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騙されたままのほうがいいこともある

 目の前で、肉が焼かれる光景を嬉々として見つめている青年。顔の造作が異様に整っているせいもあり、そのようすは好奇の目と微笑ましい笑いの両方を誘っていて、端的に言うならばものすごく目立っていた。あまりに見事な褐色の肌が珍しいせいもあったかもしれない。


 妙に注目されるのが嫌だ、と後に従う三人には離れてついてくることをお願いしているのが無意味なほどで、鈍感な揚羽あげはもさすがに気づいた。


 無関心を装いながら、自然と手は腰に伸びる。


 「お小遣い」の名目のもとに金貨を受け取って青ざめた。町に着いて、一も二もなくおこなったのは小銭への両替だ。おかげで腰に付けた袋は重くてしかたがない。


 こんな大金を持ったのは初めてだった。周りが全部スリに見える。


 まさか自分の存在自体が人々の興味をひいているとは露ほども思い当たらないのだった。




「はいよっ、兄さん、お待ちどう」


 気のよさげな親父から肉汁の滴る串焼きを受け取る。草で編まれた使い捨ての容器に、山のように積み上げられている。


「ありがとっ」


 さっそく、とばかりに一本目をものすごい勢いで胃に納めてから、何気なくこちらを窺っている護衛の三人に渡してあげようかな、と屋台を離れたときだった。


「……揚羽?」


 その声が、かけられたのは。


「…………」


 あまりの驚きに、咄嗟に声が出ない。


 西の国に、この肌は異質すぎる。近づいてくる男は、紛れもなく同類だった。仲間だった。仲間だと、思っていただけだったが。


「なんだ、もう俺のことなんか忘れちまったか? 薄情な奴だな」


 どっちが……と揚羽は思った。


 どっちが薄情だと……。


 俺を売ったのは、あんたじゃないか。


「お、うまそうだな、一本くれ」


 そう言って、当然のように揚羽の手の中から一串奪うと、うまそうに平らげていく。


「ん?」


 まだひとことも声を発することなく立ち尽くした揚羽に、男は至極気軽に笑いかけてくる。


「……海王かいおう……」


 部下を売った、船長にはとても見えなかった。




「座って話でもするか」


 と連れてこられたのは一軒の小さな酒場だった。まだ日も高いせいもあり、客はまばらでやけに静かだった。


 入り組んだ路地の先にあって、見落としてしまいがちな地味な看板だったが、店は案外清潔で見るからに繁盛している雰囲気を漂わせていた。


「よく知ってるんだな」


 ぽつり、つぶやけば、


「ああ、地元だからな」


 とあっさり返される。


「あんた、西の人間だったのか」


 信じられなかった。あの、どこまでも丁寧につくられた容姿の不二白ふじしろと、目の前の男が同国人とはとても思えなかったからだ。


「ひどいな、これでも昔は白かったんだぜ。海に出ればどんな人間だって真っ黒になるさ」


 勝手知ったるようすで堂々と酒を注文する。飲まないと言っているのに強引に揚羽の分も頼んでしまった。


「で? ご主人さまには可愛がってもらってんのか? さっきのやつら、お前の護衛かなんかなんだろ?」


「…………関係ねーだろ」


 叫びだしそうだった。


 あんたのせいだ、あんたのせいだ、と。


 あんたのせいで、俺はこんなに不幸になったんだと。


 ……言えるわけがない。


「どうかされましたか」


 とふたりの元に駆けつけた兵士。聞けば、名のある将軍と言うではないか。環姫を守るなんて屈辱の役目に違いないはずなのに、男は忠実に任務を遂行していた。


「いや、大丈夫。昔の知り合いだよ。……ちょっと、話してきていいかな」


「…………手短にお願いします。でん……あの方は恐らくお喜びにはならないでしょうから」


「うん。わかってる。え、と、あの、これ、よかったら皆で食べて……」


 おずおずとまだ湯気の立つ串焼きの山を差し出すと、将軍は図らずも笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。では、くれぐれもお早く」


「わかった」


 そんなやり取りがあったのを、もちろん海王に聞かれていないわけがない。


 ああ、そうだよ。お蔭さまで幸せなんだよ。


 ちくしょう、と揚羽はもうなにに怒っているのかわからなくなってしまった。




「関係ないとは、つれないな」


 寂しそうに目を細める。


 煙草を燻らせて目の前に座る男は、かつて揚羽の憧れだった。目標だった。


「そうだよな。あんたに売り飛ばされたからだもんな。感謝しとこうか? 小遣いもらったからここは俺が奢ってやるよ」


 揚羽だってわかっている。自分は囲われた愛人のようなもの。つまらない自尊心など捨てるべきだと。それでも、顔を染めてしまうのは防げない。ご主人さまからもらった金で、自分を売った男の酒代を払う。淫靡な匂いすらしてくるではないか。


 揚羽のことばに、船長は傷ついたような瞳を向けた。


「な、なんだよ……」


「お前、ほんとうに幸せなのか?」


「し、幸せだよ」


「俺を恨んでるんだろうな」


「恨まれてないとでも思ったかよ!」


 視界が真っ赤に染まり、悔し涙が世界を歪ませる。


 揚羽の激昂に触発されたのか、海王も立ち上がって怒鳴っていた。


「しかたないだろ! あのままお前を船に置いとけばどうなっていたと思う! お前が皆の慰み者になってぼろぼろにされるのがわかっていて、それでも航海を続ければよかったってのか!」


 はあはあと息を荒げながら、男は睨むように揚羽を見下ろしてくる。


 いつも冷静だった船長。声を荒げるなんて信じられなかった。


 怒りが一気にしぼんでいき、力なく箸を落とした。


「だ、だからって、なにもあんなとこに売らなくたって……」


 そんな揚羽を認め、海王も取り乱した自分を恥じるように静かに腰を下ろした。


 できるだけ淡淡とした語り口で真実を告げていく。


「お前、知らないのか。両性は見つけられたら王族に差し出される。そうして必ず環姫にされるんだ」


「な、なぜ……」


「体が弱いからだよ。普通に育ってちゃ、人の半分も生きない。病気にかかりやすいんだ。元々どこか悪いっていうのもあるしな。悔しいが俺に蟲を買う金なんかない。ああするより他になかったんだ」


 初めて聞く告白に、揚羽の脳は一旦活動を休止させてしまったようだった。


「だが、金を貯めて必ずお前を迎えに行くはずだった。……あっという間に売られちまってたけどな」


 自嘲的に笑いながら、魂を抜かれたように座っている元部下に船長は言った。


「知らなかったのか? 俺はお前が好きだったんだぜ。男でも両性でも関係ない」

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