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人間は慣れる動物だから

 それから三日間、揚羽あげはは寝台から一歩も降りることができなかった。


「まだ出血してる。無理させたね」


 と詫びる主を、百回恨んで同じ数だけ許した。そのくり返しだ。


 無理だと泣いて叫んでも、「大丈夫だから」のひとことでめでたく処女は奪われた。


「僕がまだ子どもでよかったね」


 と微笑まれたときには息も絶え絶えだった。


 乱暴にされたわけじゃない。むしろ優しく扱われたと思う。それなのにこの体たらく、この主人が面倒くさいことを嫌うことは短い付き合いの中でもすぐにわかった。


 揚羽はふと悲しくなる。


 いつか、この体を疎ましく思うに決まっている。男としても女としても未完成な体は、煩わしいほどの繊細な対応が求められる。


 いつか、不二白ふじしろがあの契約を後悔する日が、きっと来るはずだから。




「んっ、あっ」


「感じる? 気持ちいい?」


 いつまで経っても出血がおさまらない環姫を目の前にして、不二白はとうとうその後孔までもを犯した。震えながら、初めて精を吐き出した揚羽を見て、嬉しそうに背中に口づける。


 もう、隠すところなどどこにもない。


 揚羽は、すべてを主に曝け出していた。恐いものなどなにもないはずだった。


 それなのに。


 たったひとことがどうしても耳から離れない。


「揚羽の体のなかにある蟲はね、毒を出すんだ。それを中和させるために、常に僕の体液を受け取らなくてはいけないんだよ?」


 血を啜れ、と言われて小刀を持たされ、白く細い腕を突き出されて逃げたのは自分だ。


 自慢じゃないが、人が怪我しているのを見るのは苦手だ。背筋が凍ると言ってもいい。昔から女々しい男だとからかわれたこともある。そんなとき、女でもある自分はちっとも救いにならない。悔しくて悔しくて、ただそれだけ。


 意識が飛ぶくらい接吻キスをされても、手間のかかる蕾に精をもらっても、気持ちがよくてみっともなく喘いでしまっても、優しい声で「愛してる」と言われても、揚羽の心はいつも満たされない。


「もっと欲しい?」


「ん。もっと……もっと……」


 自分は、いったいなにを求めているのか。


 恐くなる。


 この欲望は、果てがない。


 自分には仕事がある。精通を促して、子どもを産む。それだけ。


 精通に関しては、大臣と王宮を歓喜させたが、元より自分の手柄ではないという思いがある。


 子をなす。あとは、子をなすだけ。それだけのことが、どうして自分にはできないのだろう。


 じくじくと痛むばかりで、ちっとも役立たない己の女の部分。


 揚羽は涙ぐむ。これは悦楽の末の涙なのだと、思い込もうとして。




「町に行きてえ。路上で売ってた、肉の串焼きみたいなのが食べたい」


 ようやく無理なく起き上がれるようになって、開口一番揚羽はそう言った。


 ここに来てから早くも数か月が経っている。


 初めは辛かった情交も、慣れれば昼の生活に影響を及ぼすこともない。人間は慣れる動物だ、弱くともしぶとく生き残っているのはそのためだ、と偉そうにしゃべっていたのはどこの誰だったろう。


「そんなのが食べたいんだったら、すぐにつくらせるよ?」


「ここで食べたって意味ねーの。あの、道端で歩きながら食べるのがうまいんだって」


 もちろん、それは口実だった。


 不二白とふたりだけの閉鎖的な世界に、音を上げたのが事実。


 急な用事で王宮に戻らねばならないと言った不二白に、ひとり残される己の姿を想像して絶望した。


「せっかくこの国に住むんだったら、町とか見ておきたいし」


 いつか、置いていかれる。もしくは、追い出される。一度売られているから、その苦い思いは痛いほどよくわかる。


 それを後伸ばしにしようと努力して、なにが悪い。


「なあ、いいだろ……?」


 こんな状態で、ひとりでいるのは耐えられない。


 媚びているようだ、と恥ずかしく思いながらも、揚羽は椅子に腰かけながら訴えた。


「……うーん」


 不二白は、白い礼服に着替えているところだった。幾人もの侍女にかしずかれながら、今日もどこか倦怠気味に瞳を伏せる。


 どきっとした。


 明らかに見かけは子どもなのだが、その大人びた眼差しがしばしば揚羽を魅了させていることに気づいているのだろうか。


「退屈なんだよ。少しくらいわがまま言ったっていいだろう?」


 最後に、と黄金の耳飾を付けられた西の王太子は幻想の世界の住人のようだった。


「しかたないね。じゃあ、2、3人付けるから。ひとりで行動しないこと。いいね?」


「う、うん。わかった」


 護衛なんて要らない、と突っぱねそうになって、いや見張りなのかも……とことばが喉の奥に消えた。


 束縛されることに喜びを感じるなんて……。


「俺ももう、立派な変態だな」


 とひとりごちる。


 不二白の視線を感じて、急いで首を振った。


「なんでもない。今日もいい天気だな」

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