29.覚醒2.
ディナは涙で頬を濡らしながら、己の目を疑った。
「……ライガー? あなたは、ライガーなのですか?」
青い雷に包まれた雷獣が絶叫をあげた、次の瞬間。目がくらむほどの光の中から、ひとりの少年が現れたのだ。
年頃は自分よりも少し年下だ。異国の少年だとわかったのは、褐色の肌と黒い髪を持っていたからだ。なによりも目立つのは、身体中に稲妻のような痣が浮かんでいる。
少年から返事はない。恐る恐る、手を伸ばそうとして、彼を守るように踊る雷に阻まれてしまう。
離れた場所で、上半身を起こしている燐が目を丸くしているのがわかった。
彼女にもなにが起きているのかわからないのか、目が合っても、首を横に振るだけ。
少年が、一歩足を進めた。
距離が一歩分だけ近づいただけで、圧迫感で苦しくなる。
「ライ、ガ」
意識してなのか、無意識になのかはわからない。だが、間違いなく少年から言いようもない力が重圧となって襲いかかってくる。
「うぉあああああああああああああああっっ」
再び、少年が絶叫をあげた。
大気を震えさせる咆哮は、なにかに憤るような、荒ぶる声音だった。
自分に向けられたわけでもないのに、身がすくむ。先ほどまで、この場を恐怖に支配していたブラックドラゴンよりも、恐ろしく、力強く感じるのは、気のせいだと思いたい。
雄叫びをやめた少年は、黒竜が飛んで行った方角を睨むと、
「キャロ。今助けに行くから」
短く呟き、雷をまとったまま走り出す。
「ライガー!」
単身で黒竜を追いかけてしまった少年に反射的に声をかけたが、彼が振り返ることはなかった。
「燐! 今の子は!」
「わーってるよ。あの小動物、いまになってやっと目覚めやがった」
痛む体に鞭打ち立ち上がった少女が、こちらに近づきながら頷いた。彼女がそう言うのなら、あの少年は間違いなくライガーなのだろう。
「……あの子が、ライガーさん? では、本当にキャロを助けに?」
そばにいたミランダが、震える声を出した。
「どうやらあの少年がライガーのようです。おそらくは、キャロさまをお助けに向かったのだ思われます」
「ああ、そんな」
「本当に文献通りだったな。あたしは半信半疑だったけど、人間の姿になりやがった。あの雷だって、信じられない魔力を帯びてたぞ」
燐の言葉に、ディナはハッとした。
雷獣は成長とともに、自在に雷を操り、人語を理解し、人の姿をとることができる。
どこまで本当なのか判断しかねていたが、今見たままが答えなのだろう。
「まさか、燐。でしたら、あの子ならキャロさまを」
「確証はないけど、希望はある。あたしだって、まだ諦めてやらない」
少年が未だ諦めずにキャロを追いかけたように、燐もまだ心が折れていなかった。ならば、自分もそうするべきだ。
なにを理由に、雷獣が少年の姿を得たのかわからない。苦しくなるほどの力を使い、今度こそブラックドラゴンを倒せるかもしれない。
しかし、少年ひとりにすべてを丸投げしてはならない。
キャロを奪われてしまうことを半ば受け入れていたメイドの心に、希望の炎が宿った。
「あたしは行くぞ」
「では、私も」
「……私も連れて行ってください」
ミランダまでもが希望を取り戻し、抗おうとする。
「奥様、しかし」
「もう逃げるのはやめにします。ライガーさんを見習い、娘のために最後まで抗いたいのです」
娘を奪われた母の瞳に、力が宿っていた。
今まで弱々しく嗚咽を零していたとは思えないほど、見違えたように感じた。
「ならばいきましょう。みんなで、キャロさまとライガーのもとへ」
三人は少年を追って、愛する少女のもとへ向かうのだった。




