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西に探し人あり

Yahoo!ジオシティーズからのお引っ越しです。

「この子なんていかがでしょう」


 満面の笑みを浮かべた女が指し示す少女は、まだ幼く、大きな瞳をきょろきょろとさせて不思議そうに目の前の団体を眺めていた。


「そうですなあ。殿下と並ぶと一対の人形のようでありますな!」


 柔らかな白髭を蓄えた老人が豪快に笑った。そんな彼を横目にちらりと見やって、不二白ふじしろは消え入りそうなため息を漏らす。


「いや…………、残念だけど」


 小声ながらもはっきりと断りを告げる主のことばに、後ろに控える者たちが一斉に落胆の表情で肩を落としたのは大仰すぎてなにやら嘘くさい。


「お気に召しませぬか」


 老人は特に驚かない。もう慣れてしまったのである。


 これで環姫わきの品定めは何体目だろうか。途中までは数えていたのだが、昨年からはその行為のあまりの不毛さに気づいてやめてしまった。


「こちらこそ、申し訳ないですわ。何度も足をお運びくださってますのに……」


「……うん」


 店主の謝罪に、苦笑しながらゆるく首を振った。




 西の国の王太子殿下は、二年ほど前から延珠亭に環姫を探しに来ている。


 当年を以って七十余歳、市井の人間と違ってまだまだ子どもの部類に入る年齢だが、彼の精通は遅い。


 父王はまだ健在なれど、時期国主と決まっている身では、生殖能力に問題でもあれば一大事だ。


 それでなくとも、細い腕、薄い肩、ややこけ気味の頬の上部に理知的な金色の瞳が輝いており、しっとりとした銀髪が真っ白い肌と溶け合うかのようにさらさらと風を通している。まるで妖精のような王子、奇麗ではあるが世の理想とする男性像とは程遠い容姿だった。


「もう、いいよ。僕、なんだか疲れたし」


 すべてを諦めてしまったかのような暗い光が、不二白の金の瞳を翳らせる。


 それにぎょっと身を乗り出したのは、


「な、な、なんと仰せられます! これごときでお諦めになるなど、爺は、爺は情けのうございますぞーー!」


 不二白の教育係を名乗って憚らない、大臣の大頼おおよりだった。好きな女子でもできれば、殿下ももしや……と環姫を勧めたのはこの男だ。


  明らかに嘘泣きだったが、大の大人が人前で大泣きしている姿に、不二白はげんなりと目を細めた。


「そ、そ、そうですわ! 必ず、必ず! 殿下のお気に召す環姫を見つけ出してまいりますので、なにとぞ、なにとぞご容赦くださりませーー! こ、この通りでございますうーー!」


 延珠亭、西の草珊瑚そうさんごも、ここぞとばかりに平身低頭、土下座まがいのことまでしてのける商人魂だ。


 もちろん、背を守る護衛たちも習えとばかりに大合唱を始めたのにはたまらない。


「あ、ああー、わかった。わかったから、お前たち。静かにしてくれ」


 不二白が額に手を当てつつ、折れた瞬間、大頼はぱっと涙を止めて何事もなかったかのように髭を指で梳かして形を整える。嘘泣きということを隠しもしないその根性はある意味天晴れである。


「殿下、宜しければ庭の散策などなさったらいかがですか? つい先日修復が終わったところですのよ。まだ一度もごらんになっていらっしゃらないでしょう?」


 草珊瑚も、気が変わらないうちに、と不二白に白い日傘を差し出した。王太子の雪のような柔肌を守るためである。


 男なのに、と思いはしたが、ここで断るとまた面倒なことになる。赤くただれて説教されるよりましだ、と大人しく受け取った。


 不二白はちっとも楽しそうに見えない顔で、


「では、堪能させてもらう」


 と立ち上がった。


「爺、ついて来るなよ」


 しっかり釘を刺すことも怠らない。


「ですが……」


「皆もだ。しばらくひとりにしてくれてもよいだろう」


 そう言われては返すことばもない。大頼は少し逡巡したのち、うなずいた。


「致し方ありませぬな。あまりうろうろなさらぬように」


「わかってるよ」


 硬質的な声になるのを防ぐ余裕もなく、不二白は逃げるように屋外に向かって足早に歩き出した。




「へえ……」


 延珠亭の庭は聞いていたよりもずっと素晴らしかった。


 広大な土地を四分割にし、そこに四方国の特色を生かした庭園が広がる。それぞれ贅を凝らしており大変美しい。


 西の国の庭は森の小道に石畳が敷かれており、それを抜けると青々とした芝生が広がり、中央には可愛らしい噴水が白い石でつくられていた。


 物珍しさに他国の庭も覗くつもりだったが、広い広い美しい芝生の海を目の当たりにしてすっかり足が止まってしまった。


 大地を抱くようにうつぶせに寝転がる。


 気持ちいい……。


 ゆっくりと目を閉じて、久しぶりに穏やかになった精神は、すぐさま彼を眠りの世界へといざなった。


 いけない、と思いながらも、瞼はだんだん重くなっていき、、ついには健やかな寝息を草に落としていた。




 一刻が過ぎたころだろうか、ひとつの影が飛ぶように不二白に向かって突進していく。


 大頼などが見れば発狂して兵を向かわせただろうが、あいにく不二白を守る者はすべて草珊瑚のお茶会につき合わされていた。


 だが、影には元より殺気がない。


「おっ、おいっ、お前っ! 大丈夫か?」


 黒い影は倒れている不二白の肩を掴み、乱暴に揺すった。


「えっ? なに?」


 驚いた不二白は、肩に伸ばされる手から始まって、ゆっくりと視線を移動させ、ついには、


「なんだ、よかった。寝てただけか。紛らわしい真似すんなよ」


 ついには、息を止めた。


 相手を食い入るように見つめる不二白の瞳は、これ以上ないくらいに見開かれている。深い金色は、まさしく天上の太陽のかけらであるかのようだ。


「でっかい目だなあ。お前、新入りか? この芝生は一応立ち入り禁止みたいだから気をつけろよ? 草珊瑚のやつ、あとでうるせーから」


 ははは、と軽やかに笑う男は例えて言うなら黒獅子のような美青年だった。儚げな不二白とは根本から人種が違う。


 重力の呪縛から逃れるかのごとき金髪はたてがみ然と男の背中まで覆い、金茶の目がきらきらと輝いている。すっと伸びた鼻梁、少し厚めの唇、そしてなんと言っても薄い褐色の肌は、すべすべしていて額に浮かんだ汗がその上を弾けるように伝っていく。


 不二白は、男が己の瞳をどう思っているのかも知らず、太陽神と会えたかのような不思議な感動に心が震えた。


「ん? どうした? 具合が悪いのか? はっ! こんな細い腕で、その……務まるのか? 優しい奴に買われるといいな」


 不二白の背に手を入れて身を起こしてくれる男は、ぎこちなくはあるが優しく頭を撫でてくれた。


 こんな……こんな普通の子どものように扱われたのは初めてで、不二白はなんだか泣きたくなってしまった。


 金に反射する涙は、男を慌てさせるのに十分だったらしく、


「あ……」


 だの、


「う……」


 だの口ごもって、結局適当なことばがすぐに見つからなかったのか、しばらく手を空で泳がせていたが、やがて不二白の顔を覗き込んでにこりと笑った。


「なあお前」


 慈しむような声に、不二白が反応する。


「今から俺がお前の兄ちゃんになってやるからな、だから泣くな。お前はこんなに可愛いんだから、笑ったらもっと可愛くなって、優しい奴にもらわれるから、な?」


 そう告げた男に、不二白は少し驚いた顔をして、そうして笑った。


 その顔はおよそ子どもらしからぬ……獲物を見つけた獣のごとき目つきをしていたが、男はもちろん気づかなかった。

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