19話・火種
先日、この教室で千羽 京介に対して圧倒的力量差を見せつけた男。風見屋 元牙は、無言で教室内に入ってきた。今日は、後ろには誰も連れておらず、1人で来たようだ。
鬼気とした空気を纏いながら黒板前の教卓まで来ると、そこに腰を掛けた。
「君は誰? 行儀が悪いよ?」
柳は、目を細めながら彼に言う。
僅かに周りがざわついたのは、彼女が風見屋に対して、臆せずに話しているからだろう。
「名前は、風見屋って言うんだが。……知らねぇか?」
「知らないね」
「そうか。なら、J組のリーダーだと思ってくれてかまわねぇよ。柳 香月さん?」
何故か、自分の名前を知っている事に驚いたような表情を見せる柳。
「私の名前知ってるんだ。それで、何か用かな?」
「あぁ、俺はお前に会いに来た」
そう言って、人差し指を彼女に向けると、子供が蜻蛉に対してするように、ぐるぐると指を回す。
「私に話があるって事かな? なら、廊下で話そうか。ここでは皆、勉強してるから」
「それは聞けないな」
「は?」
柳が言葉を続ける前に、足の力だけで自らが座っていた教卓に飛び乗る風見屋。
そこで両手を広げると、目を見開き、口を限界まで横に裂き、舌なめずりをした。
「俺の下に来たい奴はいないか? 権利はここにいる全員にある。楽しく幸せな学校生活を送る為に来る事をすすめよう!」
そう言って、挙手を促す風見屋。
しかし、誰一人として挙げる素振りを見せなかった。
それを確認した柳が、露骨に嫌なため息をつく。
「分かった? 誰も君の下に行きたくないって。現実を受け止められたなら早めに出て行ってね。ここにいる人達は勉強をするために集まっているから」
めんどくさそうに手を振りながら、近くの人の問題を見て間違いを指摘する柳。
その瞬間。誰も予想していなかった事が起こった。
ゴンッ、という、大きな音が聞こえたかと思うと、床が軽く揺れたのだ。
(なんだ?)
音がした方に視線を向けると、柳の近くに大きな何かがあった。
それが、教卓だと気付いた時。オレの頭の中には、ありえない仮説が浮かんできた。
おそるおそる風見屋の方を見る。すると、そこには肩を大きく回しながら舌なめずりをしている男の姿があった。
(まさか、コイツ!)
ありえない筈の事だったが、状況から見ても間違いないだろう。
風見屋は、教卓を柳に向かって投げたのだ。
普通の生徒用の机でも投げる事は難しいだろう。だが、彼はそれよりも大きい教卓を、あの距離から投げてきたのだ。
静まり返る教室。その中の支配者と化した男は、舌なめずりをしながら、もう一度同じ事を言った。
「俺の下に来たい奴はいるか? 楽しく幸せな学校生活を送りたいだろ?」
拒否権は、無いに等しかった。
手を挙げざるを得ない空気感を作り出す風見屋 元牙という男。
ここで何も邪魔が入らなければ、風見屋は、F組とG組、そしてB組の一部を支配下に置くことができただろう。
しかし。人生とはそう上手くいかないものだ。
彼が確認していたかどうかは知らないが、隣の教室には2年生の集団がいた。
そして、そのリーダーは、『入学式前に、校門で騒ぎを起こした一年生がいた』という話を聞くと当日に一年生の棟に向かい、実際に千羽と小競り合いを起こす程の好戦的な人物。
そんな人物が、隣の教室で騒ぎを起こした下級生に何もしない訳が無かった。
「あぁ?」
周りの視線が己の後方に向けられている事に気付き、振り返る風見屋。
するとそこには、拳を構えている榊 万波の姿があった。




