16話・本気
何人かの人が階段を下りる音を聞いて、オレは乱闘が終わったと判断して、2階に戻る事にした。
階段を使い、2階に着くと、自習室に向かった。荷物をそこに置きっぱなしにしていたからだ。蒲原と潮代も同じようで、オレについてきた。
踊り場から自習室の前の廊下に入るために曲がり角を曲がる。その直後、オレは廊下にいた人物と目があった。
(確か、千羽の……)
そこにいたのは、千羽と常に共に行動している女、菜の山 美咲だった。すぐ側には、先程の乱闘でできたのか、腫れた所を痛そうにさすっている待川 雅人の姿もあった。
2人とも一瞬こちらを見たが、すぐに視線を教室内に向け、心配そうな目をする。
(まさか、まだ終わってないのか?)
小走りで彼らの元に向かい、同じように視線を教室内に向けた。
そこでは、風見屋と千羽が、お互い距離を取りながら警戒していた。
風見屋は、暴力という武器で、自クラスに留まらず他クラスまで支配下に置いているという点から相当強い事が分かるが、千羽も彼と同等かそれ以上の実力者だと言う事は、入学初日から観察してきて分かった。正直に言って、どちらが勝つかは神様にも分からないだろう。
しかし、それはあくまでもお互いが万全な状態での話だ。
現実、風見屋は先程までは取り巻き達に喧嘩をさせていたのか、傷一つ無く、疲れている様子も無かった。一方で千羽は、所々が赤く腫れており、息も上がっている様子だった。
「オイオイオイオイオイ! どーした千羽ァ! お疲れかァ?」
風見屋は舌なめずりをしながら露骨に千羽を挑発するが、彼は無駄に反応せずに深呼吸をして落ち着こうとしていた。
「疲れてんなら、やめてやってもいいぞ?」
「そういう訳にはいかねぇな……。先に手を出したのはお前らだ。俺は、売られた喧嘩は買い占めるタイプなもんでさ……」
千羽は、自分が初めに風見屋をバカにした事を棚に上げて、そう答えた。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! いいなお前! そういう奴を屈服させた時が最高に快感なんだよォ!」
その瞬間、風見屋は服の袖から何かを取り出した。
オレは、その正体を一瞬で看破すると共に、彼がそれを今から何に使うつもりなのかを考えた。
「なんだそれは……?」
「これかァ? これは、蝶型展開鋭利切物っていうモンだよ」
そう言って、風見屋はナイフを展開すると、鋭く光を反射する部分を舌で舐めた。
「コイツヤバいですよ! 逃げて下さい!」
隣りにいた待川が突如として叫び、千羽に危険を伝えた。
それに対して千羽は、 "心配いらねぇよ" と、言って、不気味な笑みを浮かべる。
そんな彼を見て、風見屋は更に大笑いした。そして、目を見開き、千羽に向かって走り出した。
「いいぜ! お前をひれ伏させてやる!」
一瞬で距離を詰めると、ナイフを持った手を大きく振り上げた。このまま振り下ろして、千羽を刺すつもりだろう。
だが、もしかしたら自分の命を奪うかもしれない"それ"を前にして、当の本人は冷静だった。
確実に間合いを見計らい、"それ"を持つ手に蹴りを放った。
「ッツ!」
衝撃に耐えられず、手から離れたナイフは宙を舞った。
防がれたかのように思われた風見屋の攻撃。しかし、彼はそれを見越していたのか、今度は左手の袖からナイフを取り出し、再び千羽に襲いかかる。
普通なら蹴りによりバランスを崩しているタイミングで襲いかかってくる"それ"を対処する事は不可能だろう。
そう、普通ならば。
相手の行動を見越していたのは、風見屋だけでは無かった。
千羽は上に高く上げられている足を、再び自らを襲おうとしている"それ"に叩き落とした。
「しまっ──
今度こそ無防備になった相手を前に、彼は拳を作ると鳩尾に向かってそれを放った。
ドンッ、という鈍い音が聞こえた。
「ウッ、ぶっねぇ……」
後ろに下がりながら、口元辺りを拭う風見屋。吐瀉物でも上がってきたのだろうか。そのまま舌なめずりをした。
「もう、いい……だろ? 手負いの俺を相手にこれなんだからよ……」
息を切らしながら話す千羽だが、彼の言う通りだろう。千羽は既に10対2での乱闘を終えた後だ。そんな状態の奴を相手に負けた風見屋は、支配下に置いている者ら見せる顔が無いだろう。
だが、それは、風見屋が本気を出していた時の場合の話だ。
「フハハハハ、流石に手を抜き過ぎたか……」
よく考えれば分かる事だ。相手を屈伏させる事に快感を感じる奴が、手負いの奴を初めから本気を出して潰して喜ぶだろうか?
答えは"否"だ。
「という事で……。こっからは本気を出してお前を屈伏させる!」
そう宣言した風見屋の目は大きく見開かれ、口は限界まで横に大きく裂け、舌なめずりをしていた。
瞬間。彼の周りの空気達に変化が訪れる。先程まで以上に鬼気となった空気。それを纏った彼は、鬼のような形相をしていた。
「潰す──」
そして、それは一瞬にも満たない刹那の世界の物語だった。
目にも止まらぬ速さで千羽の元に向かい。彼を真似るように鳩尾に拳を放った。
その拳には、元からある風見屋の筋力に加えて、移動時のスピードも追加されている。
そんな鬼のような攻撃を防ぎきれる訳が無く。千羽は廊下に飛ばされた。
「グハッ……」
廊下の壁に当たり、膝から崩れ落ちる千羽。
そして、そんな標的に追い討ちをかけるために近づく風見屋。
待川が彼らの間に入ろうと立ち上がるが、風見屋の取り巻き達との乱闘のダメージがあるのか、思い通りに体が動かない様子だった。
「気分はどうだ?」
「……最高、だよ」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 最高か! 流石、『唯我独尊』だなァ?」
大きく笑いながら、再び拳を作る風見屋。
彼が只者では無いという事がひしひしと感じることが出来た。
「だが! 所詮は、お前はただの自意識過剰なイキリだったようだなァ! 周りの者達を支配をする程の気配を出せる、『鬼気森然』の前ではゴミクズ同然だったという事だ!」
今度は、顔に向かって放たれる拳。
しかし、それは。
「両者そこまでだ」
いきなり聞こえた、しわがれた声によって止められた。
 




