6話・偶然
学校生活2日目の朝。オレはF組教室に入り、自らの席につくと、前の席の住人に話しかけた。
「おはよう」
「……」
しかし、彼女からの反応は無かった。昨日の事をまだ怒っているのだろうか。とりあえずもう一度、今度は敬語で声をかけてみる。
「あのー、那谷様。ご機嫌麗しゅうごさいますでしょうか?」
「……ねぇ、」
那谷はこちらに冷たい目線を向けてくる。
「はい。なんでごさいますでしょうか?」
「おちょくってるの?」
「いえいえ!そんな事はございません」
「そういう変な喋り方がおちょくってるって言ってるんだけど?」
どうやらオレは判断ミスをしたようだ。軽く謝ると、顔を伏せた。下手したら涙がこぼれる気がしたからだ。
そんなオレの元に、スマホにメッセージが届いた事を知らせる通知音が鳴る。
指紋認証をしてメッセージアプリを開くと画面に大きく、"ヽ(゜∀゜)ノ" と、表示された。送信主をいちいち確認する必要は無い。
オレはゆっくりと顔を上げて、教卓に腰をかけてこちらを見て不気味な笑みを浮かべる男─────千羽 京介を見た。
それに対して彼は、中指を立ててくる。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまった。
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泉先生は、授業が始まるや否や小テストをする事を告げた。
僅かにザワつくクラス。
しかし、彼女はそんな事は気にしないのか、無言でテスト用紙を1人1人に配っていく。
そして、全員に配り終えると、手を叩いてスタートの合図をした。
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1時間目は、いきなり小テストとかいう波乱の展開だったが、その後の2時間目~4時間目は普通の授業───────と、言っても初回の為か、ほとんどが雑談で終わったので、特に疲れる事も無く昼休みの時間になった。
高校生活初めての昼食。せっかくなので食堂で食べる事にした。近づくに連れてカレーのスパイシーな匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を湧き立てて、自然とお腹が減ってきた。
オレは内心ワクワクしていた。期待を胸に食堂に足を踏み入れた。
その時。
「なンか言いましたか? 雷先輩!」
食堂という場所には決して合わない大声がオレの耳に入ってきた。
声がした方向に目を向けると、そこには1人の男と、それを囲うようにしている集団がいた。
(なんだありゃ)
制服の校章の刺繍の色を見る限り、3年生を2年生の集団が囲っているようだった。そして、オレはその集団のリーダーと思われる人物を、昨日 天鳴から聞いた情報と合わせて、榊という男だろうと確信する。
「貴様、昨日入学初日の1年生に絡みに行ってたらしいじゃないか?」
どうやら昨日の千羽との一悶着の事を話しているらしい。
「さっすが雷先輩! 情報が早いっすねェ!」
「……どういうつもりだ? 入学初日から1年生達を支配する気か?」
「まさか、そんな訳ないですよ」
榊は笑顔で言う。しかし、その目は笑ってはいなかった。
冷たい目。それを、目の前の雷という男に向ける。
「ただね、入学初日から騒いでいる奴がいるって聞いて、指導してやンないと思ったんですよ」
「ほう、仮にそれが本当だとしても、それは生徒の貴様ではなく、教師の仕事だと思うが?」
「いや、教師って色々と忙しいじゃないですか? だから手伝ってやろうと思いましてね?」
「嘘だな」
「根拠は?」
男達は周りの様子を一切気にせずに話を続ける。
「貴様はそのような思考回路をしている人間では無いからな。どうせ、その騒いだ奴に早い内に自分より下の存在だと分からせたかっただけだろ?」
「俺がそんな事をするとでも? 」
「するな。貴様はそういう人間だ」
「…………」
ここで初めて、榊という男に沈黙という間が訪れた。しかし、それも一瞬。すぐに口を開いた。
「フッ、流石ですね雷先輩! 俺の事を完全に理解してやがる! 学校から全─────、っと、失礼。1年生がいるかもしれない事を忘れて口を滑らすとこでした」
だが、その発言は雷の睨みにより途中で途絶えさせられた。
「帰れ」
「あーはいはい、分かりましたよ。面白くねェな」
そう吐き捨てると、榊達は食堂を出る事にしたようだ。
が、1つ問題がある。食堂から出るという事は、今オレがいる出入口を通る事になる。つまり、一瞬だろうがオレの横を通り過ぎるという事だ。
どんどんと近づいてくる彼らを見て、早い内に横に引く事にする。
その時、なぜかこのタイミングで鼻がむずがゆくなってきた。
生理現象だ、堪えられる筈がない。
オレは、ちょうど彼らが横を通るタイミングでくしゃみをしてしまった。
「……おい、舐めてンのかテメェ? 」
目をつけられてしまった。
手で抑えていたため、唾とかが飛んだ訳では無いが、癇に障ったのだろう。鋭い眼光を向けられる。
慌てて、"すみません" と謝ったが、おそらく大して意味は無い。
早めにこの場から逃げようと、彼らの横を通り抜けようとする。─────そんなオレを躓かせる為に、榊は足をかける──────事を見越して、オレはあえて足を出す速さを変えて、かける相手を逃したその足を踏んだ。
「ッツ!」
「あ、すいません!」
あくまでも偶然を装う。
「テメェ! ブチ殺してやるッ!」
だが、榊は勢いよく胸ぐらを掴んできた。
彼にとっては、わざとだろうが、わざとじゃなかろうが関係無いのだろう。そのまま拳を作り、オレに向かって放つ。
しかし、それがオレに当たる事は無かった。
横から伸びた、雷という男の手によって、それが封じられたからだ。
そして、彼はもう一度、"帰れ" と低い声で言った。
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仲間を連れてどこかに向かう榊の背中を見ながら、オレは雷に礼を言った。
「ありがとうございました。助かりました」
「……貴様。ヤツの足を踏んだのはわざとだろ」
雷はオレを見下ろしながらそんな事を言ってくる。
そこまであからさまだっただろうか。とりあえずここで本当の事を言う意味もないので、とりあえず偶然だと答える。それに対して、 "そう言うんだったら、そういう事にしてやろう" と言ってきた。どうやら納得してないらしいが、そういう事にしてもらおう。
「ところで貴様、1年の何組だ?」
いきなりそんな事を言ってきた。彼に『話の脈絡』という概念は無いのだろうか。
「F組ですけど……」
「F……か。せいぜい頑張れよ」
そう言うと、彼は食堂内に戻って行った。
(Fが何かあるのか?)
オレのその疑問は、やがてすぐに明かされる事になる