1話・才能
ヒトという生き物は、『才能』という物を欲し、憧れると共に、己以外がその『才能』と呼ばれる物を持っていた場合、妬み、憎み、といった負の感情を抱く事もある。
才能がある者は云う──────。才能がある者と無い者の差は、僅かな差でしか無いと。
才能が無い者は云う──────。才能とは、初めから在る圧倒的な差だと。
才能がある者は云う──────。努力で才能は越えられると。
才能が無い者は云う──────。努力では到底才能を超えることは出来ないと。
因みに、オレの考えは『才能』が無い者の考えに近い。こちら側の考えは只の言い訳にしか聞こえないだろうが、現実はそうなのだ。『才能』というリードの前では努力は無力だ。『才能』を超える努力をしろ? 同じ努力量では『才能』がある者の方が有利だ。それを超える努力をしろ? 多少は『才能』を越えられるだろうが、いつかは限界と呼ばれる域に達する。そんな者達を超えて『才能』のある者達は先に域に行く。限界突破をしろ? 何を言っている、限界は限界なのだ。
そんなひねくれた事を考えていると、いつの間にか大きな校門の前にまで来ていた。
"教育研究高等学校"。オレが今日から入学する高校だ。
「デケェ校舎だな……」
思わず、呟いてしまった。と言っても、初めて見る訳では無い。近くに建てられている寮の自室からは既に確認していた。その上で改めて見て、デケェ校舎だな、と感じたのだ。
校舎の形は、どこか近代アートのような印象を持たせるような不思議な形をしている。80年代の人達が考えた未来の建物……、そのような印象。
(初登校の記念に写真でも撮っておこうか)
そう思いポケットからスマホを取り出した時、ドンッ、と後ろから衝撃を感じた。
「あ、」
思わず手から落としてしまったスマホを拾おうとしゃがみこむ、そして指がソレに触れた瞬間。
明らかに害意を感じる蹴りが顔に放たれた。
オレはそのまま2回程周り、近くに壁に当たって止まる。
「めっちゃ痛てぇ……」
痛みが強い右頬辺りを擦りながら、害意の元に視線を向ける。そこに居たのは、男子2人女子1人の3人グループ。その中央にいる男は不敵な笑みを浮かべながら、右足を振っていた。自分がやったとアピールをしているのだろうか。
「めっちゃ痛いんですけど」
遠目で見た限り学年が分からないので、とりあえず敬語で話しかける。
「あ? んな事は知らねぇよ」
「……なんで蹴ったんですか?」
「お前がぶつかったのに謝りもせずにコレを拾おうとしたからだよッ!」
そう言って視線の先の男は、オレのスマホを蹴り、道の端の排水溝に入れた。
(ホールインワンだ)
内心そう思ってたせいか、無意識に口笛を吹いてしまった。
そんなオレを見て、男は大きく笑った。
「ハハハハハッ!まさかこんなに面白いヤツがこの学校にいるとはなッ!インテリだらけのクソつまんねぇ学校だと思っていたが……。うん、お前は最高だなッ」
何故かハイテンションの男に呆気に取られていると、座り込んでいるオレに視線を合わせるように1人の少女が隣にしゃがみこんできた。
「大丈夫? ケガとか無い?」
「特には大丈夫です。あの男を見ていると少し痛みもマシになってきましたし」
「フフフ、敬語は使わないで、多分同い年だから。今日から入学でしょ?」
「え、あ、はい」
「もう、敬語は使わないで言ったのに」
そう言うと、彼女は1枚の白いハンカチを差し出してきた。
「?」
頭の上に"はてなマーク"が飛んでいるのがバレたのか、彼女は自らの右頬を触りながら、汚れてるよ、と教えてくれた。
(けど、白いハンカチ汚すの申し訳ねぇ)
そんな考えすらも見通していたのか、汚れは気にしないで、と付け加えて去っていった。
(ああ、あの子好きだ)
そんな一瞬の青春ラブストーリーは、ハイテンション男の笑い声で一気に現実に引き戻される。
「笑い声うるさいですよ?」
「ハハハ、笑わずに居られるかよ! この俺を前に生意気な態度を崩さないお前も! さっきの女も! 思ったより楽しませてくれそうじゃないか!? 今年は楽しそうだ!」
すると男は満足したのか、笑いながら取り巻きと思われる2人を連れて校門の中に入っていった。
ふと腕時計を見ると、時計の針は集合時間5分前を指していた。
「時間やべぇ!」
勢い良く立ち上がると、横に落ちてたカバンを拾い上げる。そして、排水溝に落ちたであろうスマホを探そうと顔を上げた時。そこで気が付いた。先程の騒動のギャラリー達がオレをじっと見ている事に。
「……」
暫くの沈黙。
その後、お騒がせしました! とだけ言うと、オレはスマホを放って校門の中に入った。
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下駄箱の前には何やら人だかりができていた。どうやらクラス発表が行われているようだ。
オレは、人と人の間を抜いつつ前に出ると、自らの名前を探した。
(えっと……。琉田だから……)
確認すると、オレは1年F組の20番だった。『ら行』の運命か今年もクラスの出席番号は最後だった。
因みに、1学年10クラスの200人で、1クラス20人だ。
下駄箱で靴を履き替え、これから1年を共に過ごす者達がいる教室を目指す。1年生は北館で、F組の教室は3階だ。因みに今オレがいる下駄箱は南館の1階にあり、2階、3階、4階、全てが職員室等の特別教室になっている。2年生は東館。3年生は西館。学年ごとに棟は違うが、A組は1階。B~D組は2階。E~G組は3階。H~J組は4階というクラスごとの階分けは同じだった。
程なくして、1年F組の教室の前まで来る。
(初めてのイメージは重要だぞ!オレ!)
そう自分に言い聞かせて、教室の扉を開けた。
それと同時に、聞き取りやすい声の大きさで名乗る。
「今年1年一緒に過ごすF組の皆はじめまして! 出席番号20番! 琉田 望です! よろしくっ!」
しかし、その判断は間違っていた。
教室にいるほとんどの人がこちらに顔すら向けずに机に突っ伏していたのだ。唯一反応したのは、教卓の上に座り不気味な笑みを浮かべる、さっき出会ったハイテンション男とその取り巻き達だけ。
「よぉ、お前。名前は望って言うのか?」
驚いた、同じ学年だったのか。いや、それよりも。
「……同じクラスなのかよ、お前」
その時、彼は舌打ちをした。
「テメェの名前について俺が今聞いてただろうがッ!」
男はいきなり叫んだかと思うと、目の前の机に置いてある筆箱を握りオレに向かって投げてきた。
それを、オレはすんでのところで掴む。
「これ、お前のじゃないだろ? その子のだろ?」
筆箱の持ち主を軽く見た。その後、キレ症かよ、と軽く呟く。
しかし、男はそんなオレの対応が面白いのか先程と同じように大きな声で笑いだした。
「ハハハハハハハハハハハハ! お前ッ! 本当に最高だよッ! 今まで俺と出会った奴は皆ビクビクしていて何の面白みも無かった。もちろん教師を含めてもだ」
「なんか可哀想だな、お前……」
「だが、テメェは違う」
オレの話を無視して、男は話を続ける。
「さっき出会った時もそうだ。大抵のヤツが謝り倒すとこなのに、テメェは違った! 我を突き通した! 俺はそういうヤツと出会う事をずっと待っていた!」
「……左様ですか」
「左様だッ! フハハ、望、俺と友達にならないか?」
「名前を知らない奴と友達にはなれる気がしないけど?」
「なるほど、名を名乗ればいいんだな?」
そう言うと、両手を広げて自らを名乗った。
千羽 京介、と。
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オレと千羽との一悶着が終わるとほぼ同時に1人の女が入ってきた。彼女は泉という名前らしく、1年F組の担任である事をクラスの皆に知らせた。その後、入学式の一連の流れを説明し始めた所で、オレは朝と同じように『才能』について考える事にした。
『才能』という他者より優れた物を持つ者たちはどうするべきか、と。『才能』を持つ大勢の者達はこう答えるだろう。遺憾無く発揮するべきだと、それが『才能』を持たざる者達への礼儀だと。果たしてそれは正しいのだろうか。オレは少なくともそう思わない。──────────『才能』は隠すべきだと。使うべきでは無いと。なぜ自分が他者より優れている事を見せつけるのだろうか。オレには到底理解出来ない。『才能』など自分の為に使うべきでは無い。『才能』は他者の為に使うべきだと。そうしなければ、いつか必ず恨みを買う。それは、恨む方も恨まれる方も避けるべき事態。そして、これを避ける事は容易い。『才能』を隠すだけで良いのだから。
それは、もちろん──────────『才能』と呼ばれる物を持つ、オレにも当てはまる。