8.実は猫じゃなかったようです2.
今、吾妻紫央がいるここは、異世界であるという確信ができた。
いや、もともと異世界だなーって思ってはいた。デブ猫になってるし、人間離れした美少女と美女はいるし、モンスターも、嫌味なおっさんだって現代日本にはいない姿形をしていた。
(正直言うと、認めたくなかったんだよなぁ)
異世界転生をした理由も、この世界でなにをすればいいのかもわからない。家族はどうしている、自分の体はどこにいった、と考え出したらきりないのだ。
要は考えない方が楽だったのだ。
だが、デブ猫のはずの自分が雷撃を放ったことで否応なく、自分自身もまたファンタジーな世界の一員であることを否応なく自覚させられてしまった。
ゆえに、
(ここが剣と魔法のあるファンタジー世界かもしれないなら、動物が喋る方法だってあるかもしれない)
はっきりいって喋ったからといってなにになるのだと思う。
元は人間でしたと訴えても、今はデブ猫だ。人間として扱われたいと声を高々にするほど、現状悪い扱いは受けてもいない。
ただ、可能であれば、なにかを抱えているであろうキャロライン・グリンフィールドと話をしてみたかった。
あの心優しい、年下の女の子が、どんな運命を背負っているのか。
知って何ができるのかではなく、興味本位だけというわけでもない。強いて言えば、あの子にずっと笑っていてほしい。それだけ。
(うーん、燐って子の部屋に書物はたくさんあったけど、問題は俺がこの世界の文字を読めるかどうかだよね)
ディナと勉強しているキャロの邪魔にならないように、そっと部屋を出ていく。
先ほど、メイドの前でおっさんを撃退してしまったが、なにかを問われることや、捕まってどうこうされるということはなかった。
彼女は一言だけ、「この方を片してきます」と告げ、それだけだ。ただ、いちいち自分に向かって告げたことに、ディナなりの考えがあるように思える。
今も、部屋から出る間際に彼女の視線を感じていた。
(もしかして俺がキャロちゃんになにかしないかとか思われてるのかな?)
だとしたらショックである。やはり、誤解を解くためにも言葉を喋れるようになりたい。
そんな願いを胸に、紫央は燐の部屋の扉をくぐった。
(ぜ、前回よりも部屋がすごいことになってる)
積まれていた書籍の数々が、雪崩でも起きたように倒壊し、散乱している。
足の踏み場がないどころか、床は見えず本だけという状況だ。
「これもちがう……こっちでもない……どこにあったっけ……」
(こわっ)
髪をボサボサにして書籍の中に埋もれながらなにかを探す燐の姿に、心臓が跳ね上がった。
ゾンビと見間違いそうになる程、顔色は悪く、目元の隈も濃くなっている。疲労と、水分が足りていないせいか、声が乾いていてなお怖い。
(そっとしておこう)
触らぬ神にたたりなしとばかりに、少女を無視することに決めて、少年は近くにあった本を広げてみる。
(もしや、って思ってたけど、なぜかこの世界の字が読める。御都合主義万歳!)
幸いないことに、紫央には書物を読むことが可能のようだ。
間違いなく、見知らぬ文字のはずにも関わらず、意味がちゃんと理解できるのだ。
(俺自身がこの世界の動物になったせいなのかな?)
そもそも動物が文字を理解できるのかという疑問から始まるのだが、それは横に置いておくことにする。
いらぬ苦労をする必要がないことは喜ばしい。動物が会話をする方法という、果たしてそんな手段があるのかどうかも怪しいことを調べなければならないのだから、障害はひとつでもすくないにこしたことはない。
パラパラ書物を捲っていくが、目的のものは見つからない。散乱する本の量は驚くほど多い。すべてを読み終わるのに、いったいどのくらい時間を要するのだろうか。
あと、手が猫なので本が読みづらいことも時間がかかりそうな理由だった。
少年自身には時間があるものの、キャロのことを考えると早く意思疎通を可能にしたい。少しでも早い、何らかの会話の手段が見つかるように願いながら新たな本を手に取る。
と、その時、燐がこちらを見ていた。
(ひぃっ、こわっ、顔怖っ)
「それだぁああああああああああああ!」
「にぎゃあああああああああああああ!」
女の子があげてはいけない声を発して、飛びかかってきた姿に、猫がとても発しないような悲鳴をあげてしまう紫央。
燐は少年の手から書籍を奪い取ると、勢い余って近くにあった棚へ頭をぶつける。
鈍い音が鳴り、少年は目を背けた。
「ふはっ、ふはははははははっ、見つけた。ようやく見つけたぞ!」
しかし、燐は元気だった。魔法使いめいたローブを埃だらけにして、高々と一冊の本を掲げて高笑いをし始める。
(この子、頭がおかしくなっちゃったんじゃないかな)
見ているこっちが不安になるが、少女はお構いく笑い続けた。そして、
「やっぱりそうだ。あたしの思い過ごしじゃなかった。雷獣だ! あのデブ猫は見た目こそ猫だが、違う。その正体は雷獣だ! 今はわからないけど、いずれは人語をはっきりと理解し、言葉だって話せるようになるはずだ! 成長さえすれば、神に匹敵する雷すら自在操れるようになるんだ!」
本を開き、速読した内容に歓喜の声をあげて、今度は踊り始めた。
唖然として少女の奇行を見ていた紫央は、燐の言葉から、
(――ら、雷獣だってぇえええっ!? かっけぇええええええええええっ!)
自分の正体をついに知るのだった。