4.どうやらペットになるそうです1.
「猫ちゃんをわたくしの家族にするのです!」
お腹をいっぱいにした紫央は、キャロにだっこされてなすがままにされていた。
椅子に腰掛ける少女とメイドの視線を受けながら、優しく撫でてくる手際に心地よさを覚えていた。
デブ猫になったことは不服であるが、少女を笑顔にできるのなら甘んじて動物扱いも受けよう。手当と食事のお礼もあるし、好きに撫で回すといい。
「……お嬢様、また勝手にそんなことを言って。奥様に叱られますよ」
「お母様の許可をもらいましたの! ちゃんとお世話をする約束もしましたので大丈夫ですの!」
ふん、と鼻息荒くデブ猫を抱きかかえたまま胸を張るキャロに、ディナはため息をついた。
「すでに奥様にご許可を取っていたのですね。よほどその毛玉が気にったようですね」
「はいですの!」
「……では、名前を決めなければなりませんね。デブ猫にしましょうか」
「それはさすがにかわいそうですの……うーん、お名前は大事なのですからちゃんとかわいいのにしたいのです」
「かわいい名前ですか、これに?」
(さっきからこのメイドさん失礼なんですけど! 綺麗なのにあまり表情変えずに淡々と話すから怖いし)
先ほどからデブ猫や毛玉だと好きかって言われているもの、今の外見を認識している身としては反論が難しい。
キャロだけがお気に入りの人形のように紫央の丸々とした体を気に入ってくれているようだ。
「もうっ、ディナはさっきから猫ちゃんに意地悪ですのっ」
「お嬢様と違って私は美的感覚が普通なので、どうしてもこのデブ猫を可愛くは思えないのです。それはさておき、名前をつけるのならどのような猫か調べましょう」
「では燐ちゃんのところへいきますの!」
紫央をだっこしたまま立ち上がると、楽しそうに部屋をあとにした。
(あの、俺の意見は?)
※
少女の部屋から廊下に進む。キャロの腕の中にいる紫央には視界に映る全てが新鮮だった。
廊下は広い。それこそ学校の校舎よりもだ。赤い絨毯が敷かれ、埃ひとつ落ちていない。
窓の外には森と、山、青空が見える。やはり、少年の記憶にない場所だ。
(うーん、本当にここはどこなんだろう。景色にも見覚えがないし)
しばらく歩くと、目的の場所に着いたのか二人が足を止めた。
(おいおい、部屋から部屋を移動するのにどのくらい歩いたの? 軽く百メートルはあるいたでしょ)
どれだけの豪邸なのかと紫央は驚きを隠せない。
ただ、これほど大きな洋館ならば話題になりそうだが、やはり知らないのだ。窓の外を見る限り、田舎の方にあるだろうとわかるのだが、それがどこなのかまで判断は難しい。
「燐ちゃん。起きてますの?」
扉をノックするが、返事はない。だが、部屋の中からがたん、ごとん、と音が聞こえてくる。
「どうやら起きているようですね。失礼します、燐」
ディナが勝手に扉を開けると、鼻にツンとする匂いが漂ってきた。
メイドが顔をしかめて、ハンカチを取り出して口元を覆う。キャロは平気なのか平然としていた。
「また実験を遅くまでしていたようでなによりですが、換気はしっかりしてくださいとお願いしたではありませんか」
(うわっ、部屋汚なっ)
そんな感想を抱いてしまうのも無理がなかった。
十二畳ほどの広い部屋ではあるが、所狭しと物が置かれている。長机、棚、本棚、標本、山となっている書物の数々。果てには大きな鍋で骨を紫色の液体と一緒に煮ていたり、禍々しい人形、なにか生き物の剥製が天井からつる下がっていたりするから不気味である。
ディナは本の山を器用に避けながら部屋の奥にたどり着くと、容赦無く窓を開けた。
暖かい風が部屋の中に入ってくる。
(今日って冬なのにこんなに暖かいんだ)
「……あんだよ、あたしは忙しいんだけど」
ゴミこそ見当たらないが、とにかく物が多い部屋の主は、黒髪の少女だった。
ショートカットのぼさぼさの髪のせいか、一見すると少年のようにも見える。おそらく、低めの声も印象を手伝っているのだろう。目元に隈を作り、気だるけな表情を浮かべている彼女は、どことなく不健康そうにも見えた。
「燐ちゃん、この子のお名前を決めたいのですの!」
「……なにその毛玉?」
少女――燐は、ずい、と差し出された猫を見て首を傾げた。
「毛玉ではないですの。猫ちゃんですの」
「あー、つまり名前をつけるからこの毛玉の種類を調べろってことか。あたし、忙しいんだけど」
やる気のない声で、いかにも面倒だという顔をした燐に、後ろからディナが挑発するような口調で言う。
「自称天才魔法使いなのですから調べ物くらい簡単にできるでしょう。いえ、わからないのであれば、仕方がないのでこちらも諦めがつくのですが」
「かっちーん。いいわ。あたしが調べてやろうじゃないか。その毛玉ここに置いてけ!」
(うわー、この子ってあんな挑発に乗っちゃうんだ。それにしても――天才魔法使いって)
キャロの腕の中から、改めて部屋の中を見渡す。
正直なところ、魔法に憧れた中二病な子という感想が浮かんだ。まるでゲームに登場する魔法使いの工房だ。とはいえ、現実に魔法など存在しない。
ディナが燐のことを天才魔法使いと呼んだことから、
(この燐って子は中二病なんだなぁ)
先ほどのまでの態度とは一変してやる気になった少女に、暖かく見守るような視線を向ける紫央だった。