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理想

「やあ、アリス」



シルクハットの下の欲望を露にしたような瞳を見せぬように、朗らかな笑顔で呼んだ。

呼ばれたのは小さな女の子だった。



「やあ、チェシャ猫。今日も胡散臭い笑みだね」



アリスは巨大なトランプタワーを作っていた手を、ピタリと止めると、今度はにたりと口を吊り上げて笑った。

それが、アリスの幼い容姿には到底似つかないような笑顔だったから、チェシャ猫は不満げに口を尖らせた。

けれど、アリスは全く気にならない。

そもそも、アリスには年齢という概念がない。



「相変わらず可愛くないね、君は。少しはクイーンを見習ったらどうだい」



ため息混じりのチェシャ猫のセリフを、アリスは鼻で笑い飛ばした。



「お前、知らないの。クイーンはボクにゾッコンさ。そのままの僕が好きなんだってさ」


「ああ、そうだった。そうだったね。トランプ達は皆君の僕だ。従順な忠実な」


「そして哀れな、ね」



相変わらず少女らしからぬ笑みで平然と言い放つ。

チェシャ猫は少しだけ眉間に皺を寄せた。



「そんな言い方をおしでないよ、アリス。彼らは君のために生きてるんだからね」


「そして僕は彼らの為に生きてる。僕が彼らの生命維持装置だからね」



口には出さずに、結局ギブ・アンド・テイクじゃないか、と、アリスは思った。

トランプ達だけじゃない。猫だってウサギだって、アリスを芯にしてその存在を維持している。

この世界のものは何一つの例外なくアリスの想像によって作られているのだから。


この夕闇にとけだした空想のような世界はすべてアリスが作り出した幻。



「そうそう。お前、シロウサギを知らない?」



ちらりと横目で猫を見た。



「アリスはもう忘れたのかい。ウサギはきのう君が消したじゃないか」



やれやれと大袈裟に肩を竦めて見せた。その表情は、相変わらず底知れぬ笑顔を崩さないでいる。



「そうだった?」



あっけらかんとした顔でアリスは首を傾げ、次いで

「まぁ、いいか」とまたそっぽを向く。



「全く…。シロウサギに対する君の仕打ちはずいぶん酷いね」


「理想のウサギを探してるんだ。みんな僕の思う通りに出来てくれるのに、何故かシロウサギだけうまく行かない…」


「そうかい?どの子もとても素晴らしいじゃないか」


「そうだね。どの子もとても素晴らしい。美しくて、聡明で、大人しくて儚げ…。ああ、この前のシロウサギは明るくて元気なおさげさんだったね」



さして興味は無さそうだ。



「…そしてとても美味しかった」


「食べたんだ、お前。僕のシロウサギを」



一瞬にしてアリスの顔色が変わったのを猫は見逃さなかった。

猫だというのにピンと伸びた背筋を冷たい何かが這う。



「そう怖い顔をおしでないよ、アリス。花の顔が台無しじゃないか」


「茶化すなバカ猫」



真っ白なアリスの幼い額に青筋が浮かんだ。


猫はちょっと逆立った尻尾を弄りながらアリスから目を離す。

アリスは自分のものには基本的に興味が無い。

けれど他人に自分のものを同行されるのは大嫌いなのだ。



「はいはいはいはい食べました食べました食べましたとも。だって仕方ないじゃないかあんなに美味しそうだったのだから」



もうやけになってみたりした。開き直りって、たまには大事だ。



「ふん。また人のものに手を出すなんて。行儀が悪いね。君、チェシャなんてやめて野良猫になったら?」


「野良猫ぉ!?この、私がかい!?冗談じゃあないよアリス!!」



猫の慌てぶりにアリスは至極愉しげに笑みをたたえた。

思い付いたようにくるくると白く幼い人差し指を猫に向けて繰り出すと、猫の帽子がはるか後ろに吹き飛ぶ。



「いや、全く、冗談じゃあないね」



猫はやめてくれとアリスに言う。アリスはそんな猫を見てますます愉しくなってきた。

人差し指を反対方向に回すと、今度は猫のジャケットがビリビリと破れ始める。



「アリス!アリス!わかった!私が悪かった!!やめておくれ!!あんまりじゃないか!」



悲痛な猫の悲鳴を聞いても、アリスは人差し指を回すのを止めない。

ビリビリとジャケットは破れ続ける。



「黙れ、バカ猫が」



素晴らしい笑顔でアリスは言う。



「あああ!待ってくれ!わかった!君に提案があるんだ!!今日はそれを言いに来たんだ!」


「提案?」


「ああそうさ!提案だ!シロウサギについてのね!!」


「ふーん。良いよ、聞いてあげる」


「言うから止めてくれ!!」



ピタリ。

と、人差し指を止める。

ジャケットは残念ながら既に跡形もなく布切れになってしまっていた。

猫はふぅ、と息をつくとシャツに張り付いている残りのジャケット(だった布切れ)を払った。



「で?シロウサギが何?」



人差し指の先の、桜貝のような爪は、未だに猫を指している。

猫は冷や汗で脇が濡れるのを感じながら、

「まずは指を下ろしてくれたまえ」と顔をひきつらせた。



「で?」



人差し指を下ろす気はさらさら無いらしい。



「君の望み通りのシロウサギを見つけたんだよ、アリス」


「見つけた?」


「そうさ。何故今まで気が付かなかったのか、自分でも思うがね。つくれないなら、持ってくれば良いのさ」


「ふーん。成る程ね。で?」


「で?」


「君は僕のシロウサギを見つけた。それで?なんなのさ」


「君さえ良ければ連れてきたいのだが」


「ふーん。つまり、君、僕の国から出せって言いたいの?」


「そうなるね」



アリスは少しだけ考えて、それから頷いた。



「連れてきなよ。ただし僕の思うままのウサギじゃなかったら」



猫のシャツをぐいと掴んで引き寄せた。

大柄な猫は、簡単にアリスの口許に耳を近づけた。



「その時はウサギともどもお前も消してやるからね」



猫は帽子で隠れた耳を倒しながらそそくさとその場を離れた。

これから扉を開いて、あちらとこちらを繋げなければならないのだ。

何せ猫の見つけたシロウサギは、アリスの干渉外のあちら側に居るのだから。



「さてと」



アリスは何事もなかったかのようにトランプタワーの製作を再開した。

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