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3.デブ猫(?)に転生しました3.



(あー、やっぱり夢じゃなかったんだ)


 紫央が目を覚まして一番に確認したのは自分の体だった。

 見覚えのある人間のもの――ではなく、茶色い体毛に覆われた動物のもの。肉球があるのでやはり猫なのだろう。


(はぁ……なんなのこれ? せめてかわいい猫ならまだしも、デブ猫って誰得なのかな?)


 なぜデブ猫になっているのかわからない。百歩譲って猫になったことをよしとしても、せめて誰もがかわいがりたくなるような猫にしてもらいたかったと見当違いなことを考える。


(そういえば、ここはどこ? あれ? お腹に包帯が巻かれてる。怪我してたんだ)


 手当てをされていることに気づくと、視界が広がっていく。まず、自分がベッドの上にいることがわかった。


(うわっ、すごっ。天蓋付きのベッドとか初めて見た!)


 すぐにベッドの上だと判断できなかったのは、上を向き天井ではなく、天蓋だったから。

 住まいが道場の隣接した日本家屋だった少年には、洋風な趣の家とは完全に無縁だった。いや、そもそも普通のご家庭に天蓋付きベッドはないだろう。


(ここが現実なのかどうかわからないけど、俺はまだ生きてる。じゃあ、これからどうすればいいのかな?)


 当たり前のことではあるが、誰もがすべきことをするために生きている。

 学業、仕事、家事手伝いでもなんでもいい。目的があるのだ。遊びだって同じだ。一日中ごろごろするのだって、そうしたい理由がある。しかし、毛玉と化した紫央には目的がない。


 つい先ほどまではそんなこと考えている余裕すらなかったが、今は違う。誰かが手当てをして、ここにおいてくれたのであれば、安全だということだ。ならば、自分の身の振り方を考えたい。


(やっぱり元の姿に戻ること、だよな。だからって何をすればいいのかわからないんだけどさ)


 声さえ発することのできない少年に、猫から人間の姿に戻ることができるのかどうか怪しい。だが諦める理由はならない。


(とりあえず生きていればなんとかなるかもね。一歩一歩進もう)


 少しだけ前向きになれたことに少年は安心した。

 そんな時だった、


「あら、目が覚めたんですのね、猫ちゃん!」


 扉の開く音とともに、女の子の声が耳に届いた。

 よく通る、高めの声だった。弾んだ声音なのが印象に残る。紫央は声の主を見ようと、体ごと動く。

 そして硬直した。


(……かわいい)


 日本人離れした幼さを残しながらも将来美人になるだろう確信を抱かせてくれる容姿は、実に愛らしい。癖のある波打つ金髪はわたあめのようにふわふわとしている。小柄ではあるが、かわいらしい外見と合間ってより魅力的に見えた。

 力尽き果てようとしていたとき、最後に天使を見た気がしたが、きっとこの子だったのかもしれない。


(この子が俺を助けてくれたのかな?)


 そうであればお礼を言いたかったが、


「にぁあああああああぁ」


 なんとか絞り出した声は、野太い猫の鳴き声そのものだった。


「元気になったみたいですの。うふふ」


 感謝の気持ちこそ伝わらなかったが、少年が元気であることをわかって少女が微笑む。


(……笑顔もかわいい)


 ずっと眺めたくなるような可憐さに、猫の心臓が高鳴る。

 見ほれている紫央に少女は近づくと、両手で抱き上げた。

 女の子の匂いが鼻腔に届き、甘い香りに頭がクラクラする。

 少々、今までに見たことのない美少女にテンションを上げてしまったことに反省して、改めて少年は感謝を込めて鳴いてみせた。


「あら、お礼を言ってくれてるんですの?」

「にゃあっ」


 以外にも通じたので、肯定だともう一度鳴いてみせると少女の瞳がキラキラと輝き始める。


「すごいですわ。この子、わたくしの言葉がわかるみたいですの!」

(うん。わかるよ!)


 できることならこちらの言葉も少女に伝わってほしいが、さすがに無理だとわかっている。


「あ、そうですわ。ちょっと待っていてくださいね」


 なにかを思いついた少女は、一度紫央をベッドの上に戻すと、頭を撫でて部屋から出て行ってしまう。そして、すぐに戻ってきた。

 彼女の手にあるのは銀色のトレイだ。その上には、


(……いい匂いがする)

「うふふ、ずっと眠っていたのでお腹が空いていると思っていましたの。温かいミルクとパンですの。食べてくださ……あ、猫ちゃんってパンって食べていいのでしょうか?」


 食事を用意してくれた少女に、食べれるよと鳴いてみせる。

 ベッドの隣にあったテーブルにトレイを置くと、続いて猫の体を抱き上げて移動させてくれた。


「さ、どうぞですの」

「にゃっ」


 感謝の気持ちを込めて鳴いてから、ミルクにそっと口を近づける。

 体が猫だとか、手を使えないとか、そんなことは些細な問題でしかなかった。


 よくよく考えれば、森で目覚めてから水を少し飲んだだけだったことを思い出した少年のお腹は空腹だったのだ。

 今だけは猫でいい、とばかりにミルクを夢中に舐め、小さくちぎってくれたるパンにかぶりつくのだった。




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