2.デブ猫(?)に転生しました2.
キャロライン・グリンフィールドが「それ」を発見したのは偶然だった。
少女は伯父が治めるグリンフィールド領の一角にある、幼い頃から住まう屋敷を出て、メイドのディナと日課である散歩をしていた。
十四歳という幼さが残る少女は、実に愛らしい容姿をしていた。大人になりきれていないあどけなさを残した可愛らしさはもちろんのこと、育ちのよさが伺える佇まい。知性を感じさせる青い瞳はどこまでも澄んだ青空のようだ。だが、なによりも目を引くのは、わたあめのようにふわふわとした美しい稲穂色の長い髪だ。
少々発育不足な面があるものの、それを差し引きしても美少女と呼ぶには十分過ぎた。
そんなキャロラインだが、年頃にも関わらず学校へ通うこともなく、王都から離れた田舎領地で引きこもる日々。自身が、ここいることには納得しているが、息が詰まってしまいそうになるのは仕方がないことだった。
少女を哀れと思ったのか、後継人である伯父の許可を得て屋敷からそう離れないことを条件に散歩をしているのだ。
「キャロお嬢様。あまり遠くに行っては駄目ですよ」
落ち着きのある凛とした声が、少女に届く。キャロは声の主に振り返り、太陽のような笑顔を浮かべた。
「わかっていますの。でも、せっかくいいお天気なので気持ちがいいのです」
鈴を転がすような声を発し、少女は微笑む。そんな主人にメイド服に身を包んだ銀髪の女性、ディナも釣られるように小さく笑みを浮かべた。
「お気持ちはわかりますが、あまりはしゃいでお怪我をしませんように。奥様が心配されますので」
「ぶー、わかってますの。もうっ、ディナもお母さまもわたくしのことを心配しすぎですの。子供ではありませんのに」
笑顔から頰を膨らますキャロだったが、言うほど不満はない。
母が自分を心配している理由も、姉同然のディナが案じてくれるのも、痛いほどわかっているからだ。
キャロは動きやすさよりもかわいらしさを重視した、フリルがあしらわれた洋服を翻して踊るように足を進めた。
毎日変わりなく元気な年下の主人の姿にディナは安心する。辛い運命を背負っているキャロがどれだけ少女らしくいられるのかメイドである彼女にはわからないが、少しでも長い間で構わないので穏やかな日々を送ってほしいと願う。
「ディナ! 来てくださいですの!」
「お嬢様?」
屋敷から少々離れた森の入り口付近で足を止めたキャロから名を呼ばれ、音を立てずに駆ける。
すると、
「あら、これは」
「見てください。こんなところに猫ちゃんが倒れていますの」
「……これ、猫ですか?」
「猫ちゃんですの」
ディナが疑問を浮かべているうちに、キャロは倒れている生き物を抱きかかえ、ずい、と見せてくる。
一見すると毛玉でしかない「それ」にあまり感情を表に表さないディナだが、珍しく困惑した表情を作る。
あまり動物が得意ではないこともあり、メイドが恐る恐る主人の手から毛玉を受け取った。
「本当に猫かどうかわからないので不要に触ってはいけません。やっぱり、これ、本当に猫でしょうか?」
「どこからどう見ても猫ちゃんですの!」
キャロと違って、ディナには手の中で力なく意識を失っている茶色い毛の塊を猫だと認識するのは難しかった。
「……とても肥えた猫、と言うことにしておきましょう。ところで、この毛玉はどうなされるのですか?」
「怪我をしているようなら助けてあげたいですの」
「……しかし」
「お願いしますわ、ディナ。ちゃんと面倒を見ますから。このまま放っておくなんて、わたくしにはできませんの」
「……うぐ、そ、そうですね。お嬢様ならそう言うと思っていました。仕方がありません。では、お屋敷に連れて帰りましょう。で、す、が、もしこの毛玉が危険だとわかったら、すぐに自然に戻しますからね」
「はいですの!」
嬉しそうに返事をした主人につい笑みがこぼれた。
心優しいキャロが傷ついた動物をそのままにできないことはわかっていた。ただ、屋敷に連れて帰り、そのあとどうするのかが気になってしまう。情が湧くよりも早く傷が癒え、野生に返すことができるのなら構わないが、もし主人がこの動物に愛情を抱いてしまうとかわいそうなことになるかもしれない。
なにもお屋敷で動物を飼うことを禁止しているのではない。他ならぬ少女自身が、近しいものを例え動物であっても作ろうとしないのだ。作ってしまえば、いずれ別れが待っているから。
そのことを考えるとディナの胸がチクリと痛んだ。
メイドは思考を切り替える。今はまず、屋敷に戻るのが先決だ。
もしこの毛玉が事故ではなく、モンスターや他の獣から傷を負わされているのならまだ近くに脅威が潜んでいるかもしれない。
誇り高きメイドとして戦闘技術は備えているものの、まず戦わないという選択肢が大事なのだ。
「では、すぐにお屋敷に戻りましょう。そうですね。この毛玉の手当てが終わったら、キャロ様の好きなアップルパイを焼いて差し上げます」
「本当ですの!?」
目を輝かせるキャロに、ディナは頷く。
「もちろんです。では、行きましょう」
左手で毛玉を抱きかかえ、右手少女の小さく柔な手を握りしめた。
心だけではなく、体全体を使って喜びを表現するかわいらしい主人に、少しでも長く笑顔でいられますように、とメイドは祈るのだった。