を抜け出してしばらくしてからかな。俺の身体は第2時成長期に入った。そのタイミングで俺の老化は加速した。一瞬だけ発達した筋肉はすぐに衰え、髪の色も白く変わっていった。初めは自分がデザイナーズベイビーだなんて知らないからさ、大きな病気かと思ったぜ」
自嘲するように笑う彼の姿を見ていると、胸が締め付けられるような気がした。
「そんなある日伝えられたんだよ。お前はデザイナーズベイビーだって。そして、『裏政府』の為に造られた便利人間だって、な」
「そんなの」
「そうだよな。俺も君と同じ感情を抱いたさ。ふざけるな、って。けどな、」
彼は、もうオレの事など見ていなかった。ただじっと下を見つめていた。
カガリが何を考えているのかは分からない。分からないから彼から話を聞くしかない。彼が経験した苦しい過去の話を。
「口は、はい、と答えたんだ」
「え、何でだよ? 嫌じゃなかったのかよ!?」
「嫌に決まってんだろ!」
下を見ながら、カガリは再び叫んだ。
そして、静かな嗚咽が聞こえ始める。
「俺はな、脳もいじられていたんだ。何かを選択しなければならない状況になった時には『裏政府』が有利になる行動や発言をするようにな」
「それって────」
「たとえ、俺が心の底から嫌がってる事でも、脳は指示を出す。身体はそれに従う。生きた心地はしないよ」
到底オレには想像もつかない事だった。身体が自分の思った通りに動いてくれない。それがいかに辛いか。それが分からない事が腹立たしかった。
「藤垣君の時だってそうだ。俺は彼の事をもっと大事にしたかった! 大切にしたかった! なのに! なのになのになのになのに! この脳は! 身体は! うぅっ、クソがッ!」
「……ごめんな、カガリがそんな状況だと知らずにオレはお前に、」
「しょうがないよ」
怒りを無理矢理抑えたような声だった。
彼はゆっくりと顔をあげると、オレと目を合わせ、頭を下げた。
礼。それが謝罪の礼だという事は手を取るように分かった。
「俺は、君にどうしても謝らなくちゃいけない事がある」
「え?」
「ショウタって、覚えてるか?」
「……あぁ、もちろん。覚えてる。うん。当たり前。確かこの学校にいたよな? ……今はいないけど」
「そこまで知ってたのか」
「一回、オレのクラスメイトとケンカしてるとこを見かけて、それ以来何回か会おうとしたんだけどなかなか会えなくて、意を決して寮に行ったら、ショウタの部屋はもぬけの殻だった……。何か、あったのか?」
唾を飲む音が聞こえた。
オレは彼に近づくと、その顔を持ち上げて無理矢理目を合わせる。
「何があったんだ?」
そして、できるだけ優しい声にして聞いた。
「……。ショウタが君のクラスメイトと揉めた時。俺はその話し合いの場にいた。そこで、彼に気付かれたんだ。オレがカガリだって」
「ほ、本当にか?」
「本当さ。俺は嬉しかったよ。こんな見た目になっても分かる人はいるんだって。なのにな、俺の脳が出した指令は、目の前の男を殺せというものだった」
「──────」
「気がついたらオレはここにいて、彼の死体を燃やしていたんだ」
彼が見上げた先にあるのは、大きな煙突。
多くの人達の人生の墓場だ。
「俺さ、ここに来て初めて君に声をかけた時に、気付いてくれたら嬉しいな、とか思ってたんだよ。けど今になって考えたら、気づいてくれなくてよかったと思う。もしかしたら殺していたかもしれないから……」
「カガリ……」
「なぁ、ノゾム。俺の懺悔を聞いてくれないか? 黙って聞いてくれるだけでいいから」
オレは静かに頷いた。それを見て、カガリは子供のような笑みを浮かべた。
「この学校に来てから、俺はルールを変えた。退学の危険性を高めた。そして殺処分という倫理に反した事を強行した。己に歯向かう者達は、上に伝えて殺して貰った。『裏政府』から送り込まれた刺客達を道具のようにして使い、多くの生徒を退学に追いやった。そして使えるだけ使った刺客は捨てた。───────殺しを依頼した回数26回。成功回数26回。殺処分した生徒の数325人。……全く、君の言う通り、俺は人間じゃないな」
「それは、」
「何も言うな。何も。全てが俺が悪い」
そう言うと、彼は自分の頭を指さした。
「さっきさ、俺の脳はいじられてるって言ったけど、ショウタを殺してしまった時に何かがぶっ飛んだみたいでさ、脳からの変な指令を少しだけなら自分で抑える事ができるようになったんだ。だから、今もこうして話す事ができてる。そして、」
彼は軽く舌を見せた。
「自ら命を断つ事もできると思う」
「お前────
「親友の君に全てを伝えられた。満足だよ。それだけでよかった……」
そして、
─────────オレはまた間に合わなかった。
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「そんな事が……」
秋川校長は思わず息を飲んでいた。
「はい。オレは、彼が親友だと気付く事が出来なかった上に、助ける事ができませんでした。彼はきっと、今まで相当辛い思いをしてきたんだと思います。だからあの時。オレに全てを伝えられ、死を許された状況は、とても捨て難いモノだったのだと思います」
「……なるほどね。そして、これは本気なのかい?」
秋川が指をさしているのは、退学届。
「はい。オレは、自分がするべき事。しなくてはならない事を見つけました」
「本気なら別に止めないが……。雷君とか、那谷君とか、他の人らに伝えなくていいのか?」
「はい。聞かれるまでは、彼らには黙っておいて下さい」
「そうか。分かった」
秋川はゆっくりと立ち上がると、窓にかかっていたカーテンを開けた。
そして、優しくも闇を感じさせる笑みを浮かべて言う。
「いってらっしゃい」
彼の背後の窓から見える煙突からは、白い煙がたなびいていた。
はじめまして、作者のPENです。
これまで拙い文を読んでいただきありがとうございました。
まずは、呼んでいただいた方なら誰しもが思う事、『え? 戦う刺客は藤垣だけなの!?』にお答えしたいと思います。
この話は、『One Class One Million』の5年後の世界を書こうとした時に、ちょうど学校で『デザイナーズベイビー』について学んだ事がきっかけで生まれた話です。
その授業時に先生がふと生徒達に聞いた質問。
遺伝子を操作された人についてどう思うか、という物に、自分以外の全員が気持ち悪いと答えた事が衝撃的過ぎました。
どんな過程があろうと、その人達も人なのに……。その事を伝える為にこの話を書くことを考えました。
色々と構想を練っていく中で、どうしたらデザイナーズベイビーの刺客達が人間っぽく見えるか。それを突き詰めた結果がこれです。
もっといい方法があったと思いますが、これが私の限界でした……。
次に、『何、この終わり方!?』ですが。まだ話は終わって無いです。
この『縁無の学校』は、先程も言った『One Class One Million』の5年後の世界の話であり、この2つの話を経て、1つの物語へと繋がる仕組みになっております。
……なので少しの時間待っていただけたらな、と。
最後に、約2ヶ月間私が毎日投稿し続ける事ができたのは、毎日欠かさずに読んでいただけた方達のおかげです。本当にありがとうございました。
ブックマークが増える事はありませんでしたが、アクセス解析を見て、2人の方が毎日読んでいるのを確認しておりました。
名前を知らない2人には、感謝してもしきれません。
それでは、また次の連載の最終話で。
(この話の続きを書くのは、次の次の連載の気が……)
因みに、登場した全ての生徒の研究テーマ(四字熟語)は人物表・『結』で書いております。それを見て、どのようなキャラクターなのか考えるのも中々良いかも知れません……。




