4話・緊迫
オレ達は静寂が支配した廊下を抜けると、特別教室等がある南館に通じる扉を開けた。
ここも先程と同じように静かだったが、クラスの教室がある棟と違って人がいないのは特に不思議なことでは無いので、気にせずに進む事にした。
歩きながら、教室の入り口上に貼ってある札を見て、何の教室なのかを確認をする。
「……第1理科室。……第2理科室。第3理科室。って理科室ばっかじゃねぇか!」
「そう、だね。ここにあからさまに怪しい教室があれば面白かったんだけど……」
そんな話をしながら、窓の外をみる。この学校の校舎は、北館、東館、南館、西館、の4つの棟が大きな四角形を作るように建てられていて、廊下を歩き続けておけば再び元いた場所に帰るようになっている。そのため、今いる南館から外を見ると、必然的に北館が目に入ってしまう。
だから気付く事が出来た。
千羽 京介と取り巻き達が、誰かと睨み合っている事に。
遠くから見ても、その緊迫感は伝わってきた。
放っておいたらマズいと、本能が告げる。
(アイツ、まさか初日から喧嘩する気じゃ……)
オレは、那谷を置いて駆け出した。
後ろから彼女の声がするが、気にせずに走り続ける。
東館に通じる扉を勢いよく開けると、そのまま直角に曲がり、目の前に真っ直ぐと伸びる廊下を走り抜けた。流石に北館には生徒がいたため先程と同じ速さで走る事は出来なかったが、極力スピードを落とさないようにして、人と人との間を縫うようにして、3階に降りる為に階段へと向かう。
(……おっと)
しかし、ここで1つ問題が起きた。
千羽達の騒ぎのせいか、階段の周りに人だかりが出来ていたのだ。
周りから聞こえる話によると、今にも取っ組み合いの喧嘩が起きそうな程の空気感らしい。
(間に合うだろうか……)
オレは人を掻き分けるように前に進む。
その時。
カンッ、と。
何かが叩き落とされたかのような音が響いた。
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ボクは、他のクラスの様子を見るために上の階に行く事にした。
手にはいつも持ち歩いているルービックキューブがある。
教室を出ようとするボクに、藤垣 大地という人物が声をかけてきたが、ソレを無視して階段を上がる。2階にあるのは、B、C、D組の教室。それぞれの中を見てみたが特に何かがある訳でも無く、A組の教室と何ら変わりも無い室内だった。内心がっかりしつつも3階に上がる事にする。
期待値は0だったが、それは階段の中服辺りに差し掛かった辺りで聞こえた声により50ぐらいにまで跳ね上がった。
罵声。
到底、自分のクラスや先程見てきたクラスからは聞こえないソレを前に、ボクはとても興奮していた。
そして、ソレは階段を上がるとすぐに目に入った。2つのグループが互いに睨み合いながら罵り合う様を。
一方は同じ1年生のようだが、片方は2年生のようだった。
制服の左胸辺りにある校章の刺繍の色でそれが判断できる。1年生は青色、2年生は赤色、3年生は緑色といった感じにだ。
普通は学年が下の1年生が1歩引くであろう所を、彼は逆に噛み付いていた。
そもそも、彼は今から言葉だけでは無く、身体でも争おうとしているように見えた。人数差は、2年生側が7人で、1年生側が3人という圧倒的な差。しかし、彼にそんな事は関係ないようだ。
こうしてる間にも、彼らの間には火花が散っている。
「ケンカ売ってきたクセに何もしねぇのか?」
「安い挑発だなァ。まァ、そんなにカッカするなよ」
2年生の集団のリーダーのような男が笑いながら言う。
「俺の名前は、榊 万波っていうんだ」
それがどうした、と、今度は1年生の集団のリーダーと思われる男が笑いながら言う。
「大した事じゃ無いんだけどな。入学初日から校門で騒ぎを起こした奴がいるって聞いてさ、少し気になったんだよ。一応こう見えて、この学校を支配しているからなァ」
「なるほどねぇ。それで?」
「…………相変わらず生意気だなァ、気に入らねェ」
僅かな沈黙。
そこで何かを察したのか、1年生の集団のリーダーが、隣にいた女を後ろに下がらせた。
それとほぼ同時に、榊と名乗った男が、後ろに控えていた1人の男に合図をする。おそらく"襲え"の指示。
指示を受けた男は、何も言わずに彼に向かっていく。走りながら握り拳を作り、大きく振りかぶる。
そして、拳を彼の顔に放つ───────その一瞬前。男と彼との間に1人の男が入った。
それは、彼の隣にいた男だった。
放たれた拳を片手で握りしめて、その持ち主を睨む。
「おい、康太! テメェ遊んでんじゃねェぞ!」
「……いっ、ちが、違います、榊さん!コイツ……、うっ!」
康太と呼ばれた男の苦しむ顔を見れて満足なのか、彼は不気味な笑みを浮かべた後、指示を出す。
「待川もういいぞ」
そして、男を下がらせると、人差し指を立てて榊を挑発する。
"今度はお前の番だぞ"と言わんばかりに。
それに応えて、拳を構えようとする榊。しかし、彼の構えは途中で解かれた。
「あ? なんだビビったのか?」
「違ェよ……」
そう言って、周りに群がっている野次馬の中の1人を指さした。
そこにいたのは、竹刀を持った教師と思われる人物。
(彼は誰だ?)
ボクの疑問に答えるかのように、榊の後ろにいた女が口を開いた。
「アイツは、白 雄彦。3年A組の担任で生徒指導係……」
「おい、友美。そこはアイツが誰なのか伏せて、あの生意気な奴を嵌めるべきだろ?」
榊は、自らの後ろにいる彼女を睨みながら言う。
「ごめん……」
ボクが、そんな2年生同士のやり取りを見ていた時。
「おいお前、コレちょっと借りるぞ」
ふいに、そんな声が至近距離から聞こえた。
慌てて視線をその声の方に向けると、そこには先程まで2年生と揉めていた男の姿があった。
「え、あ、え???」
戸惑うボクを気にせずに、彼はルービックキューブを取り上げると、それを白先生に向かって投げた。
それに対して、先生は眉一つ動かさずに、自らに向かってくる物を竹刀で叩き落とした。
カンッ、という音が響く。
直後、先生は辺りを見回すと口を開いた。
「入学初日から騒ぎを起こす生徒も! それをからかう上級生も! 周りに集まる野次馬達も! お前ら全員学生として自覚が足りん! これからは責任ある行動を頼む……さもなければ処分しなくてはならない」
そう言うと、先生は竹刀を担いで去っていた
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先生の声が聞こえたかと思うと、群がっていた人達がどんどんと減っていき、あっという間に数人程度になった。
オレは階段を下りて、先程まで千羽達が揉めていたと思われる場所に行く。
(一体何があったんだか)
その時、足下に何か違和感を感じた。
見てみると、そこにあったのは橙色と青色の何か玩具のパーツのような物。
「なんだコレ?」
それを拾い上げると、辺りを見回した。すると端っこの方で似たような物を集めいている者の姿があった。
オレは、その人物に近づくと声をかけた。
「これって、君の?」
「ん? お!おおおお!そうそうボクのだよ!」
そう言いながら、彼(?)は嬉しそうに立ち上がった。
ここで彼に疑問形がついているのは、声の高さや体格等で男なのか女なのか確証を持てなかったからだ。(まぁ、一人称がボクだし、制服も男性用なので、男で間違いないだろうが)
「よかった……。そういえばここで何があったの? 何やら騒がしかったけど?」
せっかくなので、オレは彼にここで何があったのか聞いてみる事にした。
「あー、えーっとね」
〇●〇●〇
「そんな事があったのか……」
オレは彼から、ここであった事を粗方教えてもらった。
「本当にルービックキューブ投げられた時は驚いたよー」
その後、彼と少し雑談した後。那谷を置いて来た事を思い出し、彼女の元に戻る事にした。
女性をあまり待たせるべきではないと思い、急いで南館に向かおうとする。
その時、オレはある事を忘れている事に気がついた。足の向きを180度変えて、ルービックキューブ少年(仮称)の元に戻る。
「君、名前なんて言うの?」
「え……?」
一瞬、彼は首をかしげたが、すぐに笑顔になり答えてくれた。
「繃 天鳴だよっ!」