48話・秘室
棚元は校長と目が合っても、一向に席を譲る様子は無かった。
「昨年のちょうど、この時期辺りだったかなあ……。 オジイチャンのパソコンを覗いた時があってねえ。その時に、この学校の事を知ったんだあ。ふぅー」
彼女は、自らの爪に息を吹きかけた。マニキュアでも塗っていたのだろうか。もう片方の手の先の爪にも、同じように息を吹きかける。
「"遺伝子を操作された者達"と、"普通に学び育ってきた者達"を競わせるといったもの。どう考えても、操作をされた者達の方が遺伝子レベルで秀でているのだから、勝つに決まっている所に不公平さも感じたし。何より、この競い合いで"普通に学び育ってきた者達"より"遺伝子を操作された者達"の方が優秀だと判断されると、これからもっと、母親の体からではなく、試験管から産まれてくる子供達が多くなるであろう可能性にとても危機感を感じたのよ。この計画は、倫理に反している。だからわたしは、全国からデザイナーズベイビー達にも勝てるような人材を集めて来たの。まぁ、ここにいる2人しか見つけることはできなかったのだけど」
今まで、無気力な声とは違い。しっかりとした、覇気のある声で告げる棚元新理事長。
その意外な一面に、オレ達は思わず息を飲んだ。
「それで棚元理事長。彼のパソコンの中には、何か重要な情報とかございませんでしたか? 」
「あっらあ? 雷君もとうとうわたしの事を認めてくれた感じたい? 」
「え、いや、はい、まぁ、……はい」
らしくなく。はっきりとしない答え方をする雷に、棚元は僅かに頬を膨らませた。
「君達が求めているのは、刺客の者達の名前だと思うけどお。それは書かれていなかったなあ……」
「それ、は、ですか?」
「そう。それ、は、だよお」
つまり、名前では無いが、重要な何かが書かれていた事を意味していた。
「『自己韜晦』と『能鷹隠爪』と『被褐懐玉』。この四字熟語が何なのかは分かるよねえ?」
「研究テーマ、ですか?」
「そうだよお!」
彼女は指を一本を立てると、嬉しそうに話を続ける。
「そして、彼らに与えられた四字熟語の意味は、3つとも全て似た意味なのよお。それが、"才能や実力がある者が、その事をを隠す"というもの」
「それを知った上で考え、俺達はD組に入る事になった。ちょうど、中の上という位置にあるクラスにな」
今まで黙っていた日向が、ここぞとばかりに口を開いた。ちらりと青髪の雹崎の方に視線を向けると、頭を軽く揺らしながらうたた寝をしていた。体育祭で、あの走りを見せた後だ、さぞ疲れているのだろう。
雷が手を叩き、自らに注目をさせると、僅かに笑みを浮かべながら話を始めた。
「何はともあれ、刺客の研究テーマが分かったのはとても大きい。これからは、それを参考にして計画を立てる事も出来るしな」
「そして、俺達という心強い仲間も増えたしな。これはもう、勝ったと同然だぜ! ガハハ」
一瞬だけ盛り上がった室内。それが、落ち着いたタイミングで、オレは静かに手を上げた。
「……すいません。そういえば、共有しとかなければならない事が1つあります」
「ん? なにかなあ?」
「藤垣の最期の場にいた人達は知っているんですが、」
刹那。あの時の様子が頭の中に思い浮かび、怒りが湧いてくるのを感じた。
思わず荒くなる息を無理やり抑え、軽く深呼吸をして息を整えてから話を続ける。
「どうやら刺客は、遺伝子操作で、"舌を噛み切る"というトリガーで簡単に死んでしまうように遺伝子を操作されているようなんです……」
「……つまり、刺客を追い詰めた時は、彼らが自ら命を絶たないように注意をしなきゃならねぇって事か?」
日向の問いかけに、オレが答える一瞬前だった。
「その必要はありません」
扉が開く音が聞こえたかと思うと、ここにいた人物では無い別の誰かの声が聞こえた。
視線をそこに向ける。
そこにいたのは、予想外の人物だった。
いや、予想外どころの騒ぎでは無いだろう。
「いきなりすいません」
開かれた秘室の扉の前に、2人の男女がいた。
「私達は、刺客としてこの学校に送り込まれた者達です」
事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。
理解が追いついていないオレ達を置いて、彼女らは自らの正体を明かした。
「2年B組 里林 友美。こちらは、1年G組 潮代 画です」
「……は?」
誰かの口から、知性の欠片も無い声が漏れた。
「細かい事情は後で話をします」
そう言うと、彼女は一拍空けた。
僅かな静寂の間が、永遠に感じる。
そして、彼女は口を動かす。
「八木山教頭を潰す。その手助けをして下さい」




