5話・登録
オレは、天鳴と別れると、すぐに那谷が待っているであろう南館に向かう事にした。
階段を上ると、人と人との間を縫うようにして4階の廊下を進み、東館への扉を開ける。相変わらず東館には誰もいなかったので全速力で駆け抜けた。そして南館に通じる扉の前で一度止まる。
(結構待たせちゃったな……)
一度深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開ける。
「………………」
そこには、無表情でこちらを見てくる那谷の姿があった。
「……ごめん」
「………………」
「いや、本当にごめんって」
「……ねぇ」
「はい」
彼女の顔に表情が戻ってきた。しかし、それは"怒り"の表情。
瞬間。彼女の声が廊下に響き渡った。
「ねぇ、なんで置いて行ったの!? さっき『この学校は何かを隠している。それを暴かないか?』とかカッコつけて言ってたよね!? てか、普通女子を1人にしてどっか行きますか? いいえ、行きません! いや、まぁ、よく来ていた遊園地とかならまだ分かるよ? いや、本当は分からないけどさ。私はこの学校に初めて来たのよ? 登校初日よ? 入学式当日よ? そんな女の子を普通置いて行きますか!?」
「……はい。本当に……すいません。ぐうの音も出ません」
身振り手振りをしながら怒る彼女に、オレは何1つ反論が出来なかった。
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ある程度、怒りが収まったのか。彼女は大きなため息をつくと、オレがいない間に見てきた南館の2階と3階の様子を話し始めた。
「2階は職員室とか、校長室とか、教頭室とかそういった感じの教師用の部屋がいっぱい。3階は被服室とか、調理室とか、まぁ、理科室以外の実技教室だったわ」
「ゴックン」
「何、ゴックンって?」
「いいえ、何も無いです」
『何だよお前、1人でも行動できるんだったら置いて行ってもよかったじゃん!』というツッコミを飲み込んだ音とは言えない。
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オレ達はそのまま西館には行かず、下駄箱に下りて帰る事になった。
「な、なぁ、那谷」
「何? 私、少し落ち着いてるけど、まだ琉田くんに怒ってるんだけど? それで、何か話?」
「いえ、何も無いです」
流石にここまで露骨に"話しかけるなオーラ"を放たれると引き下がるしか無い。
そのままオレ達は、ギスギスとした雰囲気のままに下駄箱で靴を履き替えた。
なれない手つきで、脱いだ靴を自分の名前が書かれたロッカーに入れる。
「ねぇ、アンタ暇?」
その時、そんな声が横から聞こえた。
声が聞こえた方向を見ると、そこには千羽と一緒にいた女がいた。
「暇って言ったらどうする?」
「暇だろうが、暇じゃなかろうが連れていく」
「拒否権無いじゃないか! なんで聞いた?」
そんなオレと彼女のやり取りを横目に、那谷は帰っていった。
彼女は黙って、その姿を見る。
「フラれた?」
「いてこますぞ!」
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彼女についてくるように言われたので、オレは黙って後をつけた。
「ついた」
「早くね?」
そこは下駄箱を出てすぐ右に曲がった所だった。もちろんそこには千羽がいる。
「この距離ならお前から来てくれてもよかっただろ」
「ハハハ、まぁ、そう言うなよ。どうせお前はすぐに俺に感謝する筈だ」
「どういう意味だ」
すると、彼は黙って1つのスマホを差し出してきた。
「これって……」
「そう。俺が今日校門で蹴飛ばしたお前のスマホだ」
「探してくれたのか?」
「そうだ」
「マジかよ、ありがてぇ」
オレは彼が差し出しているスマホを持つ。
そこで、彼に1つ確認をした。
「何かしたな?」
「お、バレたか」
彼は不気味な笑みを浮かべる。
「ソレに俺の連絡先を登録しといた」
「は?」
「クラスメイトだからな」
「いや待てよ」
「それじゃ! よし、美咲帰るぞ!」
「はい」
「いや待てよぉぉぉぉおおおお!」
オレの声が虚しく響いた。